【完結】天野来人の現代神話 ~半神半人の鎖使い、神々を統べる王となる~

赤木さなぎ

第一章 百鬼夜行編

親友が死んだ

 死んだ。

 目の前で、親友が死んだ。

 事故死だった。

 

 天野来人あまの らいとは、そう記憶している。

 

 ――いや、そう記憶していた。


 しかし、“鬼”との邂逅によって、来人の記憶に施された改ざんと封印は解かれた。


(僕の……いや、俺の親友は、鬼に殺された)


 幼い頃の辛く衝撃的な記憶が来人の頭の中を駆け巡る。

 そして、その記憶の奔流の中で輝く、もう一つの大切な記憶。


(そうだ、この身体には、神の血が流れている。――“俺の半分は神で出来ている”)


 来人の魂には、神の力が宿っている。

 この力の使い方は、血が教えてくれる。

 身体が、自然と動く。


 白金の輝きが溢れ出し、神の力に世界が彩られて行く。

 鬼の作り出した異界を、来人の色が塗り替える――。


 

――――――

 

 

 ――来人は高校三年生、早めの誕生日を迎えてもう十八だ。

 

 来人はリビングのソファに横になったまま、軽くセットした明るい茶色の髪を弄りつつ、もう片方の手でスマートフォンを操作してカレンダーを確認する。

 

 首には“鎖に繋がれた十字架のアクセサリー”。

 それは二人の親友たちとの友情の証、絆の三十字さんじゅうじだ。

 幼い頃から肌身離さず大切に持ち歩いているそれ、は今もそこに輝いていた。


(そうか、もうすぐ秋斗の……)

 

 来人はカレンダーの中のとある日付に視線を落とす。

 その日は二人の親友の内の一人、木島秋斗きじま あきとの命日だ。


 幼い頃、十歳の頃の事だ。

 親に連れられて二人の親友と共に旅行に行った際に、来人たちは迷子になってしまった。

 そして、不幸にも秋斗は事故に遭い亡くなってしまった。

 そう記憶している。


 そして、今日の日付を親指の先で触れる。

 表示されたウインドウに赤文字で書き込まれた予定は『美海ちゃんとお祭り』だ。

 彼女と花火を見に、お祭りへ行くのだ。


 胸が躍り、来人は無意識に口角を上げた。


 宇佐見美海うさみ みみ、それが今来人が恋人付き合いをしてる女性の名前だ。

 やや茶色がかった黒髪をいつも一つにまとめてポニーテールを作っている、可愛い普通の女の子。

 

 そうしていると、時計を見ればそろそろ良い時間帯だ。

 そろそろ待ち合わせ場所へ向かおうかと家を出ると、庭の方から一匹の犬が走って来た。

 天野家は豪邸と称して良い程度には立派な家で、それなりの広さの庭がある。


『らいたん、ネもついて行くネ!』


 その犬は、ペットのガーネだ。

 白い体毛に耳辺りに黒のワンポイントが入ったフレンチブルドック。

 どうやら来人がデートへ行く事を聞きつけて来たらしい。

 

 今の声の主も、そのガーネだ。

 仲良くなって心を通わせたからなのか、ある時から来人にはガーネの声が聞こえる様になった。

 頭の中に声が響いて来る感じで、言いたい事が分かるのだ。

 

 一人称と語尾が「ネ」という素っ頓狂な言葉遣いで話しているのは何故なのか来人はずっと疑問に思っているが、犬と会話できる事に比べれば些細な問題だ。


 いつだったかに父親が拾ってきてから天野家の仲間入りをしたガーネだったが、来人にめちゃくちゃ懐いている。

 この様に、出掛けようとすればいつも付いて来ようとするくらい。

 それこそ、相棒と呼べるほどに一緒に居る。


「なんでだよ。デートにペット連れて行くやつが――まあ居ないとは言わないけど、花火見にお祭り行くだけだぞ」

『ネも花火見たいネ!』

「うーん……」

『別に邪魔しないネ。良い雰囲気になったら察してどっか行っとくネ』

「……まあ、それならいいか。美海ちゃんもガーネの事可愛がってくれてるしな」

『ネ! みみたんに会いに行くネ!』


 結局、来人はガーネを連れて行く事にした。

 

 

