第19話 ペン子、人間と知る


「そっかぁ、二人はルミリア王国の王女様と騎士さんなんだね。そのルミリア王国っっていうのはどの辺にあるの?」


 初めて耳にする国の名称に、ペン子は首を傾げる。

 そんな国が、あっただろうかと。

 王国と名の付く物と言えば、遥か南に存在するという、カクレクマノミ王国ぐらいしか思いつかなかった。


「いや、ルミリア王国って言ったら、東大陸最大の港市国家こうしこっかだぞ。この世界の人間なら嫌でも耳に入る、というか知らずに生きる方が難しいだろ」

「……にん……げん……?」


 アヴェンスが何気なく言った単語に、ペン子は固まる。

 人間という言葉を知らなかったわけではない。

 ただ、にわかには信じられない存在だったため、すぐには理解できなかったのだ。


「人間って、あの人間!? もしかして、あなた達って人間さんなの?」

「? もしかしても何も、どう見ても人間にしか見えないだろ?」

「それはどうでしょう。眉間にしわを寄せて詰め寄るアヴェンスの顔が獰猛どうもうな獣に見えているのかもしれませんわ」

「どんな勘違いだよ!」


 冗談交じりにさらっと指摘するフィエナに、思わず素で返すアヴェンス。


「うそ……これが……これが人間……! ほんとにいたんだ!」


 そんな二人に対して、ペン子は夢見る幼子のように、好奇心に満ちた瞳を輝かせる。

 昔、養父に教わったことがある。

 この世界のどこかには、『人間』という生き物がいることを。

 その生き物は矮小わいしょうな体ながらも極めて高い知性を備えており、地上最強の生物と言われるドラゴンでさえも打ち破ったことがあるとされる、伝説の存在。

 ただ、その姿を見たものは、少なくとも今のペンギン族にはいなかった。

 危険を冒す必要がないほど豊かな環境下にいるペンギン達にとって、外の世界を知ることは無意味も同然。

 せいぜい北海域の情勢ぐらいにしか興味を示さない彼らに聞いても、「知らないペン」と言われて終わるのが普通なのだ。

 だが、好奇心旺盛なペン子にとっては、まるでおとぎ話に出てくるような英雄的存在、興味を示さないわけがなかった。


「いや、そんなに驚くことじゃないだろ? 君だって、人間の小娘じゃないか」

「え? 私、人間じゃないよ? ペンギンだって言ったじゃない! アヴェンスも案外、うっかり屋さんなんだね」

「……ペン子。お前がペンギン大好き少女だということは分かった。けどな、どんなに憧れても、人はペンギンにはなれないんだ」

「人間さんはそうかもしれないけど、私には関係ないよね? だって私、ペンギンだし」

「そうですわ。こんな可愛い生き物が人間なはずありませんわ」

「……え? 俺の目がおかしいの?」


 うんうんと頷きながらペン子の頭を撫でるフィエナの言葉に、一瞬、アヴェンスは自分の認識を疑ってしまう。

 が、それも束の間。

 彼は雑念を捨てるかのように、首を大きく左右に振る。


「いやいやいや、それはないだろ! どうみても、人間の女の子にしか見えないって!」

「もお、さっきも言ったとおり、私は人間じゃないよ! 確かにペンギンっぽくないってよく言われるけど、私は氷山島で育った立派なペンギンなんだから!」

「けどなあ、君の恰好はどうみても……」

「まあまあ、お二人とも。ここは一旦深呼吸をして、落ち着いて……」


 頑なにペンギンと主張するペン子とそれを信じないアヴェンス。

 二人をなだめようと、フィエナが割って入ろうとした、その時――


 ――ぐぅううううーー。

 

「え」

「ん?」

「……」


 室内に響き渡る、間の抜けた音。

 音の出どころを探る必要もなかった。

 そこにはフィエナが笑顔を張り付けたまま、固まっていた。


「……まずは、あなたのお腹を落ち着かせましょうか」

「……うぅ……」


 気まずそうな表情を浮かべたアヴェンスの提案に、少女は恥ずかしそうに俯きながら、控えめに頷いた。


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