第11話 今シーズン初対戦

 力のない打球が、ライト方向へとふらふらと上がっていく。

 それを見て打ち取ったと、浅いライトフライだと、そう判断した。

 

 だというのに、

 

(……は?)

 

 打球は私の想定以上に詰まった当たりになったらしく、それが災いしてセカンドとライトの中間地点で、誰のグラブにも収まることなく落ちた。

 

(くそ、打ち取ったあたりだったのに……)

 

 苛立ち混じりに一塁ベース上、今の打球を放った藤畑さんを横目で見る。

 さぞ得意げな顔をしているのかと思ったが、よくよくその表情を覗いてみると、笑ってこそいるがどこか不満足そうに歪んでいた。

 

(……? 狙ってあそこに落としたわけじゃないのか?)

 

 藤畑ふじばた健正やすまさ。毎年3割以上の打率をマークしながら、同時に本塁打も20本以上放っている、確実性と長打力を両立させたコンプリートスラッガーで、出塁率と長打率を足したOPSでは、毎年リーグトップを争っている。

 

 そんな強打者である彼だが、今年はオープン戦の途中で故障があったようで、シーズンが始まってからしばらくの間は、二軍でリハビリと調整に時間を費やしていたらしい。

 

 彼が一軍へと復帰したのは5月になってからで、私にとっては今日の試合が藤畑さんとの今シーズン初対戦だった。

 

 その一打席目は、インハイへと投じたカット気味の速球で詰まらせ、ファーストフライに打ち取っていた。

 そのときの反応をみて、次打席以降もこの球で打ち取れそうだと、そう感じた。


 だから二打席目、2ストライクに追い込んだ後に決め球として選んだのは、一打席目で打ち取った球と同じ、カット気味に動く速球。


 それを意図的に上手く詰まらせて、ライト前に運ばれた、そう思ったのに。

 

(意図して詰まらせたわけじゃない? なら、試合勘がまだ完全には戻ってないのかな)

 

 そうでなくても、少なくとも今日は調子が悪いのかもしれない。

 

 藤畑さんへの三打席目、真っ直ぐな速球と動く速球をボール気味のコースに投げ込んでファールを打たせ、2ストライクまで追い込んだ。


 そのときの様子を見て、やはり彼はまだ本調子ではないのかもしれないと思った。

 

 過去の成績を見れば分かるが、藤畑さんは選球眼に優れた打者だ。毎年3割以上の打率を記録しているが、それと同時に出塁率も、ほとんどのシーズンで4割を超えている。


 だが、それにもかかわらずボール気味の球に手を出してきた。それを考えると、やはりまだ本調子ではないのかもしれない。

 

 そう思っていたけれど、追い込んだ後に投じた、ボールゾーンへと落ちていくスプリットに、藤畑さんはバットを当ててみせた。

 打球はライト方向へのファールゾーンへと転がっていく。

 

(調子が悪いのかそうじゃないのか、分かんないな……)

 

 目よりも先に身体がボールに慣れ始めたのか、もしくは目と身体の神経がまだ上手く繋がっていない、そんな感じだろうか。

 だがスプリットがライトへの、引っ張り方向へのファールになるのなら、より遅いボールにはもっとタイミングを崩されるはずだ。

 

 伊森さんもそう考えたのだろう、要求されたボールは外角低めへのチェンジアップだった。

 異論はない。私は頷き、その球を投じた。

 

 アウトローへと向かっていくチェンジアップは、コースがやや甘くなってしまったけれど、藤畑さんのタイミングを外すことには成功していた。弱々しい打球がライト方向へと飛んでいく。

 いや、でもこれは……。

 

『フェア!』 

 

 三塁手の頭を超え、レフト線ギリギリへと落ちた打球に対し、審判がそう判定の声を上げた。

 

(まさか、狙った?)

 

 そう思って二打席目と同様、一塁上にいる藤畑さんに視線を移す。

 その表情は、二打席目の際に見せたものと同じ、複雑そうな表情だった。演技かとも思ったけれど、どうにも偽りの表情には見えない。

 

 マウンド上にいるというのに、私は思わずため息をつきそうになった。

 

(調子が悪いなら、大人しく凡退してくれないかな……)

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