 そして、ガーネを連れて、待ち合わせ場所である駅前まで来た。

 ちらほらとお祭りへ向かうであろう浴衣を着た男女が視界の端を過ぎて行く。


『みみたん、まだ来てないみたいだネ』

「だな」

 

 来人はスマートフォンを取り出し、メッセージアプリの美海とのトーク画面を開く。


 表示されたのは昨日の晩のメッセージログ。


「来人! 明日は十九時に駅前集合ね! 折角のお祭りだから、浴衣着て行くわ!」

「良いね、どんなの?」

「ひみつ、当日のお楽しみね」


 という物で止まっていた。

 来人はそこに新しくメッセージを打ち込む。

 

「美海ちゃん、待ち合わせ場所に付いたよ。もう来てる?」

 

 既読は付かない。

 返信も無い。

 もう一度メッセージを送ってみる。


「あれ? 美海ちゃん、もしかして寝てる?」


 すると、既読が付いて少し間を置いてから返信が有った。

 

「らいと、やばい、変なのに追われてる」

「変なの? 今どこ?」

「わかんない。森の方まで来ちゃった。たすけて」

「待ってて、すぐいく」


 森? ここは街中だ、この辺りに森なんて有っただろうか。

 分からないが、美海がピンチだ。


 急いて身体が動く。

 探す為に走り出そうとすると、ガーネに制止される。


『らいたん、待つネ。何があったネ?』


 犬ながらも来人の鬼気迫る様子から察する物が有ったのだろう。

 

「美海ちゃんが不審者に追われてるみたいで、森の中に迷い込んだって……」

『森……。この辺りに、森なんて無いネ』

「そうなんだ、だからどこか分からないんだけど――」


 ガーネは少し黙り込んだ後、再び口を開く。

 

『――多分、分かるネ。だから、ネが助けて来るネ! 危ないから、らいたんはそこで待ってるネ!』


 そう言って、ガーネは走り出した。


「おい! ガーネ!」


 自分の恋人がピンチだと言うのに、犬に任せて待ってられる訳が無いだろう。

 来人もガーネを追って走る。


 ガーネが角を曲がり、裏路地へ入り姿を見失う。

 来人も一拍遅れてその路地の前まで来るが、そこにガーネの姿は無かった。

 代わりに、目の前の景色がぐにゃりと歪んでいる。


「なんだ、これ……」


 不思議な感覚だ。

 知らないはずなのに、これと同じ物をどこかで見た事が有る気がする。


「ぐっ、いたた……」

 

 思い出そうとすると、ずきりと頭が痛む。

 だが、何故だか分かる。

 

 この歪んだ景色の先に、何かが在る。

 そして、この先に助けを求める美海とガーネが居るはずだ。

 

 来人は覚悟を決め、その歪んだ景色の先へと足を踏み入れた。

 

 

 裏路地を抜け、一歩踏み入れた先は森の中だった。

 深く暗い森の中。

 

 まだ夕方くらいだったはずなのに、真夜中の様だ。

 明らかに先程の街中とは違う、異質な世界。


「森……、美海ちゃんの言っていた。やっぱり、ここに……」


 美海はこの異界へと迷い込んでしまったらしい。

 ざわざわと、胸の奥が騒ぐ。

 この空間は危ないと、早く美海を見つけなくてはと、本能が訴えかけてくる。

 

 しかし、先に入ったはずのガーネの姿も見えない。

 一人と一匹はどこに居るのか。

 そう思い、暗い森の中を歩いていると――、


「きゃあああっ!」


 美海の悲鳴が聞こえて来た。

 

「――あっちか!」

 

 声のした方へ向かって、全力で走る。

 木々の合間を縫って行けば、開けた空間。

 大きな湖畔へと出た。


 月明かりが湖面に反射し、美しい光景。

 そこに、浴衣を着た美海の姿があった。

 逃げ回っていた所為か、履いていた下駄は脱げて裸足になっている。


「美海ちゃん!」

「来人、だめ! 逃げて!!」


 来人が声を掛けて駆け寄れば、美海はそう叫び来人に飛びつく。

 その後、何かが来人たちを目がけて飛んでくる。


 二人は身体をもつれ合わせて地面を転がり、すんでのところでそれを回避する。


 見れば、それは黒い弾丸だ。

 来人が居た空間を黒い弾丸が通り過ぎ、後ろの木の幹にめり込んでいた。

 そのまま木は折れ、大きな音を立てて倒れる。


 そして、反対の奥の木々の間から一つの影――何者かが現れる。


「シュコォォォォ……」


 頭の上に三本の角が生え、黒い表皮に覆われた、二足の足で自立する人型の何か。

 

