傭兵とテロリスト
寝室にたどり着いた俺は、ゆっくりとドアノブをまわす。
鍵は掛かっていない。少しだけ開けて、部屋のなかを確認する。
(カエルレウムはいない。カイトは……どこだ?)
俺は寝室へ足を踏み入れる。
カイトは、ベッドで仰向けになり、タブレットを抱えて眠っていた。
(……寝てる)
いつからカエルレウムに抱かれていたか知らないが、疲れている様子だった。
俺は足音を立てず、ベッドに近づき、顔をのぞき込む。
(女っぽい感じはない。どっからどう見ても男だ)
アジア人寄りの整った顔立ちをした青年。
この青年の
(まっ、俺には興味のないことだけどな)
まずは起こそう。
俺はカイトの肩をつかんで揺さぶる。
まったく起きない。
頬を軽くたたいたり、呼びかけたりもしたが、それでも起きない。
(……死んでるってオチじゃねぇよな!?)
不安になった俺は、相手が呼吸をしているか確認するため、顔を近づけたとき――スカイブルーの瞳と目が合った。
「――ッ!?」
一瞬のことだった。
カイトは機械人形のようにまぶたを開け、表情を変えず、じっと俺を見つめている。
広大な青空を思わせる美しいスカイブルーの瞳に魅入られ、唇を合わせる寸前……背後から
振り返れば、左腕にチェーンソーを付けた怪物が飛びかかってきた。
俺はカイトを抱え、ベッドから転がり落ちる。
ベッドはチェーンソーによって真っ二つに切り裂かれた。
俺は敵の動きを横目で見つつ、カイトに話しかける。
「おまえがカイト・シュミットか!!」
「あんた、監視室にいた……」
カイトの発言に、俺は目を見張る。
監視モニターで目があったのは偶然じゃなかったのか。
いや、それよりも……こいつ寝ぼけてないか?
「起きてるか?」
「……眠い」
眠い、だと!?
おいおい。こんなヤバイ状況で寝られたらたまったもんじゃねぇ!!
「寝るな!! 絶対寝るなよ!!」
「……無理」
「ああっ!! くそっ!!」
やけくそになった俺は、うつらうつらしているカイトをお姫さま抱っこする。
部屋に入ってきた怪物たちの攻撃をかわし、廊下へ飛びだした。
全速力で走る俺に、カイトが指示を出してくる。
「まっすぐ行って、右へ曲がれ」
「は? 出口から離れちまうぞ!?」
「つべこべ言わずに、俺の言うことを聞け」
カイトの
言われた通り、まっすぐ進んで右へ曲がる。
「次は左へ曲がれ」
「はいよ!!」
「その次も左。右、左、左、右、右」
「もう少しゆっくり言ってくれないか!!」
ゲームのコマンドか!? と、思わずツッコんでしまう。
カイトは不思議そうに首をかしげた。
「ゲームのコマンドってなんだ?」
「無事に脱出できたら教えてやる!! そんなことよりさっきの道順をもう一度言ってくれ!!」
「左、右、左、左、右、右」
俺はカイトのナビに従って進んでいく。
背後から怪物たちの金切り声が聞こえるが、振り向くことはせず、ただひたすら走り続ける。
そして、たどり着いた場所は“食糧庫”だった。
「おい、行き止まりだぞ」
「行き止まりじゃない」
「食糧庫……」
「死にたくなかったらさっさと入れ」
カイトに言われて、俺は食糧庫に入る。
なかには小麦粉、穀物、砂糖などの大袋が段々に積まれており、視線を上げていけば、外へ通じる窓が目に留まった。
「あの窓から出ればいいのか?」
俺が聞けば、カイトはうなずく。
まだうつらうつらしている様子から自分から動くのは無理なようだ。
しかたなく俺はカイトを抱え、重ねられた大袋の段差を登っていく。
