運営スタッフ・渡辺克雄の話

「……本当に親友なのか?」


 隣にいるさっきの黒縁眼鏡くんが小さく呟く。同じ疑問を抱いたのは私だけではないだろう。

 

「私は親友と思っているけど、向こうはどうかしら」


 ひとりごとのように言うが、たぶん聞かれていた。

 横髪のピンに触れて微笑みながら。


 私は矢橋さんが怖い。

 彼女のせいというより、苦手だった同級生に似ているのだ。温和に見えてじつは争いを恐れず、しかも人と対立する場合の立ち回りが上手い……そんな人。


 ランタンを持って出る矢橋さんの後ろ姿と、私の小さなクマさんに記された数字を確かめた。4番目だ。何かされるとまでは思わないけど、庭を歩くとき前後に並びたくない。


 だから、3番目にナベカツさんが名乗りを上げた時は心底ホッとした。

「渡辺克雄です。俺の話は全然怖くない、ばかばかしいような話ですが、たまにはそんなのも良いでしょう」


  *  *  *


 俺は小学生のころ、友達に誘われてダンス教室のキッズクラスに一年間だけ通っていました。

 プロを目指すとかより子供たちに身体を動かす楽しさを伝えることを重視したクラスで、和気藹々として楽しかった。

 先生も素敵な人だったけれどビビりなのが玉に瑕。


 いま思えば、先生は心細かったのでしょう。キッズクラスの後にも仕事帰りの社会人向きのクラスがあり、夜遅くに無人になるビルに鍵をかけて帰るのです。周りには、そのころ開いている店などありませんでした。


 いつもだいたいCDプレイヤーで音楽を流していたのですが、皆でとんだり跳ねたりしていれば振動で音が飛ぶこともあります。

 振り付けのせいかCDに細かい瑕でもついていたのか、飛びやすいところも大体決まっています。

 あるとき妙に何度も同じところで音が飛ぶので、

「この部屋何かいるんじゃないの?」

誰かが冗談を言ったら

「えー! 怖い怖い」

先生は大袈裟なくらい驚きました。


 俺が再生ボタンを押し直したのは、先生をべつにすると3人目。そこからはスムーズに曲が終わりまで流れました。

 

 その理由は俺にも分かりませんが、先生は俺のことを機械に強いと思ったようです。

 なら初めから俺が機械を操作すれば良さそうですが、そうもいきません。

 俺は子供のころから体がでかくて、教室の後ろのほうにいました。

 ふだんは先生や前のほうにいる小柄な子のがCDプレイヤーに近いので、その人たちが操作することが多くなるのです。


 というわけで、他の人が手こずっているときに俺が操作するとオーディオ機器がちゃんと作動する……ということがダンス教室ではしばらく続きました。


 やがて学校でいえば3学期も半ばの2月を迎えました。

 レッスンの日がちょうど節分に重なったので、先生が豆と鬼のお面を用意してくださって皆で豆まきをしました。


 じつは俺は実家では豆まきをしたことが無いんです。渡辺という名字の家は節分に豆まきをしなくてもいい、という言い伝えがあって、それは平安時代の武士の渡辺綱という人が鬼退治をしたからだそうです。


 子供のころは節分の翌日に友達から家族で豆まきをした話を聞くと、何だか楽しそうで羨ましかったものです。

 だから一度は参加したかった豆まきを大いに楽しみました。鬼の役も先生と交代でやりました。


 それ以来、CDの音の飛ぶことがめっきり少なくなったのです。


 しかし先生は相変わらず怖がりで、レッスンの終わりに片付けをしながらポツリと呟きました。


「豆まきでこんなにトラブルが減るってことは……そのトラブルの原因とは……?」


 先生は翌年度からダンス教室の移転を決めました。

 そのとき実家から遠くなったこともあり、通うのをやめてしまいました」



(続く)


 



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