フラワーロードの占い師

 ひとまず深夜営業までの休み時間の間に、私たちは掃除を済ませると、九重ここのえさんの職場へと出かけることになった。


「あのう……私は留守番とかのほうがよくなかったですか?」

「前にも言ったでしょう。不死者は皆が皆、人間に対してフレンドリーじゃありません。人間を食料くらいにしか思っていないのもいますから、そんなところに八嶋さんひとりを置いておける訳ないでしょ。だからと言って、九重さんのところに八嶋さんひとりで行ってもらう訳にもいきませんから。まだ自分と一緒のほうが安全ですよ」

「そうなんですね……」


 四月一日わたぬきさんの過保護にも聞こえかねないけれど、今日しっかりと不死者と人間の体感時間が違うと思い知ったところだし、不死者と人間は一見すると似たような姿をしているだけで、人間とずれた考えの不死者もいるんだろう。

 深夜営業のときは絶対にカウンターから出るなと言われているし、その辺りはにのまえさんも似たような考えみたいだから、ここはお言葉に甘えたほうがよさそうだ。

 それにしても。夜のフラワーロードは滅多に出かけることはなく、こうやって歩いてみると新鮮だ。

 どちらかというと若者向けのラインナップの店が多くって、昼間に盛況なイメージがある。

 アクセサリーショップや、古着屋、服屋に靴屋が軒を連ねていて、そのときどきに有名メーカーの喫茶店やハンバーガーショップが混ざっている。阪神圏じゃ知らない人はいないモロゾフ直営の喫茶店もその中に混ざっているけれど、さすがにディナータイムには閉まっているみたいだ。

 人通りもまばらで、昼間はあれだけ人波をつくっているのが嘘のようだ。私が興味深げに見ている中。


「こちらですよ」


 四月一日さんはそう言って、フラワーロードのビルのひとつに入ると、そのまま地下道へとエスカレーターを進んでいく。地下道は迷路みたいになっていて、深夜営業上等の飲み屋の浮かれた歌声やアルコール臭が漂ってくる。

 その一画に、占い屋ばかりが並んでいる区画が存在した。


「ここは……」

「地下道を使っていたら見ますよね。入ったことはありますか?」

「おいしいランチを食べに来るときに通り過ぎるだけで、中に入ったことはありませんけど、場所は知ってました。九重さんの店ってここだったんですねえ……」

「ええ。占い師もいろいろおられますけど、彼女みたいな本物はあまりいませんね」


 ほとんどの店は、既に営業終了している中、一軒だけ人の姿が見えた。

 九重さんは相変わらず派手なドレスにローブを着けて、ちょんと店の中に座っていた。


「あら、珍しいですね、四月一日さん。相性占いですか?」


 からかい混じりに声をかけてきた九重さんに、四月一日さんは「からかわないでください」とだけ言って、店の中に入っていった。私も立ち往生するのも難だと、慌てて店内に入る。

 雰囲気づくりのためなのか、店内はイランイランのお香が焚き込められていて、全体的にエキゾチックな雰囲気だ。照明も落ち着いていて、喫茶店で見たらびっくりするような九重さんの格好も、ここでだったら雰囲気にマッチして神秘的に見える。


「ちょっと人探しをして欲しいんですよ。本来だったら三村みむらくん本人が直接行くべきでしょうが、今日は」

「あらあら……まあ今日は無理ですもんねえ」


 九重さんは納得したように頷くので、私はキョトンとする。


「あのう……どうして今日は三村くん、駄目なんでしょうか? 学校に行っているから?」

「いえ、今晩は満月なんで、今頃は薬飲んで眠っていると思いますよ」

「えっ」

「彼は人狼だって言ったでしょう? 人狼は基本的に満月になったら本性剥き出しになってしまうので、人間を襲います。彼も平和主義ですし、せっかくの住処を追われる訳にはいかないので、薬を処方してもらって夕方にはもう寝ているはずですよ」

