第10話【鈴木くんの作文『おじいちゃんのお葬式』】Jさんの語り(心霊)

 私は小学校で教師をしています。


(補足:彼では無い。男性。30代くらいの神経質そうなイメージ。10人目なので仮にJさんとしておく)


【ポケットを漁るような、何かを取り出す音!久しぶりに声以外の音が聞こえました!】


 これは、私が三年生の担任をしていた時に、生徒の鈴木くんが書いた作文です。

 私の学校では夏休みの時に、絵日記とは別に、夏の一番の思い出と題して作文を書いてくるよう宿題を出します。文字数は最低原稿用紙三枚、上限は無制限という課題です。

 鈴木くんは原稿用紙五枚ほどの内容を提出してくれました。小学生らしく、鉛筆で何度も書いては消した後があります。本文は誤字や個人情報もあります。それらを適宜私のほうで調整したものを、今から読み上げます。

 全ての情報を正確にお伝え出来ないにせよ、この作文の異常性は皆さんにお分かり頂けると思います。


『おじいちゃんのお葬式』

 おじいちゃんのお葬式に行きました。熊本県には毎年夏休みにおじいちゃんおばあちゃんの家に行っていましたが、そのおじいちゃんが死んだからです。

 家について布団に寝ているおじいちゃんを見たとき、お父さんとお母さん、妹が泣きだしたので、僕も悲しい気持ちになりました。

 おばあちゃんは泣いていませんでしたが、僕の知らない人たちがたくさんお家に来ていて、その時はあまり話せませんでした。

 お通夜の時、妹と僕は途中で寝てしまいました。夕飯がとても豪華で嬉しかったです。

 次の日は朝からお葬式でした。ずっと座っていた妹が退屈しだしたので、お母さんに、この建物の近くで妹と遊んできなさいと言われました。

 お葬式場は広かったですが、広い駐車場があったのでそこで砂利を拾ったりしながら遊びました。

 その時、僕はそこで真っ黒な人に会いました。その人は駐車場をうろうろしていましたが、僕に気がつくと歩いて近寄ってきました。顔は良く見えませんでした。

 真っ黒な人としばらく無言で見つめあっていましたが、お父さんに呼ばれたので僕は妹を連れてお葬式場に戻りました。

 おじいちゃんを焼くため、僕は車に乗って火葬場に行きました。霊柩車に乗れると思っていましたが、霊柩車にはお父さんとおばあちゃんが乗り、僕と妹はタクシーでした。本当は霊柩車に乗りたかったので、少しがっかりしました。

 火葬場でおじいちゃんを焼いている間に昼御飯を食べました。とても豪華で、大きなエビフライが出て嬉しかったです。

 おばあちゃんに、さっき会った黒い人の話をしたら、

「おじいちゃんが会いに来てくれたんだね」

 と言って泣きだしました。おばあちゃんが泣いているのを見て僕はとても驚きました。

 黒い人はおじいちゃんだと、火葬場の人たちも言っていましたが、僕は黒い人とおじいちゃんの身長が全然違うので、別の人かなと思っていました。

 夜、おばあちゃんの家で寝ていると、黒い人が夢に出てきました。黒い人はおじいちゃんのはずですが

「いれてくれるか?」

 と聞いてきたので、僕はどうしておじいちゃんが自分の家に入れないのか聞きました。

 おじいちゃんは

「いれてもらえないとダメなんだよ」と言いました。

 僕は、おじいちゃんが帰ってきたらおばあちゃんが驚くと思ったので、おじいちゃんに入ってきて貰いました。

 目が覚めると、お父さんとお母さん、他の親戚の人たちがみんな慌てていて、お父さんが僕と妹に

「おばあちゃんが亡くなった」と言いました。おばあちゃんを喜ばせたかったので、死んでしまってとても残念でした。

 立て続けに二回もお通夜とお葬式があって、僕の家族はみんなヘトヘトに疲れてしまいました。二回目のお葬式の時は霊柩車に乗れましたが、僕はそこで眠ってしまったので、あまり楽しめませんでした。


 みんなで家に帰れた時は、やっとお葬式が終わったと思ってほっとしました。

 次の日、妹が

「黒いおじいちゃんが来た」

 と言っていました。妹の夢の中に黒いおじいちゃんが来て、家に入ってきたそうです。

 お父さんもお母さんも、その話をあまりちゃんと聞いてくれなかったので、妹はずっと不機嫌でした

 次の日、僕が友達とプールに行っている間に、家の仏壇が壊れていて、妹がお母さんにとても怒られていました。妹は泣きながら壊してないと言っていましたが、おじいちゃんとおばあちゃんの名前が書かれた板が割れて、お線香を入れる所に逆さま向きに刺さっていたらしく、お父さんが家に帰ってきてから、妹はさらに怒られていました。

