第22話

「そりゃあ、そうだろう。せっかくお前と引き合わせるんだ。中身だけじゃなくて外見も気に入ってもらえるように、このおれがお前好みの姿形に変えたんだぞ。お前の部屋の畳の下に隠されていた春画を元にしてな」

「なっ!? なぜそれを知っ……!? い、いやっ。あれは仕事で必要な資料だ! 別にやましい理由があって隠していたわけじゃないぞっ!!」

「そこまで取り乱すこともないと思うが……。やよちゃんは理解がある方だと思うから、誠実に話せば理解してもらえるよ。男なら春画の一冊くらい持っていてもおかしくない、と。おれもお前の部屋から勝手に借りて読んでいたからな」

「聞きたいことと問い詰めたいことが幾つか出てきたが……。とにかく、あの娘は獄卒に引き渡す。俺とお前の力も他の鬼に頼んで強制的に出してもらう」

「なんだと?」

「言葉通りの意味だ。あの娘は人間だ。人間には人間の理がある。あの娘は人間の元に帰すべきだ。そうすれば輪廻転生の輪に戻って、また次の生を得られる」

「やよちゃんはそれでいいとしてお前はどうする。この先ずっと一人で生きていくつもりか。自宅の縁側であたかも居るはずのない俺の席まで用意して……。いつまでも現実から目を逸らして、一人で呑み続けるつもりか?」


 空になった自分の猪口に透明な清酒を注ぎながら、朧は「ああ」と肯定する。


「それが俺の運命だったんだ。生まれつき鬼の力が強かったせいで、鬼に限らずどのあやかしからも気味悪がられた。母共々、父親から一族を追い出された俺の末路なんだ」

「だからといって孤独になるのが運命だと、お前は端から諦めるのか? 力だけが強くて一族から追い出されたのはおれも同じだ。力が強いだけの風鬼――それも風鬼一族にとっては不要な男鬼として生まれた。これが女鬼だったら子孫繫栄のための子種として重宝されたんだけどな……」


 朧も弥彦も妖力が弱いはずのあやかしの中で桁外れの妖力と鬼の力を持って生まれてしまったがために、一族が住む上町を追われて下町で息を潜めて暮らすことになった。母親が一緒だった朧はまだ衣食住もあっていい方だったが、身一つで捨てられた弥彦は浮浪児のような生活を送っていた。

 それが朧と出会い、母親の勧めもあって、やがて三人で共に暮らすようになった。弥彦は朧の無二の親友であると同時に、共に育った兄弟のような間柄でもあった――実際に鬼として成人した時には兄弟の盃も交わした。血の繋がりはなくても、二人は深い信頼関係で結ばれた盟友だった。

 母親が他界した後も弥彦がいる内は良かった。だがその弥彦も亡くなってしまった。朧にはもう何も残っていない。

 亡友を想いながら月を眺めて、過去に縋りつく以外は――。


「でも朧。おれはそんな運命を受け入れるつもりはない。人もあやかしも一人では生きていけない。お前にはやよちゃんが必要だし、やよちゃんにはお前が必要だ」

「それならあの娘じゃなくてもいいだろう。どうしてあの娘なんだ。あやかしが見えるからか?」

「それもあるが、やよちゃんは他のどの人間よりも霊力が高い。並大抵のあやかしの妖力よりも遥かに凌駕している。上手く輪廻転生の輪に入れればいいが、今のままだと輪廻転生の輪に辿り着く前に、あやかしに喰われる可能性の方が高い。現に彼女はあやかしが原因で命を落としている」

「そうなのか?」

「死ぬ直前、やよちゃんは霊力を狙ったあやかしに追われていた。そいつはやよちゃんを殺して魂ごと霊力を喰おうとしていたから、その前におれがやよちゃんの魂をお前のところに送った。お前ならやよちゃんを悪いようにはしないと思ってな」

「あの娘がここに居たのはお前のせいだったのか……!」

 

 普通の人間は死した後、黄泉の国に行く。悪人は地獄に善人は極楽に行き、それぞれの魂をまっさらな状態に戻す。そうして輪廻転生の輪に戻って、また新たな生を全うする。

 まれにかくりよに迷い込んでしまう魂もあるが、その魂も獄卒によって黄泉の国に連れて行かれる。もしあやかしに魂を喰われてしまえば、その魂は二度と輪廻転生の輪に戻れない。永遠に深淵を彷徨うと言われていた。

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