 右腕は筒状の大砲の様になっていて、砲身の先はまるで大きくあごを開いた鬼の形相の様に見える。

 そこからあの黒い弾丸が発射されたのだろう、砲身からは煙が立ち上る。

 

 明らかに人間ではない、異形の怪物。


 その姿を見た瞬間――、


「ぐあぁぁっ……」

 

 来人の頭痛はより強い物となり、咄嗟に頭を押さえてその場に倒れ込む。

 

「来人!?」

 

 美海が心配の声を上げる。

 痛みと共に、様々な記憶が蘇る。


(あの怪物、そしてこの空間。僕は……俺は、知っている――)


 ――あいつは“鬼”だ。

 秋斗を殺したのと、同じ存在。

 

 ――そして、“俺の半分は神で出来ている”。


 再びの鬼との遭遇をきっかけに、来神の施した記憶の改ざんと封印が解かれる。

 来人の頭の中を、様々な記憶のビジョンが駆け巡る。

 まるで本のページをぱらぱらと捲るみたいに、一気に浮かび上がって来る。


 “秋斗の死の原因は事故ではなかった。”


 あの時も、今と同じ状況だった。

 不思議な空間――“異界”に迷い込んだ三人は鬼と出会い、そして秋斗は鬼に殺された。

 

 その後親友の死で傷心していた来人を憐れみ、神である父はその記憶を改ざん、同時に神としての記憶も封印した。


 これが事実、本当の記憶だ。

 

 その記憶の奔流は、一度に受け止めるにはあまりに重く、衝撃的な物だった。


 しかし、鬼はその記憶を咀嚼する間を待ってはくれない。

 優しさなど、感情など持ち合わせてはいない。

 再びその鬼の形相の砲身を二人へと向け、その開いたあごから黒い弾丸を放つ。


 今度こそ終わりだ、と美海は来人の身体を抱き締め、強く目を瞑る。

 しかし――、


 ――カキンッ!

 

 甲高い金属音と共に、黒い弾丸は弾かれた。

 来人と美海は目を開ける。


 目の前には、日本刀を咥えた一匹の犬が居た。

 銀色の体毛と、耳辺りの黒のワンポイント。

 

 普段の抱き上げられる程度の大きさと違い明らかにサイズが大きくなっているし、その所為で見た目も犬というよりはどこか狼の様にさえ見える。

 印象ががらりと変わっているが、間違いなくその姿は――、

 

「――ガーネ!?」


 美海は驚きの声を上げる。

 日本刀を咥えたガーネが、二人を助けに来たのだ。

 

「良かった、間に合ったネ!」

「ガーネ、お前……」


 その声は、いつもの頭の中に響く感じの声では無い。

 今のガーネは、はっきりと音を発して喋っている。

 

「らいたんたちは逃げるネ! こいつはネが――」

「――いや、“俺”も戦う」

 

 来人はゆっくりと立ち上がる。


「らい、と……?」


 美海が来人の方を見れば、その明るい茶色だった髪は白金色に変わり、神々しく光り輝いていた。

 

「らいたん、思い出したんだネ」

「ああ、全部思い出した。神の事も、そして秋斗の事も」

「そっか……」


 ガーネは少し悲しそうな声を漏らす。

 

「大丈夫だ、心配するな」

「ネ」


 しかし、来人が笑いかければ、ガーネも小さく頷く。


 この力の使い方は、血が教えてくれる。

 身体が、自然と動く。

 

 来人が首から下げた十字架のネックレス――三十字さんじゅうじを右手で握ると、それは淡い光に包まれる。

 

 そして、十字架は金色に輝く一本の長剣へと変化した。

 柄の根元からは鎖が伸びていて、それが来人の腕に巻き付いている。


 白金の輝きが溢れ出し、神の力に世界が彩られて行く。

 鬼の作り出した異界を、来人の色が塗り替える。


「美海は隠れてて。俺が守るから」

「う、うん」


 美海はいつもと雰囲気の違う来人にどきどきとしながらも、言う通りに後ろの木の裏へと隠れた。


 鬼は静かに、再び砲身を構える。

 

