第1話 叡智ソシャゲ主人公の見た目はスチル毎にバラつきがち




 冒険都市マリアナ。ガラリヤ川沿岸に築かれた石造りの街が、コルドロンに挑戦する冒険者達の主な拠点だ。川を下って行くと堰があり、その更に下流には滝があり、その飛沫はコルドロンへと消えていく。

 マリアナという街の名前はかつてこの地を開拓した英雄に因むらしい。前世の記憶を取り戻してすぐの時に、知識を集めるために足を運んだ教会で読んだ童話の中の話にそんな記述があったと思う。そうやってゲーム本編ではあまり語られていなかった部分を知れるのは、いちファンとして非常に興奮したのを覚えている。


 石畳に覆われた道を行く人々の中、思い思いの武装をした冒険者が目に付いた。総人口の約一割が冒険者だと言われているが、それに加えて外から来て一時的に滞在している人達もいるから割合はもう少し上だろう。

 どこかから聞こえる怒号とそれを囃し立てるような声、またどこからかカンカンと鉄を打つ音。商店の呼び込み、子供の黄色い歓声、山羊やら鶏やら家畜の鳴き声……現代日本とは大きく異なる喧騒に、随分と遠くに来たものだとふと、思う。


 非日常だったはずの日常をコツコツとブーツで石畳を鳴らしながら掻き分けていく。いつもの剣は佩いているが防具の類は身に付けていない、シャツとズボンだけのラフで身軽な格好をしている。


 やがて、見えてきたのは周囲の街並みと比べるとひと際大きく異彩を放つ建築物だ。

 冒険者協会本部──大体『協会』や『本部』と呼ばれている──は、コルドロンから現れるモンスターに備えて築かれた要塞だったという歴史をもつ。

 いや、だった、は正しくないか。

 有事の際には本来の役割を果たせるよう、建物の周りの堀には並々と水が張られ、跳ね橋を繋ぐ鎖や城壁の上に設置されたバリスタなどにはしっかり油が点され手入れされているのが分かる。

 橋を渡り、あけ放たれた門扉を出入りする冒険者に混じって門を抜け、中庭を突っ切って建物の中に入る。


 室内は照明の魔道具が使用されているもののややうす暗い。依頼書の張り出された掲示板や依頼の処理を行うカウンターなどに加えて、異世界モノの定番とも言うべき酒場が併設されている。焼けた肉の脂の匂いに、すれ違う人々からは昼前だというのに時折アルコール臭もする。俺は前世からの下戸なので縁が無いものだ。


 真っ直ぐにカウンターに向かい一番空いている受付に並ぶ。先に一人が何か手続きをしていたようだが少しして俺の番が来た。



「こんにち……」



 初々しい少年職員の営業スマイルが固まった。なんで。



「……すみませんっ、失礼しますっ」



 そして席を立ってドタドタと裏に引っ込んでしまった。何かしら話しているのが聞こえるが周囲の喧騒に混じってしまい良くわからない。内心疑問符を浮かべていると、長身痩躯で眼鏡をかけた男性職員が出てきた。



「先ほどは新人が失礼しました、コフィアさん。本日はどのようなご用件でしょうか」



 一礼してニコリと笑みを浮かべる鬼畜眼鏡の胸元に輝く名札にはネカルとある。いや実際鬼畜かどうかは知らないけど俺この人昔から苦手なんだよな、雰囲気とか。絶対何人かヤッてるって。それで、用件か。

 あ、えと、その、ですね、協会の方から呼び出しの手紙が来たんですけど。へへ。



「ああ、例の件ですね。連絡は受けていますよ。一応、手紙の方を拝見しても? それと認識票も」



 アッハイわかりました。

 俺は腰のポーチから一通の封筒を取り出し、首から革紐でかけている文字が打刻された赤い金属片──冒険者認識票タグ──も外して一緒にカウンターに置く。

 

 

