第2話 ペン子、島を出る

「うーん、これはあった方がいいかな。でもこっちも捨てがたいなぁ」


 日の出前の静かな朝。

 ここ、氷山島の最果ての海岸にペン子の家はあった。

 自宅に戻った彼女は数時間ほど仮眠をとった後、自室で旅に必要な物を選別していた。

 ガラクタが積まれた部屋はお世辞にも綺麗とは言えないが、彼女にとってはこれくらいの雑多な空間の方が居心地は良かった。


 この最果ての海岸は島の外に出入するための数少ない場所の一つとなっており、よく漂流物が流れてきていた。

 島のペンギン達はさほど興味を示さなかったが、ペン子はそれらを収集し、何かに使えないか試行錯誤するのが趣味の一つだった。


「よし、準備はこんなものかな」


 そうこうしながらも、ペン子は旅に必要な荷物をまとめ終わり、外に出るために立ち上がる。


「行ってくるよ、おじいちゃん」


 形見であるロザリオを携え、今は亡き養父のお墓に向かって別れの挨拶を告げる。

 

 元々この家は養父が住んでいたものだった。

 ある日、養父が海岸を散歩していると、素っ裸の赤子がいるのを発見した。

 こんな場所に捨てられているのであれば、すでに命はないだろう……

 そう思い近づいたところ、赤子は極寒の中にも関わらず奇跡的にまだ息をしていた。

 それに加えて、その風変わりな姿に養父は心底驚愕したが、赤子――ペン子を保護することとした。

 当然ながら、その到底普通とは言えないペン子の在住には反対意見もあった。

 しかし、「外部から氷山島に入れるはずがない」、「生まれ落ちた子を無下にするなどペンギン族の掟に反する」という意見もあり、ひとまずの居住を許されたというのがペン子が居座るようになった一連の流れである。


「うーん、今日も良い天気!旅立ちにはピッタリだね」


 ペン子は腕を大きく伸ばしながら島を見渡す。

 この氷山島には、ペンギン族以外の生き物は存在しない。

 島全体は険しい氷山に囲まれ、侵入者を拒むような造りとなっており、島の構造を熟知していなければ上陸することさえ一筋縄ではいかないだろう。

 それに加え、島の周辺は海流が激しく、遊泳に長けていなければ命を落としかねない環境下である。

 一般の海洋生物ではまずたどり着くことが出来ない様は、まさに難攻不落の自然要塞を備えているといっても過言ではなかった。


「この島ともしばらくお別れかぁ……寂しくなるなぁ」


 毎日当たり前のように眺めていた景色が見られなくなることに、思わずセンチメンタルな気分になる。


「ダメダメ、弱気になっちゃ!ここからが私の冒険の始まり。旅立ちは笑顔じゃなきゃね!」


 両頬をペチペチと叩きながら、ペン子は自分自身に喝を入れる。

 気合を入れ直した彼女は海辺へと移動し、今日の海の状態を確認した。

 爽やかな薄明かりが一日の始まりを告げるように海面を照らしつつ、穏やかな速度で寄せる波が素足をくすぐり、心地の良い刺激を与えてくれる。

 夜明け前の薄暗い海は入るのを躊躇とまどわせるだけの恐怖心を煽られるものではあるが、彼女にとっては慣れたものだった。


「よーし、行こうか!絶対立派なペンギンになってやるぞー!」


 ペン子は軽く駆け出し後、大きく跳躍し海にダイブする。

 海水は少し肌寒かったが、今の自分には丁度いいか、と思いながらも外の世界へと泳ぎ始める。

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