推ししか勝たんツンデレラ

平翔

プロローグ

第1話 

『推し』

 それはその人にとって、最高に素晴らしく、最高に輝かしく、最高に憧れで、最高に愛している存在である。

 テレビの向こう側の存在、俳優、アイドル、アニメキャラクターなどを魅力的に感じる者もさぞ多かろう。

 この俺にだって、推しと呼べるキャラが存在するのだ。

 その名もみれいたん! ちなみに名前はみれいね! 名前の最後に『たん』が付いている理由は推している奴が良く付けがちなあれ。

 まあ、俺みたいな人間はこの世にごまんといることだろう。

 だがよく聞け読者のみんな。

 この世には、俳優、アイドル、アニメキャラクターなどの有名な者以外を推す人間も存在する。

 有名人以外となると何を推すって? 気になるか読者の諸君よ。まあ勿体ぶっても意味ないんで単刀直入に言いますとそれは、

『身近な人間』である。

 ※みれいたんとは、『私のここ見たよね?』というアニメに出てくるメインヒロインである。




 自分の席で大きなあくびを繰り出す俺のすぐ傍で、この学校には欠かせないと言われいている、ある一人の女子生徒についての話が繰り広げられていた。

「まじ天使だよなぁ」

 一人の男子生徒が美味しい物を食べたかのように、頬を落とし、赤らめてそう口にした。

「それな俺直視できねえもん」

「うっわ! それめっちゃ分かるわ! あんな美しい方直視できる奴の方がおかしいって」

「確かに!」

 はははと笑い声を上げる男子グループ。

 傍で話を聞いていた俺にはどこに笑う要素があったのか謎だが。

「じゃあさ、じゃん負け直視しねぇ?」

「おっ! いいねぇ!」

 なんじゃそりゃ。罰ゲームか何かですか? お前ら、相手は学校一の美女だぞ。

 そんな言葉を心中で男子共に投げかけていると、じゃんけんの勝敗はもうついていたらしく、一人の男子が崩れ落ちるように床に膝をつけて呻いていた。

「くっそ~俺かよ」

 お前本当は嫌いだろ。

「くぅ~! 羨ましいぜ!」

「こんなチャンス二度と来ないんだから頑張れよな!」

 チャンスでもないだろ。

「くっそ。俺にはできねえ。あの方を直視なんて俺たち庶民には絶対できねえよ」

 じゃあ最初からじゃんけんするなよ。てか、負けた奴が言い出しっぺじゃねえか。

 額に汗を流し、飽きれた顔してこっそりと笑ってやった。

「つまらんな」

 一人ぼっちでそんなことを呟く俺の方がつまらん。

 と、そんな時、

「きゃー‼ 柏木さんよー‼」

 一人の女子生徒の声がトリガーとなり、教室内にいた生徒全員(俺以外)が一斉に入り口に視線を移した。

 ここまで輝きを放たれたら見なくても分かる。

 帰って来たか。学校一の美女が。

「ふんっ。道を開けてちょうだい」

「「「はいっ! 喜んで!」」」

 おいおいお前ら、ついさっきまで俺の傍で直視できないとか言ってなかったか?

「ありがとう」

「「「どういたしまして!」」」

 直視どころか言葉交わしてるじゃん。

 まるでレッドカーペットでも歩いているかのような立ち振る舞いで、自席に向かう柏木。なんであんなに偉そうなのかはさておき、ここらで紹介でもしておきますか。

 フルネームは柏木麻理亜かしわぎまりあ。またの名を学校一の美女。成績優秀、スポーツ万能、容姿完璧で、みんなに愛される人生の勝ち組。俺とは正反対の人間。これ以上はやめておこう。こいつの紹介をしていると自分を嫌いになりそうだ。

「柏木さん、毎回どこに行ってるのかな」

「確かに。それ気になるよね」

 俺の前の席でこそこそ話している二人の女子生徒。

 こそこそ話しているとこ悪いんですけど、あなた達の真後ろに俺いるからね。気づいてよ。いややっぱ今は気づかないで。気まずいから。

 とは思ってみたものの、この女子二人が話していることに納得してしまっている自分がいた。

 休み時間になると毎回教室から姿を消し、授業が始まる寸前に教室に姿を現す謎の美少女。(ちょっとカッコよく言ってみた)