ようやく窓の近くまで来たとき、金属音と金切り声が響いてきた。
視線を下にやれば、怪物たちが近づいてきている。
俺は窓を開け、先にカイトを外へ出す。
怪物たちは登れないのか、大袋をズタズタに引き裂き、足場を崩してきた。
間一髪、俺は窓縁をつかんだことで落下をまぬがれ、外へ脱出する。
カイトの手を引き、その場から離れた直後、突然食糧庫が大爆発した。
俺とカイトは爆風で吹っ飛ばされるも、雪がクッション代わりになり軽傷で済んだ。
「大丈夫か?」
「……平気」
カイトの無事を確認し、俺は振り返って炎と煙が舞い上がる食糧庫を見つめる。
ふと、あることを思いだす。
可燃性の粉塵が大気中に浮遊した状態で着火し、爆発を起こす現象。
可燃性の粉塵……金属粉、炭塵、さらに小麦粉などの可燃物を含む物のことだ。
おそらく怪物たちが大袋を引き裂いたことで小麦粉などの粉塵が飛び散り、チェーンソーやドリルを起動した際の火花が着火して大爆発が起きたのだろう。
俺はカイトへ視線を移す。
もしかして、こいつはそこまで計算して怪物たちを食糧庫へ誘導したのか?
そんな疑問が浮かぶも、ボーッとしている相手を見たら、(そんなわけないか……)と考え直す。
俺はカイトを抱え、愛機のパンツァーである朧を隠している施設の裏側へ向かった。
◆ ◆ ◆ ◆
建物の陰を通りながら、俺たちは朧のもとにたどり着いた。
コックピットに乗り込んだのはいいが、長身の男ふたりが入れば、予想通りせまかった。
「とりあえず、俺のひざの上に座っとけ」と伝えれば、カイトは素直に従う。
あまりにも従順過ぎる態度に違和感を抱く。
すると、カイトが俺に質問してきた。
「あんた、名前は?」
「はい?」
「名前。まだ聞いてない」
名前を教えたところで、世界政府に引き渡すから会うことは二度とないのだが……。
「クロガネ」
なぜか自然と名前を教えてしまった。
カイトは「クロガネ……」と小さい声で何度も繰り返す。
これ、もしかして興味を持たれてる?
自意識過剰かもしれないが、勘弁してくれ。
女で散々な目に遭ってるのに、これで男にまで好かれたら地獄絵図だ。
気分がガタ落ちになりつつも、俺は朧を起動させる。
ブースターで飛び上がる矢先、突然カイトが声を上げた。
「クロガネ!! 前方へ避けろ!!」
直後、コックピット内に警告音が鳴り響く。
俺はカイトに言われた通り、前方へ機体を動かす。
瞬間、先ほど立っていた場所に鎌状の形をしたビームブレード……いやブレードと言うよりビームサイズと呼称したほうがいいか。それが地面に深く突き刺さっていた。
機体のカメラアイをゆっくり上へ向ける。
モニター画面に映ったパンツァーを見て、俺は顔を
朧より体長が大きい人型四脚のパンツァー。だが、その頭部と胴体には五十……いや百かそれ以上か。人間の頭部がびっしり並び付けられていた。
「あれが、ヴァイラスのパンツァーか? 趣味悪いなんてレベルじゃねぇぞ」
俺がそうつぶやくと、カイトが俺のジャケットをつかむ。
「
防衛プログラム、と聞いて、俺は納得する。だから警備員がひとりもいなかったのか。
「その素材は……カエルレウムに気に入られた男女……ヴァイラスの社員だ」
カイトが
そういえば、ロードナイトが言ってたな。
カエルレウムは気に入った男女を抱きつぶしてから人体改造をするって……。
「そういうことかよ」
カエルレウムに気に入られた者たちの末路。
機械と融合された
そんなド変態に目を付けられたカイト。改造とかされてないよな?