「は、はあ……はあ…………」


 あの可愛い笑顔を思うと、そんな彼が狼の姿になって人間を襲っているのが想像が付かない。今日普通に不死者と人間の体感時間の違いについて考えたところだったのに、またも普段とのギャップを醸し出してくるのは止めて欲しい。

 私が勝手に悩んでいる間に、四月一日さんが九重さんに言う。


「それで、三村くんの探し人のことを占って欲しいんですが。一応こちらも絞れるだけ絞ったんですが……もう少し絞らないことには、他の情報網と照らし合わせて探し出すこともできませんから」

「まあまあ……そうですね。とりあえず三村くんの探し人について、詳細を教えていただけますか?」


 四月一日さんは、淡々と三村くんから聞いた話を九重さんに言うと、九重さんはそれを軽くメモに書いて、ふんふんと頷いた。

 そういえば。私はエキゾチックな店の雰囲気の中で、彼女がどうやって占うんだろうとふと疑問に思った。思えば、勝手に私のことを占われたんだよなあ……まあ、それはその日の雨が潮が混ざっているから、さっさと帰らない限りは四月一日さんの正体に気付いてしまうから、早く帰れって意味だったのかもしれないけど。

 私がそう思っている間に、四月一日さんの説明が終わり、九重さんも書き留めが終わった。


「そうですねえ……」


 九重さんはメモの内容を見ながら言う。


「一応三村くんの言っている探し人は生きてらっしゃいます」


 その言葉に、私は心底ほっとした。まずは三村くんと田無たなし先生の時間差がそこまで離れてなかったことを喜んだけれど、まだ四月一日さんは油断していない。


「田無先生は大学を退職されたとのことですが、その後は?」

「彼女は大学を辞めてから、実家に戻って見合い結婚をしました。子供ふたりに恵まれ、子育てを終了してから、再び大学の講師になっていらっしゃいます」


 ん……? 私はさらりと告げる九重さんの言葉に、冷や汗をかいた。


「あの、これって……子育てが終了して、再び大学の講師になっているってことは、三村くんにとってはついこの間の出来事だったけれど、彼女の中では既に二十年ほど時間差が生まれてないですか……?」


 私の言葉に、四月一日さんは「でしょうねえ……」と顔をしかめて頷いた。既に四月一日さんは想定していたみたいだ。


「このまんま、三村くんがなにもわからず田無先生に会いに行けば、間違いなく混乱させるでしょうね」

「ど、どうしましょう……三村くん、ずっと彼女に会いたがっていたのに……!」

「ですけどね八嶋さん。もしあなたが小学校のときに気になっていた男の子が、そっくりそのままの姿で現れたとしたら、あなたどうしますか?」

「ゆ、幽霊になった。もしかして私の知らない間に死んだんじゃないかって、パニックに陥ると思います……」

「でしょう。おそらくは田無先生も、似たり寄ったりな反応をすると思いますよ」


 それはいくらなんでも田無先生が気の毒過ぎるし、会いに来ただけ、お礼を言いたかっただけの三村くんも、必要以上に傷付くのは可哀想だ。これ、本当にどうにかならないのかな。

 私が頭を悩ませていたら、九重さんが「そうですねえ……」と頷いた。


「普通に会いに行けば、おそらくは拒絶されるのが目に見えていると思いますけど、誰かの代理としてだったら会いに行っても許されると思いますよ。問題は、三村くんがそういう演技ができるかどうかだと思いますけど」