「お預かりします」



 白手袋をキュッと嵌め直して手紙を検める鬼畜め…もといネカルさん。なんか緊張してくるな。上司に作成資料提出したときを思い出すわ。そしてネカルさんは手紙を丁寧に畳んで封筒に戻すと、認識票を手に取り刻印された文字を指でなぞりながら確認する。



「はい、問題ありません。では、ご用意しますのでおかけになって少々お待ち下さい」



 アッハイどうも。ネカルさんから封筒と認識票を受け取り近くの空いてる席に腰掛け、手持ち無沙汰なので改めて手紙を見てみる。


 封筒には『モンスターに挑む冒険者』の紋章が刻まれた封蝋がついたままで、裏には俺が所属しているギルド『先陣一歩』のギルドハウスの住所など宛名が書かれている。中の便箋の内容は『冒険者等級の昇格について』と…つまりランクアップだ。


 俺は現在一七歳の『赤銅級』冒険者である。これは全五等級のうち下から二つ目の等級になる。最下級は青銅級で町中やその周囲、若しくは他の地域にしか行けないが、赤銅級に上がるとコルドロンでの探索が許可されるようになるという規則だ。それだけコルドロン内部とそれ以外では世界が変わるということを表している。


 更に昇格すると『黒鉄級』になる。俺が前代未聞歴代最速……という程では無いが、多くの冒険者にとってキャリアの到達点が黒鉄級らしいので異例ではあるだろう。

 もっとも、原作主人公とモカは冒険者になってから僅か二年で黒鉄級になっていて、対して俺は六年かかった。才能の格差を感じる。


 しかし、漸く黒鉄級に昇ったのだと思うと感慨深いものがある。

 

 推しの死を回避するためにいくつか練っていた策の内、必須条件だったのが俺自身の実力を黒鉄級以上にすることだった。


 スタンピードの原因となった深部のモンスターの攻撃から主人公達を庇える、及び消耗の原因になった群れを切り開けるだけの実力の目安が黒鉄級だ。他には、彼らと同じギルドに入ってメンバーや主人公らの能力の底上げを図りつつ、遠征にはなるべく同行するだとか。策……なのかこれ?


 作中、モカと主人公は同じギルドに所属していたと描写されていた。そのモカの死後、主人公は色々あってギルドを脱退している。そのギルドは明言こそされていないが今現在俺が所属している『先陣一歩』だと、俺や数少ない考察勢の有志は考えていた。


 現ギルドリーダーのイシウと盾役のカミチは原作にも登場するサブキャラで、今と違うイケオジになった二人が主人公に対して親しげに、だけど負い目があり、痛ましいものを見ているような接し方をしていたり、モカ達との思い出を口にしかけたりという行動が見られていた。主人公側も、メインストーリーの中で知己として扱っていたし、所属がここだったのはほぼ間違いない。俺が入れたのは……親のコネみたいなもので運が良かったからだが結果オーライ。


 一応、モカについては名前に加えて容姿の情報がある為、所属が違う可能性も考えて情報屋に新人冒険者の情報を集めるよう依頼している。今のところ成果は無いが。原作でのイシウたちの見た目年齢と比較すれば、俺と同年代くらいだとは思うが多少振れ幅もあるだろう。作中、R18故に年齢や経過年数が明言されていないのが痛い。懐にも痛い。


 そして、原作主人公についての情報は少ない。


 ほんっとに少ない。


 立ち絵が無い。デフォ名も無い。セリフも無い。

 会話シーンにおける選択肢は『どういう行動をするか』又は三人称での『貴方は〜だと感じた』のような内心描写だけ。

 叡智なシーンは地の文含めて女性キャラ視点なのだが「逞しい」「太い」「大きい」「硬い」くらいしか容姿? を表す言葉は出てこない。叡智CGの描写だと筋肉質な成人男性なのは確定だが、描かれるのは下半身と腕ばかりで髪型や髪色も分からない。肌の色なんて絵師によってバラバラだ。

 前世でゲームをプレイしていた時にはなんとも思わなかったが、いざ主人公を探そうとした当初は途方に暮れた。今は逆に『モカの幼馴染な男冒険者は主人公』と考えるようにした。単体の捜索は諦めたともいう。


 ……ふと考えると、モカが生存したとして主人公が叡智ソシャゲムーブするのか……何股のクソ野郎になるんだ?


