幻庭の花

ましさかはぶ子

1 緑の光




空には雲が広がり禍々しい色をしていた。


暗い城内の広間には瓦礫が重なり、人々が倒れていた。

立っている者はほんのわずかだ。


アリシアとセスの目の前の影は薄く広がっていた。

まだ死んではいない。

だがこのまま捨て置いてはいけない。

止めを刺さなくてはいけないのだ。


その中心には黒い塊がある。

あれが本体なのだ。


アリシアとセスは目を合わせる。


二人とも傷だらけだ。

だが彼らは微笑む。


「行くぞ!」

「ええ!」


二人は一つの剣を一緒に持ち、

影に向かって走り出した。

影の中心にある歪んだ闇に向かって。


この幻庭げんていの剣を打ち込むのだ。


柔らかな緑の光が二人を包む。

優しく。







晴れた午前の城内の訓練場だ。

周りを兵士が囲んでいるその中で

剣を構える若い男女がいた。


一瞬二人の声が聞こえると剣が重なった。


その時緑の淡い光が見えた。

二人はそれを見てはっとする。


そして男の剣は強い。


「うっ!」


若い女がうめき声をあげて勢いで飛ばされた。


「アリシア様!」


何人かの兵士が倒れた女、アリシアに駆け寄る。

一人の兵士が打ち合った男に言った。


「セス、いい加減にしろ、姫様だぞ。」


セスと呼ばれた男は剣を持ったまま何も言わず皆を見た。

黒髪の精悍な顔をした男だ。

肌は浅黒い。

南の地方の出身だろうか。

アリシアは身を起した。


「私が弱いから……。」


周りの剣士は首を振る。


「いえ、姫様はお強いです。」


それを見たセスが感情の無い顔で兵舎へと歩き出した。


「まったくセスは。」

「あの人、副隊長でしょ?」


アリシアが首を動かして自分の体の様子を見る。


「強くて当たり前よ。」


アリシアは立ち上がったが少しばかり体がふらつく。


「姫様、本当にこんな訓練が必要なのですか?」


一人の兵士が言った。


「そう。必要になるかも……。」


アリシアは難しい顔になった。


「でも今はちょっと休むわ。

ライオンにリスが戦いを挑んだようなものね。」


皆は複雑な顔でアリシアを見た。

彼女はこの城の末っ子の姫だ。

昔からお転婆な姫と呼ばれていた。

城を抜け出し城下町では顔も知られている。

姫ではあったが全くそれらしくなかった。


だが一年ほど前から突然剣の訓練を始めた。

それは何故だか分からない。

しかし黙々と訓練をする彼女を見て皆は相手をするようになった。

そして今日は、


「おい、セス。」


城の兵舎に戻って来たセスにヒーノが話しかけた。

金髪の優し気な顔立ちの男だ。

二人とも兵士らしい逞しい体つきをしている。


「姫様だろ?少しは手加減しろよ。」


セスは露骨に嫌そうな顔をした。


「手加減?そんなものはしない。」

「俺達と姫様は違うぞ。」

「それはそうだがな、」


セスは近くの椅子に座った。

ヒーノも座る。


「だがな、姫さんが本気なのが分かった。

だから手加減しなかった。」


ヒーノが不思議そうな顔でセスを見た。


「本気?」

「ああ、俺はあの姫さんが酔狂で訓練していると思っていた。

兵の良い暇つぶしかと思っていたが、

腹立たしい気持ちはずっとあった。」

「昔から末っ子の姫様だから結構好き勝手やっているからな。」

「だから今日は灸を据えるつもりで初めて向かい合ったんだ。

力の差を見せるつもりでな。だが姫さんは本気だ。」


ヒーノは驚いてセスを見た。


「遊びじゃない。目がマジだった。

そして剣筋は鋭い。手を抜いたら悪い気がした。」

「それは姫様が意外といけるって事か。」

「訓練次第ではな。」


アリシアが去った訓練場で兵達が訓練を始めた。

ヒーノがそれを見る。


「まあちょいとばかり城の中が最近きな臭いからな。

セスも何となく分るだろう?」

「ゾルシ宰相だろ。

王が寝込んで動けなくなってから妙に動きが慌ただしい。」


セスとヒーノが目を合わせる。


「アリシア姫も何となく感じているんじゃないか?」


ヒーノがセスに言った。


「……うむ。

だとしたら今日はやり過ぎたかな。」


セスが呟くように言うとヒーノが笑った。


「だとしたら姫様に謝って来いよ。

ごめんなさいって。」


ヒーノが手を組み顔の前に持って来て上目遣いにセスを見た。


「そ、そんな子どもみたいな………、」


セスの顔が赤くなる。

ヒーノは立ち上がりセスの背を叩いた。


「まあ悪いと思ったら相手してやれよ。

あの姫様、案外と姫らしくない良い子だぜ。」


セスは彼女が入って行った城の入り口を見る。


初めて打ち合ったあの時、一瞬緑の光が見えた。

あれは何だったのだろうか。

金属と金属が激しく打ち合って偶然出来た火花だろうか。


だがそれとは違う気がした。


「セス、すまん、ちょっと来てくれ。」


部隊長の声だ。


「はい。」

「今年の予算なんだが相談に乗ってくれるか。」

「行きます。」


この国では長い事争いはない。

豊かな国だ。治安も安定している。

せいぜい争うとすれば予算の取り合いだ。


セスは立ち上がり兵舎の奥に行った。




アリシアが部屋に戻ると小間使いのクレールが怖い顔をしていた。


「姫様、また砂だらけで!」

「ごめん。」

「早くお着替えになって。宰相様がお呼びですよ。」


アリシアの顔が曇る。


「ゾルシが?何の用かしら。」

「分かりません。でもお姉様方も呼ばれているみたいですよ。

城の重要な方々は呼ばれていると思います。」

「お父様も?」

「分かりません。」


クレールも暗い顔になった。


「王様はお具合があまりよろしくない様で……。」


アリシアは今朝ほど見舞った床に臥せっている

父親のレリック王を思い出す。


「クレール、私はこのままでいいわ。」

「えっ、兵士の格好ですよ。」


アリシアは腰の刀を確かめる。


「良いの。」


彼女は鏡を見て髪型を整えた。


自分でも気の強そうな顔をしていると思う。

優しげに見えるのは母親譲りのヘーゼル色の髪と瞳だけだ。

綺麗な緑色の耳飾りが光っている。


彼女は素早く身を整えると部屋を出た。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る