第15話 ペン子、魔物を倒す

「グ……ガァ……」


 一瞬の出来事だった。

 放射された剣は空気を引きちぎらせるような音を立てたと思いきや、目にも止めらぬ速さで巨体を貫き、海中へと消えゆく。

 直後、円形の窪みが海面に形成される。

 紫黒の水しぶきが天高く撒きあがると同時にクラーケンは力なく頭を垂れ、海面が大きく揺れる。


「くうっ!」


 再び舟艇を襲う衝撃に、体制を崩しながらも何とか耐える乗員たち。

 振動と共に船体を掴んでいた触手が、波打つ水面へ次々と落ちていく。

 その様はまるで、地獄の底へと堕ちゆく死人のような不気味さがあった。

 間もなくすると揺れは収まり、辺りは静寂に包まれる。


「おいおい……嘘だろ……」


 皆、絶句した。

 断末魔を発する間もなく散ったクラーケンには、月に出来たクレーターのように、巨体にぽっかりと穴が刻まれていた。

 放たれた剣からは到底想像できないほどの、絶大な威力。

 目の前で起こった出来事を、すぐに飲み込める者はいなかった。


「……ペン子様は!」


 最初に我に返ったのはフィエナだった。

 飛び出したペン子の無事を確認しようと、船縁から身を乗り出し、眼下に広がる海面を見渡す。

 しかし、辺り一面にはクラーケンの亡骸とむっとした濃い体液の匂いが広がるばかりで、どれだけ目を凝らしても見つからない。


「ペン子様……」


 探しても探しても見つからない焦り。

 フィエナは祈るような気持ちで彼女の名を呟く。

 すると――


「……!」


 気のせいだろうか。

 一瞬、触手の間から、小さな影が揺れた気がした。

 そう思うや否や、その正体はすぐに判明する。


「ペン子様!」


 気泡と共に海面からひょこっと顔を出したのは、黒髪の少女。

 自身の置かれた状況を理解していないのか、ぷかぷかと浮遊しながら、隣で動かないクラーケンを観察しているようだった。


「ああ……無事で良かった……本当に」

「やりやがったよ……やりやがったよ、あのペンギン少女……!」


 フィエナは安堵で足から力が抜け、その場に座り込む。

 隣では、これが夢じゃないと実感したアヴェンスが、興奮気味にそう呟く。

 そして、後方を振り返り、ペン子を指差しながら高らかに告げる。


「皆の者! あそこにいるペンギン少女が、見事にクラーケンを討ち取ったぞ! この戦い、俺たちの勝利だ!」

「うおぉぉぉぉぉぉ!!!」

「よっしゃあぁぁぁ!!!」

「助かった……!」


 アヴェンスの勝利宣言と共に、各々が歓喜の声を轟かせる。

 そのお祭り騒ぎのような歓声に、一体何事かとペン子は舟艇を見上げる。


「ペン子様あぁぁぁぁ――――!」


 そんな彼女に、フィエナは満面の笑顔を浮かべながら、声帯をめいっぱいに震わせて呼びかける。

 それに気付いたペン子は、無事であることを示すかのように、フィエナに向かって大きく手を振る。


「ペンギン少女! すぐに救助隊を向かわせるから、そこで待っておけ!」


 救世主を迎えるべく、アヴェンスが意気揚々と指示を出していると――。


 バタッ。

 唐突にそんな鈍い音が響いたかと思うと、先ほどまで手を振り返していたフィエナが、床に倒れていた。


 「え? って、フィエナ様!? お、おい! 誰か! 担架を急げ!」


 アヴェンスの慌てる声を皮切りに、甲板はまたも忙しなく動き出した。

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