 九重さんの提案に、私は四月一日さんを見た。


「あのう、三村くんって、嘘を付けないような子に見えたんですけど。三村くんって演技できるんでしょうか?」

「……彼は素直が過ぎますからねえ。ボロが出ないようにするってことは、可能かと思いますけど」


 四月一日さんが煮え切らない中、田無さんはさらさらとメモの白紙に地図を書いてくれた。


「これが田無さんの家です。会いに行くときは、よく考えてくださいね」

「本当に、いつもありがとうございます」


 そう言って四月一日さんが支払いをして、店へと帰っていく。

 私は「はあ……」と息を吐いた。


「あのう、九重さんって一体何物なんでしょうか? 占い、私には全然わからなかったんですけど、はっきりと占い結果を言い当ててたので、すごいなあと思ったんですけど」

「まあ……彼女も訳ありですからねえ。本人も、一番占いたいことは占えない性分ですから」

「あれだけ占いがすごいのに、ですか……?」

「よく言いませんか? 占い師であっても、自分のことは占えないものだと」


 もしかして、九重さんは。不死者だということはわかっていても、自分の正体がわからないのかもしれない。

 不死者が皆可哀想だって思うのは、人間側のエゴかもしれないけれど。自分が何物かもわからないままだらだらと生き続けるのはつらいかもしれない。

 ようやく私は、四月一日さんが不死者のためのカフェを営んでいるのかがわかったような気がした。


****


 深夜営業の前に、一さんがつくってくれた賄いを食べて、夜のお客さんを待つけれど。

 その日はサーモンを特性漬け汁に漬け込んで、香味野菜と一緒に載せてくれたサーモン丼を食べたけれど、それがものすっごくおいしい。


「おいしい……! これ、漬け汁なにを使ってるんですか!?」


 夜に食べる罪悪感も、これからもうひと働きするからという言い訳でカバーできる。

 一さんはからからと笑う。


「んー、和風なもんだったら、醤油とみりんを一対一だけれど、それだと切り身に色が強くつくだろう? だからといって薄口醤油だとちょっと塩辛いから、薄口出汁醤油とごま油、あと隠し味にしそチューブを使った。にんにくだったら、働くのににおいがきついからなあ」

「天才です!」


 大量に切り刻んであるみょうがとしそで、口の中もさっぱりするし、今日漬け込んだサーモンは、そのままサーモンサラダとしてお客さんに出す予定だ。刺身だけで充分おいしいんだから、これをサラダとして食べるお客さんもきっと喜ぶだろう。

 私が嬉々として食べている中、「しっかしわたるなあ……」と、昼間からの三村くんの話へと流れていった。

 一さんは、田無先生のことに関して、しきりに首を捻っている。


「あまりひとの惚れた腫れたに口出ししたくはないが……普通に幸せになっているのを見守るだけじゃ駄目なのかね? 渉もだが、先生が気の毒でなあ」

「ええ……自分もそう思いますが、三村くんも納得しないでしょうしね。彼は不死者としてはあまりに若過ぎますから」

「俺はみつるみたいに悲観的になるよりは、まだ渉のほうがマシだと思うがね」


 そう言う一さんに、私はサーモン丼を食べながら首を捻った。


「四月一日さんも、そんな人がいるんですか?」

「……自分のことはいいでしょう。今は三村くんのことが先です」

「まあ、そうですよねえ……でも。あくまでこれは私の意見で、人間全般の意見じゃないですけど」


 そう前置きしてから、言ってみる。

 さっき四月一日さんから聞かれた、小学校の初恋の子についての意見だ。


「昔の思い出って、ほとんどの場合は幻滅するもんなんですよね。小学校の頃格好よかったって子が、同窓会に行ったらかなり下品な人になって幻滅することとかしょっちゅうですし、なんか夢から醒めちゃったみたいなのが多過ぎます。でも、三村くんは全然変わってないし、そのまんまなんですよね」


 そう言ってから、またパクンとサーモンを口に放り込んだ。しそチューブの隠し味が味に奥行きを与えていて、本当においしい。


「夢みたいでいいじゃないですか。そっくりそのまま会わせてあげたら。人間って自分の普通に合わないことは全部白昼夢とか幻覚とか、全部都合よく夢って思いますよ。こんなことがあったって騒ぎ立てる人のほうがレアケースです。多分田無先生も、自分にとっての都合のいい夢を見たって、そう思うはずですよ」


 そう言い切った。

 言い切っている間に、ご飯はひと口分だと気が付き、箸で摘まんで口の中に放り込んだ。

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