小平秀人は有給を消化する


 有給は、意外なほど簡単に取れた、と秀人は言った。

 職場の人々も、一部には気づいている人もいるはずですからね、あなたが原因だ、あなたがいなくなればいい、と。

 そう率直に言う巴の言動が不愉快だったせいか、秀人は黙って運転に集中した。


 当初、飛行機で行って現地でレンタカーという合理的な案が検討されたが、飛行機が苦手な巴が一言のもとに却下、くしくも乗り慣れた彼女の車で向かうことになった。

 といっても、運転するのはほとんど秀人だ。

 寝ずに高速道路を飛ばし、その間たっぷり休眠していた巴は、朝方ようやく目覚めると、ほとんど恩着せがましいような口調で言った。


「明るくなりましたね。ご安心ください、ここからは私が、ちゃんと運転させていただきますので」


 秀人は、口から出かけた言葉を呑み込み、結局、無言でアイマスクをかぶると、ふて寝を決め込んだ。

 中国自動車道の某インターを降りてさらに数時間、渋滞とは無縁の地方道を淡々と進んでいく。

 途中、何度か道に迷いながらも、カーナビと手書きの地図を何度も見比べながら、どうにか目的地近辺らしい表示。


「……着きましたか」


 助手席を傾けて仮眠を取っていた秀人が、アイマスクを外しながら言った。


「はい、まで」


 巴の厳しい表情と、目の前の未舗装道を見比べる秀人。


「地図は……ここで切れてますね」


「このさきは山道、獣道の扱いのようですね。居住者はいませんから当然ですが、役場の管理ははいっているはずです」


 ゆっくりと先へ進む。

 立ち入り禁止を意味するモノが掲げられているかとも思ったが、なにもない。

 勝手に入ってくれてかまいませんよ、という雰囲気に推されるように、巴は車を進める。


「危ないな。気をつけて」


 ちょっとハンドル操作を誤れば転落する崖沿いの道を、徐行しながら十数分。

 途中、危険そうな短いトンネルを三度もくぐったが、どこにも立ち入り禁止を示唆するものはなく、道の危険性に比して逆に不自然さを感じさせるほどだった。

 さすがにおかしいなと思い、一度車から降りたふたりは、かなり高い草も生えたまま放置されている砂利道に手を当てて、


「やっぱり……ごく最近、車が走った跡ですね。もしかしたら山岳管理の役場の方々が、はいっているのかもしれません」


「だとすれば、自分たちがはいったあとに、部外者が入れないようにしておきませんか?」


「……ですよ、ね」


 話し合っていても埒が明かない。

 ふたりは車に乗り込み、進行を再開する。

 時刻が正午をまわったところ、という霊的な意味でもっとも脅威を感じづらい時間帯であることも、彼らの進行を後押しした。


 ──やがて、たどり着く。

 最後の境界線を抜けて、運命の村へ。


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