「おまえはよく無事だったな」
「俺は特別だから」
「特別?」
「俺を改造したら欲しいものが手に入らなくなるから」
「どういう――」
俺がカイトに理由を聞こうとしたとき、神経質そうな老男の声が通信機から響いてきた。
『カイトが“ヴィルトゥエル”の“生体CPU”だからです』
その声を聞いたカイトがビクッと小さく体を跳ねらす。
俺はカイトの様子を気にしつつ、老男――カエルレウムに尋ねる。
「ヴィルトゥエル? 生体CPUってどういうことだ?」
『あなた、ロードナイトの差し金でしょう。彼からなにも聞かされていないのですか?』
「依頼人との会話は黙秘だ」
実際、詳しいことは聞かされていない。
俺が知ったような気になっていただけだ。
『はあ……なにも聞かされていないようですね』
すると、カエルレウムは
『“仮想戦機ヴィルトゥエル”はマティアス・シュミット博士が“
仮想戦機ヴィルトゥエル。
なんかSF映画で聞きそうな単語だな。
「パンツァーとどう違うんだ?」
『ヴィルトゥエルは、“仮想”という存在です。現実のパンツァーにはない
なるほど。世界政府と企業が欲しがるわけだ。
「だったらカイトからそのなんちゃらの情報を聞きだせばいいだろ」
『それだけではダメなのですよ』
それだけでは?
まだなにか条件……そういえば“生体CPU”って言ってたな。
CPUって処理したり制御したりする装置だよな? ……まさか!!
「カイトが、ヴィルトゥエルの制御装置ってことか」
俺が答えれば、カエルレウムは嬉々とした声色で語る。
『ご名答!! カイトがいなければヴィルトゥエルを動かすことは不可能!! ですが、彼を手中に収めてもヴィルトゥエルを動かすことはできませんでした。私はまだ秘密があると思い、カイトを隅々まで調べました』
隅々まで調べた。
それを聞いたカイトの体が小さく震えだす。
顔はうつむいていて、表情は確認できない。
俺は黙ってカエルレウムの話を聞く。
『傭兵。ロードナイトからどれほどの報酬で依頼されたか知りませんが、おとなしくカイトを返していただければ倍の金額を出しましょう』
交渉をしてきた相手に、俺は笑みを浮かべる。
「へえー、どれくらい?」
『10億ドル。雇われ傭兵には十分な金額でしょう』
「10億ドルねぇ〜」
金額を聞いた直後、俺は鼻で笑い飛ばした。
「足りねぇな」
『……いま、なんとおっしゃいましたか?』
「足りねぇなって言ったんだよ。こっちは命張って依頼を達成してくるんだ。それを、雇われ兵には十分な金額? バカにすんじゃねぇよ」
それと、と俺は話を続ける。
「ヴィルトゥエルを動かす方法を探るためにカイトを手込めにした、てめぇのやり方が気に入らねぇ」
『手込め? 手込めとはなんのことでしょう? 私はカイトを愛しています。愛しているから、彼を抱いた。カイトも私の愛を受け入れ、かわいらしい声で
「黙れ、エロジジイ」
俺は
「一方的な愛は恐怖でしかない。断ったらなにをされるかわからない。身を守るためには受け入れるしかない」
カイトはずっと震えている。
俺のジャケットを強くつかんでいる。
カエルレウムの愛を受け入れているなら、怯えることはないし、脱走なんて考えない。
「そんなのが愛なわけねぇだろ。てめぇの愛はただのエゴだ!!」
俺ははっきりと言ってやった。
それが気に入らなかったのか、カエルレウムの声色に苛立ちが含まれる。
『これだから傭兵は嫌いです。人の話を聞かない野蛮な猿がッ!!』
カエルレウムが叫んだとき、敵の
振り下ろされた二振りのビームサイズを後方へかわし、スナイパーライフルを構える。
カメラアイを壊すため、頭部に照準を合わせて引き金をひく。
銃弾が直撃する寸前、頭部に付けられた人間たちの顔が金切り声を上げ、銃弾が爆発した。