 次の日、お父さんとお母さんが喧嘩をしていました。お母さんは家の中で、僕と妹以外の人を見たと言っていたのですが、お父さんは疲れているからと言ってすぐ寝てしまいました。

 僕は、お母さんが見たのはおじいちゃんだと思いました。おじいちゃんは僕の夢に出てから、ずっと僕の家族と一緒にいます。僕は、黒い影はお母さんには見えないんだなと思いました。

 それから、お父さんとお母さんはよく喧嘩をするようになりました。僕と妹は時々おじいちゃんと一緒に遊んでいましたが、おじいちゃんは何も喋らないし、ただそこにいるだけなので、あまり面白くありませんでした。

 昨日、お父さんがおじいちゃんに食べられました。ベッドに寝ているお父さんにおじいちゃんが覆い被さっていたので、黒いおじいちゃんの口は見えなかったけど、妹が「食べてるみたい」と言ったので、僕もそう思いました。

 お母さんは朝から家にいませんでした。僕と妹は家にあるパンを食べました。

 僕は、お葬式をしたらもうおじいちゃんに会えないとみんなに言われたのに、今ではおじいちゃんは家にいて、おばあちゃんとお母さんがいなくなったのが変だなと思いました。


 この作文は、始業式の日のうちに読みました。悲しい話なのですが、こういった作文は内容の良し悪しより、ネグレクトや虐待の兆候を掴むことができるので、教師たちは生徒たちが帰ったらすぐに簡単に全生徒の作文に目を通すようにしています。


 私は最初はこの作文が、鈴木くんのタチの悪いイタズラかと思いましたが、彼はそういったことはしない真面目な生徒だったので、どうしても内容が気になってしまい…。

 夕方過ぎに彼の家に電話しましたが、誰も出られなかったのでそのまま鈴木くんの家に向かいました。


 鈴木くんの家には19時近くに着いたのですが、電気がついておらず真っ暗でした。チャイムを押しても反応がありません。ドアに触れると鍵が空いていたので、念のため110に電話して警察の方にも来ていただきました。

 結論からお伝えしますと、鈴木くんとそのお母さん、妹さんは今でも行方不明です。お父さんのご遺体は寝室のベッドの上で発見されました。不審死ではありますが、死因に事件性は無く、心臓発作が原因のようです。


 私は教師ですので、あまり変なことを言うと正気を疑われそうで嫌なのですが…。

 鈴木くんの家に着いた時、チャイムを鳴らしても反応が無かったので、私は家の裏手に回って家の窓から中を覗き込んだんです。

 その時に、家の居間の中で、真っ黒な人影が佇んでいるのを見た気がしたんです。明かりも灯ってない夜の家の中で、黒い人影が見えるなんて不可能なんですけど、その時ははっきり見えた気がして…。

 だから警察を呼んだんです。強盗かも知れないと。でも、結局家の中には誰もおらず、これは私の見間違いなんだと思っていました。


 しかし、その日から、夢の中に真っ黒な人が出るようになったんです。

 そいつはいつも私に

「入れてくれ」

 と言います。私はそれを無視し続けています。

 これは鈴木くんの作文を読んでしまったから見える幻覚なんでしょうか。どうすればいいんだろう。ここ数年ずっと寝不足で、あの黒い影がずっと私を見張っている気がするんです。


(補足:鈴木くんの担任の先生、もしこの投稿を見てましたら、彼の居場所について教えて頂けますと幸いです。


 なんだかこの人の話、今の私の境遇と似てますね。知り合いが行方不明になってしまう不安感、私にもわかります。

 黒い人が彼を連れ去ってしまったのでしょうか。黒い人は人間?幽霊?UMA?


 そもそも人の感じる恐怖って何なんでしょう。私は幽霊を信じないので、お化けが出たという話は怖くありません。でも、そのお化けの正体が人間やUMAだったら怖いんでしょうか?

 逆に、幽霊を怖がる人が、その正体が人間やUMAだったらまだ怖いと思えるのでしょうか。

 人の感じる恐怖の本質は、そのものに対する不理解や解像度の低さが原因だと私は思います。知らない他人が笑顔で話しかけて来たら怖い、と感じるのが例です。

 わからないものは怖い。その正体が分かったら、怖く無くなるんでしょうか。逆に、その正体が更にこちらの理解を超えるものだったとしたら、更に恐怖は重なるんでしょうか。


 理解できないものの代名詞は「他人」か「自分」、つまり人間です。その延長線上にある架空の存在である幽霊やUMA。なぜ人間はわざわざ空想上の恐怖の対象を作りだし、怪談を語り、聞き、楽しむんでしょうか。喜怒哀楽に入っていない「恐怖」の感情は、そもそも人間に必要なのでしょうか)


【少し間があり、次の話へ】

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