「ガーネ、行くぞ」

「ネ! 背中は預けたネ!」


 鬼の砲身から、再び黒い弾丸が放たれる。

 今度は一発ではない、何発も連続で発射された。


「てやあっ!!」


 ガーネが咥えた日本刀を振るう。

 すると、その刀から『氷』の斬撃が放たれた。

 黒い弾丸は氷漬けとなり、砕け散る。

 

 来人は鬼へと接近し、金色の剣で斬り込む。

 鬼は砲身の腕でその剣を受け、押し返す。

 一筋縄では行かない。


 そして、鬼の反撃だ。

 砲身の顎が大きく開き、今度は弾丸ではなく、轟砲。

 高出力のエネルギー砲を放つ。


「がはっ……!」


 その爆発に巻き込まれて、来人とガーネは吹き飛ばされ、身体を木の幹に打ち付ける。

 しかし、すぐさま体勢を立て直して、来人は自身の神の力を発動させた。

 

 来人の神のスキル――それは『鎖』だ。

 絶対に切れる事のない、絆の鎖。

 遠く離れていても、そして死別したとしても、テイテイと秋斗――二人の親友とは繋がっている。

 絆の三十字を魂の柱とした、神の力だ。


 来人が左手を振るい、握り込む。

 すると、木々の“隙間”から鎖が何本も現れ、鬼の黒い表皮に食い込んで拘束する。

 そして――、


「「はあああぁぁぁー!!!」」


 来人とガーネは同時に、動きを封じた鬼へと斬りかかる。

 氷の刀と、金色の剣。

 二つの斬撃が十字の形をとって、鬼の身体を切り裂いた。


「――ギョオオオォォォ!!!」

 

 鬼は絶叫を上げて、滅茶苦茶に砲身から弾を撃ちまくり、暴れ回る。

 鎖の拘束から抜け出した鬼はその暴れる勢いのまま、地面へと轟砲を放つ。

 爆発と共に、辺りに土煙が立ち込める。


「げほっげほっ……おい、待て!」

「ふんっ!」


 ガーネが剣を振るい、氷の斬撃を飛ばして土煙を払う。

 しかし、そこにはもうあの鬼の姿は無かった。

 

 そして、少しずつ辺りの景色が揺らめき、融けて行く。

 森の湖畔だった周囲は、気づけば最初の裏路地に戻っていた。


「くそ、逃げられたネ」

 

 脅威は、去った。


 来人は金色の剣を元の十字架へと戻し、ガーネは咥えていた刀をそのまま「んぐ」と口の中へと呑み込んだ。

 そうすると、来人の髪色も神々しい白金から元の明るい茶色に戻っていた。

 

「美海ちゃん、大丈夫?」


 来人はぺたんと座り込む美海に手を差し伸べる。

 先程まで纏っていた雰囲気とは打って変わり、いつもの様子の来人だ。

 

「あ、うん。でも、履いてた下駄どこかで無くしちゃった」


 美海は「あはは」と乾いた笑いを浮かべ、擦りむいた足をさする。

 そんな様子を見て、来人は美海の前に背を向けてしゃがみ込む。

 

「ほら、乗って」

「あ、うん……」


 美海は少し照れ臭そうにしながらも、こくんと頷いて、そのまま来人に負ぶわれた。


 このまま美海を負ぶってお祭りへ行く訳にもいかないだろう、今日のデートは見送りだ。

 折角のお祭りデートが台無しだが、代わりの機会はまた幾らでもある。

 

 そのままゆっくりと歩いている最中、美海は口を開いた。


「ね、さっきの何?」

「あー、えっと……」


 さて、なんと説明した物か。


 いきなり“自分は神様でした”何て言っても大丈夫だろうか。

 自分でも思い出したばかりの記憶を咀嚼し切れておらず、分からない部分も多いのだ。

 

 そうやってまごまごと口ごもっていると、美海はくすりと笑って、耳元で囁くように呟いた。

 

「ま、いいや。……カッコよかったよ、来人」

 

 負ぶっていて美海の表情は見えなかったが、来人は少し照れ臭くなって歩を速めた。


 ガーネはそんな二人の様子を静かに見上げていた。


 美海が無事で本当によかった。

 もう、誰かを失うのはごめんだ。

 

 来人は、背中で感じる生きた温かさを噛み締めていた。

 

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