「まあ、トイレだろ」

「「え⁉」」

 女子二人の視線が俺を突き刺す。

 しまった。無意識に口に出してしまった。恥ずかしっ。

「えっと、まあ、気にしないで」

 今できる精一杯の笑顔を作り、そう伝えた。

「「え、あ、はい」」

 最初から気にしてねえよ、って顔しないでくれる? 傷つくから。

 羞恥から抜け出すために、ちらっと横目で柏木を捉えるも、

「やっぱり分からん。何故人気なんだ」

 どれだけ眺めても良さが分からなかった。

 あまり見すぎると変態になるし、この辺でやめておくか。


     *


 自宅に帰り着くのと同時に、俺は一日のクライマックスに突入する。

 テレビの電源を付け、録画リストに一通り目を通す。

「今日はどこを見ようかな」

 テーブルの上には、コーラとポテチという完璧な配置。

「よし。これだな」

 選ばれたのは、『私のここ見たよね?』の第二期の七話。この回は、俺が選ぶ衝撃的ランキングトップ3には入るほどの内容が詰まっているのだ。

 その中でも目玉シーンとなるのは何と言っても、みれいたんの下着がはだけて、主人公(俺たち視聴者)の視界にあれが……って、これ以上は話せない!

「よしっ。再生っと」

 今にも理性が狂いそうな俺は、いち早く視聴するため再生ボタンを押す。

 そして数分後。


『こうなってしまったからには、もう止められない。覚悟して』

『どういうことだみれい!』

『もう引き返せない。あなたも覚悟できてるよね?』

『俺は——』

『これ以上何も言わないで。もう分かったから』


 ここからは少し過激なシーンなので俺一人で楽しませてもらう。

 わー羨ましっ。

 そう思っていた矢先に、俺の隣にタンクトップ、短パンの姉夏海なつみが満面の笑みで腰を下ろした。

「なるほどなるほど。かなーりエロいね!」

「俺一人で見たかったんだけど」

 もう変な耐性がついてしまい、姉ちゃんが来ても何も感じなくなってしまった。これも一種の病気である。

達也たつやこの場面何回も見てるよね?」

達也←これ俺の名前ね。フルネームは金城達也きんじょうたつや。二年五組の高校生。紹介し忘れていたのでこのタイミングでさせてもらう。

「そうだけど勘違いしないでくれよ」

「というと?」

「俺はエロいからこの場面を繰り返し見ているわけではなく、感動する場面だからこそ目に焼き付けておきたいだけだ」

 にやついた笑みを浮かべる姉ちゃん。

「なんだよ」

「本当のこと言いなよ」

「本当はみれいたんの裸を拝みたいですっ!」

 俺正直! 良い子!

