第7話 共同生活はワクワクがいっぱい

 談話室を出た僕は学園のすぐ傍にある寮に来ていた。

 ここ、伊甲学園では情報漏洩ろうえいを防ぐために生徒は全員が寮生活を送っている。


 寮監に挨拶し、部屋の鍵を預かる。

 僕の部屋は斎藤君と相部屋だった。


 部屋の中に入ると、あらかじめ郵送しておいた荷物が山積みになっていた。

 本当なら今日の放課後にでも荷物の整理をするつもりだったのだが、その時間は無い。


 殆どの荷物を部屋の隅に寄せ、着替えなど必要最低限の荷物だけリュックに詰めてから部屋を後にした。


 さらば、寮。一日も経ってないけど。


 寮を出て、学園の敷地外に出る。

 そして、早速地図が示す位置に向かうことにした。


 山を越え、森を抜け、電車に揺られることおよそ一時間半。

 僕は都心にやって来た。


 10メートル先も見えないほどの人込み。

 相変わらず都心は人でにぎわっている。


 反復横跳びしつつ、人込みを抜け地図に従って歩いていく。

 そして、ようやく目的地にたどり着いた。


「アパート?」


 地図が指し示す場所にあったのはアパートだった。

 地図の間に鍵がはさまっていたので気になっていたのだが、どうやらこのアパートの一室が目的地のようだ。

 

 ポケットに入れておいた鍵を取り出すと、鍵には205と番号が記されていた。

 そのままアパートの二階に上がり、205号室の部屋に向かう。


「あれ、誰かいる」


 205号室の前まで来たのだが、小窓からは光がもれており扉に耳を当てると中からゴソゴソと物音もする。

 部屋番号を間違えてないか鍵を見て確認するが、やはり鍵に記された番号は205だ。


 まあ、インターホンを鳴らしてみれば分かることだ。


 気を取り直して、インターホンを鳴らす。

 さあ、姿を現すのは鬼か蛇か。


「はい。どなたでしょうか……あ、あなたはッ」


「あ、ナナシさんだったんだ」


 部屋の住人は鬼でも蛇でもなく、可愛らしいナナシさんだった。





「ですから、どうして私と彼が同じ部屋で共同生活をすごさなくてはならないのですか?」


 都内のアパートの一室、そこでナナシさんは伊甲学園に電話をかけていた。

 努めて冷静に話しているようだが、いつもよりも語気が強いあたり僕との共同生活はいやなようだ。


 まあ、確かに年頃の男女がひとつ屋根の下というのはさすがの僕でも動揺を隠せない。


「予算が少ないことは理解しています。ですから、自費でホテルに泊まらせてくださいとお願いしているではありませんか」


 自費でホテル生活とは、どうやらナナシさんはかなりのお金持ちらしい。

 僕も一度はホテル生活をしてみたいものである。毎日ふかふかのベッド、毎日おいしい朝食。その上、部屋の掃除もしてもらえる。

 想像しただけでも思わず反復横跳びしたくなってしまう。


「……そういうことなら、分かりました」


 おっと、どうやら話し合いは無事に終わったみたいだ。

 

「なんだって?」


「誠に遺憾ですが、今日から任務が終わるまであなたと私で共同生活をしなくてはならないようです」


「僕はドキドキしてるよ」


「あなたの感想は聞いていません。先にいっておきますが、共同生活をするからといって気安く話しかけてこないでください。任務に関すること、もしくは緊急のことであれば話を聞きます。それと、このカーテンより先には入ってこないでください」


 ナナシさんはどこからともなくカーテンを引っ張り出してくると、部屋を二つに分けるように素早く仕切りを作った。


 まあ、僕らは年頃の異性同士だしスペースを分けるのは妥当だろう。

 会話については仲良くなるために積極的にしたいところだが、ナナシさんがいやなら仕方ない。


「念のためにいっておきますが、もし手を出してきた時には容赦なく迎撃げいげきしますから」


「そこは安心してよ。僕は純愛派なんだ」


「あなたの恋愛における感性は聞いていません」


 その言葉を最後にナナシさんはカーテンの向こう側に消えていってしまった。


 まあ、これからナナシさんと関わるチャンスはいくらでもある。

 任務が終わるころにはもう少し仲良くなれているだろう。


「おやすみ、ナナシさん。これからよろしくね」


 夜、部屋の中で用意されていた布団にもぐりナナシさんに言葉をかける。

 返事はなかった。





 僕の朝は早い。

 起きてまずは脱衣所兼洗面台で顔を洗う。それから、笑顔の練習だ。

 僕にとってイケメン陽キャの象徴である斎藤君はいつも笑顔が素敵だった。

 せめて笑顔だけは爽やかに出来るように僕も練習している。


 その後はジャージに着替えて外に出る。

 ウォーミングアップがてら大きく腕を回しながら反復横跳び。それから今日の反復横跳びスポットを探し、右に三ステップ、左に二ステップで移動を開始する。


 今日選ばれたのは東京湾沿いの道だ。

 潮風を感じながら本番を想定し二十秒間全力で反復横跳びを行う。


 今日の記録は2001回だった。自己ベスト更新だ。


 普段なら、ここから片足で反復横跳びや逆立ち反復横跳び、心ピョンピョン反復横跳びといった新しい反復横跳びの開拓及び鍛錬を行うのだが、今日は転校初日、いつもより早めに切り上げることにした。


 アパートに戻ってからはまずシャワーを浴びる。

 素早くジャージを脱ぎながら脱衣所へレッツゴー。


 おっと、ちょうど顔を洗っているナナシさんに出会った。

 よかった。まだ僕はパンツを履いている。


「おはよう、ナナシさん。今日もいい朝だね」


 練習を積み重ねてきた爽やかスマイルでご挨拶。挨拶は仲良くなるための第一歩だ。


「……ッ!!」


 ナナシさんの視線が上から下までゆっくりと僕の身体に向けられる。

 そして、ナナシさんは顔を赤くしながらどこからともなく銃を取り出し、僕に向けた。


 ナナシさんが引き金を引き、銃弾が僕の眉間にぶつかるまで一秒もない。

 でも、既にお目目パッチリ、身体ホカホカの僕が銃弾を避けるには十分な時間があった。


「残像だ」


 決め台詞と共に銃弾を躱す。

 その直後に僕の後頭部に衝撃が走り、僕の身体は床に沈む。


 バ、バカな……確かに僕は躱したはず。


跳弾ちょうだんです。同じ手が二度通用するとは思わないでください。変態」


 なるほど。

 転がっている弾丸はよく見ればゴム弾だ。

 どうやら、ナナシさんは僕に避けられることを想定した上で壁でゴム弾を跳ね返らせ、僕を仕留めたらしい。


「ふっ。見事だ」


 そこで僕の意識は途切れた。

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