「いったいなにが起きた?」
状況を理解できない俺に、カイトが説明する。
「衝撃波で発生したシールドで銃弾を止められた。あのシールドを突破するには実弾系の武器じゃ無理だ。爆発系の武器じゃないと……」
「
ブレードを構え、朧のブースターを加速させる。
ビームサイズの攻撃をすり抜け、頭部を狙ってブレードを振るったとき、カイトが叫ぶ。
「敵の機体から高エネルギー反応。ダメだ、離れろ!!」
瞬間、無数の人間の頭部が口を開き、青い光が集まっていく。
カイトの忠告と危機感に、俺はブレードを引っ込め、素早く後退する。
直後、青い拡散ビームが放たれ、朧を狙って降り注ぐ。
コックピットがある胴体へ直撃されぬよう必死にかわしていくが、右腕、左脚が吹き飛ばされる。
体勢を崩された朧は制御を失い、地上へとたたきつけられた。
朧のダメージを確認し、操縦桿を動かしてみるも反応はない。
俺はカイトを抱え、コックピットのハッチを開けた。
目に映ったのは、カエルレウムが操る
『逃がしませんよ、傭兵。私を侮辱したあなたは許しません。人体改造して、一生苦しんでもらいましょう。ああ、私の最高傑作である“ヘカトン・ケパレー”の一部になってもいいですね』
ヘカトン・ケパレー。
この
モニターで見ても気持ち悪かったが、生で見るともっと気持ち悪い。あの無数の頭部に俺の頭部が追加されるのか。勘弁してくれ。
人生終了……と俺が思っていたとき、カイトが俺の名を呼ぶ。
「クロガネ」
「なんだ? カイト」
「俺の依頼を聞いてくれるか?」
それは無理だろ。
俺、あのエロジジイが造った気持ち悪い機体の一部にされるし、おまえは一生監禁生活。完全に詰んだ。
まあ、一応依頼内容は聞いておくか。
「依頼の内容次第だな」
「俺を守れ」
いやいや、冗談きついわ。
「俺の機体、動かないんですけど」
「俺が狙われる理由、忘れたか?」
カイトの言葉を聞いて、俺はとなりを向く。
いつの間にか、カイトは俺との距離を縮めていた。
スカイブルーの瞳が、俺を見つめてくる。
「ヴィルトゥエルなら、ヘカトン・ケパレーを倒すことができる。だから――」
俺を守れ。
カイトは俺にそう告げて、唇を重ねた。
相手の舌が俺の舌と絡まったとき、機械音声が脳内に響き渡る。
『パイロット認証、完了』
『ヴィルトゥエルの発現を承認します』
刹那、俺たちの周囲に緑色の粒子が舞い上がる。
いや、違う。
壊れた朧が緑の粒子へと変化していた。
ありえない光景に、俺が
緑の粒子がはじけたとき、俺は目を疑う。
朧よりも大きい、黒い鋼鉄に覆われた人型二脚のパンツァー……否、ヴィルトゥエルが屈んでいた。
赤いカメラアイが俺とカイトを確認すると、巨大な手が俺たちの前に差し出される。
俺が戸惑っていると、カイトが俺の手を引いてヴィルトゥエルの手の上に飛び乗った。
ヴィルトゥエルは胸部にあるコックピットのハッチを開ける。コックピット内は朧と比べると広く、奥にはサポート用の席も備えられていた。
「クロガネは操縦席に座れ」
カイトに言われ、俺は操縦席に座る。
ハッチが閉まると、コックピット全体に外の景色が映しだされた。
乗り心地は……朧と比べるまでもなかった。
「なあ、これのマニュアル……」
「マニュアルなんてない。機体のエネルギー調整は俺のほうで受け持つ」
サポート席に座ったカイトは浮かび上がったモニター画面で作業をしながら、俺に告げる。
「動かし方はパンツァーと変わらない。存分に暴れろ、クロガネ」
「……応!!」
依頼人からの命令に、俺はためらいなく操縦桿を握った。
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