「正直でよろしい!」

 姉ちゃんは俺の頭を優しく撫でた。

「達也のせい——おかげでこの場面を見るたびに次の展開が思い出せちゃう」

「良かったじゃん」

 言い間違えたことは水に流そう。

「まあ、良かったのか良くなかったのかは分からないけど、こんなアニメもあるんだなって知れて良かったよ!」

 結局良かったんかい。

「そっか。もうそろそろ静かにしてくれ。大事なシーンなんだ」

「はいはい。りょーかい!」

 飽きてどこかに行くのかと思っていたが、俺の横に並んで引き続きアニメ鑑賞を楽しんでいた。おかしな姉ちゃんだ。

 やがて大事なシーンも終わり、エンディングが流れ始めたところで、姉ちゃんが気持ちよさそうに伸びをした。

「やっぱこれって一話から見なくても結構面白いよね~」

 それは姉ちゃんだけな気もする。

「みれい? ってキャラも可愛かったし!」

「おぉ! それはお目が高い! みれいたんは宇宙一可愛い女の子だからな!」

「達也はああいう子がタイプなんだね~」

 からかうようにくすくす笑っている。

「分からんけどそうかもね」

 今まで一度も恋愛をしたことがない俺らしい回答だ。

「学校にいないの? あれくらい可愛い女の子」

 そこで脳裏に浮かぶ一人の女子生徒。

「まあ、みれいたんほどじゃないけど、可愛いって言われている女子はいる」

「そうなんだ!」

 その子の話を聞かせて、と目が訴えかけてくる。

「学校一の美女とか呼ばれてる」

「えぇ⁉ それって相当可愛いんじゃないの?」

「んー俺には分からんけど」

「達也理想高すぎじゃない?」

 やや引き気味の姉ちゃんは、ジト目を俺に向けてくる。

「別にいいじゃん。逆に俺みたいな奴が三次元に興味がないだけで世界は救われてる」

「もうっ! すぐそんなこと言う! 達也は可愛いとこあるんだし、もっと自信持ちなって!」

 姉ちゃんは俺の頭を無理やり自らの太ももに乗せ、優しい手つきで髪を撫で始めた。

「恥ずかしいからやめて欲しいんだけど」

 なんで実の姉相手に赤くなってんだよ。馬鹿。

「姉弟なんだしたまにはこういうのもいいじゃんか」

 犬でも可愛がってるのかと言いたくなるような微笑みを上から感じる。

「まあたまには、な」

「ふふん! 照れちゃって! このこの!」

 頭をわしゃわしゃと激しく撫でてくる。

「痛い」

「あ、ごめんごめん」

 少し申し訳なさそうにしたと思えば、どうしても撫でるのをやめたくないのか、今度は柔らかな手つきで頭に触れた。

 おいおい恥ずかしいって。

「ねえ達也」

「ん?」

 頬が少し朱色に染まっている俺は、照れくささを隠そうと必死で、姉ちゃんの目を見れないでいる。

 しかし姉ちゃんはそんなこと気が付くわけもなく、淡々と話を進めた。

「これだけは覚えときなよ?」

「と言いますと?」

 ぴたっと手の動きを止めた姉ちゃんは、俺の耳元で自らの口を近づけ、囁くように口を動かした。

「可愛い人ほど秘密があるんだよ」

 吐息交じりの声が俺の鼓膜で反響し、自然にこそばゆい感覚を覚える。

「そうかよ」

 いつもでたらめなことを言い出す姉ちゃんの言葉などあてにならないので、適当に流しておくとする。

「まあ、達也には関係ないのかな?」

「そうだなー。俺には関係ない」

 可愛い人と関わることなんてないし。

 それよりさ、早く姉ちゃんの太ももから解放して欲しいんだけど。


     *


 はー。休み時間って暇だよなー。

 ひょっとして俺だけの可能性もあるけど、やはり暇だ。

「トイレにでも行くか」

 まるで教室から逃げ出すように、トイレに向かう俺のことを自分で情けないと思ってしまう。

 しかも、普段みんなが使用する新品のトイレではなく、改装工事が行われる前からある古いトイレに足を運んでいる。

「まったく、なんで五組側に新しいトイレを建てたんだよ。わざわざ一組の方まで歩かなきゃいけないだろ」

 五組から一組までは少し距離があるせいか、五組の生徒はみんな新品のトイレを使用している。なんなら一番遠い一組の生徒ですら新品のトイレを使用しているのだ。なぜそこまでして俺が古いトイレを使っているのかというと、陽キャがいないから。以上。

「我ながら情けない」

 そんな我を叩く言葉を吐きながら用を足し、教室に戻ろうと一組の前を通ると、

「え?」

 ぽつりと声が漏れた。

 何やってんだこの人。俺は瞬時に身を隠す。

 視界の先に映るのは、一組の教室の扉に身を隠す一人の女子生徒。

 それが普通の女子生徒ならば、俺は立ち止まらずに素通りしていたことだろう。

 だが、そこに見える艶のある綺麗な黒髪を見てしまったからには見て見ぬふりなどできるわけがなかった。

 柏木麻理亜がなんでこんなところに身を隠してんだ……。

 見るからに一組の教室内を覗いているような。

 好きな男子でもいるのか? もしそうだとしたらこの学校中が涙というなの湖に変わり果てることだろう。

 俺も柏木に倣うように一組の教室内に目をやってみるが、これと言った特別なイケメンは存在しない。

「あーなるほどなるほど」

 ここで昨日の姉ちゃんの言葉を思い出す。


『可愛い人ほど秘密があるんだよ』


 珍しく姉ちゃんの言葉が現実味を帯びていく。

「実は私B専なんです~みたいな秘密か」

 おいおい俺。性格悪すぎて読者に嫌われるぞ。自分の顔見て言えって言われるぞ。

 おっといけない。この辺でやめとくか。

 あまりこの場に長居して柏木に気づかれたら困るし。

「あっ」

 前方から女性の声。

「あっ」

 やべっ。いつの間にか俺、隠れてないじゃーん。バレたか。まずい。

「……」

「……」

 お互いに沈黙の時間が続く。ナニコレキマズイ。

「あーえーと……その~」

 なんとか言葉を繰り出そうとしたのだが、気まずさと緊張のあまり何も出てこなかった。

 これが陰キャの特性。

「はぁぁぁぁぁぁ」

 徐々に頬を赤く染めていく彼女。

「私としたことが、人がいたら絶対気づくはずなのに……」

 はいはいごめんなさいね。影が薄くて。

「もういやぁ~~~~~~‼」

 学校一の美女は、俺の前から一瞬でいなくなった。

 一組の扉に隠れていた人影はもうどこにも確認できなくなり、この場には俺一人がぽつんと立たされている状況となってしまう。

「学校一の美女って足速いんだなぁ」

 柏木の運動能力に感心している俺は、結局彼女が何をしていたのかを知れないまま今日一日を過ごすことになった。

 まあ本人に確かめる度胸もないし、この一件は忘れてやろうではないか。

 感謝しな。

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