 原作だと、モカという死んだ幼馴染が心にいつまでもぶっ刺さった棘で、彼を慕う女性達に求められ肉体関係を結ぶ事はあっても恋も愛も誰かに向ける事は徹底的に避けていた訳だが……情に厚く一途だが優しさ故に押しに弱い面もあるという事でもある。


 幼馴染は負けヒロインだなんて風潮、今世ばかりは許さん。純愛ゲーにしてやるぞ俺は。

 

 そんなケツイを固めているとコツコツと足音が近付いてきた。顔を向けるとネカルさんが此方に歩いてきている。脚長っ、何頭身あるんだモデル体形がよ。ぺっ。


 

「コフィアさん、準備が出来ましたのでご同行お願いできますか」



 アッハイいきますいきます。

 




     ◆ ◆ ◆





 協会の二階にはいくつか用途の異なる部屋がある。その内の一室、応接室に私はコフィアさんを案内した。



「こちらが、黒鉄級の認識票になります」



 互いにテーブルを挟んでソファに腰掛けている。木箱の蓋を取り、収められていた黒い金属片を見ても、彼女の瞳はピクリとも揺るがなかった。「どうぞ」と促すと、首にかけていた赤銅級の認識票を外して革紐を解いてテーブルに置いてから、黒鉄級の認識票を手に取り予め空けられている穴に革紐を通して結び首にかける。



「お似合いですよ」

「…ありがとうございます」



 平坦な声音。社交辞令と思われただろうか。しかし、本心だ。本当に、黒鉄の認識票は彼女によく似合っている。


 思えばおよそ六年前。冒険者稼業に行き詰まり見切りを付け協会に職員として雇われたばかりの頃、彼女は現れた。剣の握り方も知らない痩せ細った子供で、瞳だけが爛々と輝いていたのを覚えている。当時中堅クラスだったギルド『先陣一歩』に見習いとして加入するとその時点で決まっていなければ、最下級の青銅級としてでさえも登録を受け付けなかっただろう。

 

 冒険者になってからの彼女は『鬼気迫る』という言葉がよく似合う。限界の壁を叩き壊さんばかりの鍛錬に次ぐ鍛錬。乏しい膂力を拙い身体強化魔法で補って漸くまともに剣を振るうことが出来た。

 普通、長くても二年程度で赤銅級に上がるが彼女はそれに四年かけた。地道な努力が実を結び、そこから二年での黒鉄級昇格を果たした。


 『貪狼たんろう』。貪欲に力を追い求める月下の獣。それが彼女に贈られる二つ名だ。



「古い認識票はこちらでお預かりします。何か質問はありますか?」

「…いえ」



 フルフルと首を横に振る彼女。いくつか定型のやり取りや書類にサインをして貰ってから終わりの挨拶を述べ、席を立って部屋を出ていく小さな背中に一礼、扉が閉まったのを確認して顔を上げる。

 部屋の後片付けをして一階のカウンターに戻ると、ドタドタと駆け寄ってくる人影が一つ。



「す、すみません主任、お任せしてしまって」



 最初にコフィアさんの受付をした新人だ。彼女が常時放つ剣気への恐怖と、有名な冒険者と対面した興奮で混乱してしまい助けを求められた訳なのだが、前者は兎も角後者はどうにかして欲しい所。けれど、大きな醜態を晒さずにすぐ助けを呼んだ事は評価出来る。



「いいえ、構いませんよ。困った時にすぐ周りを頼る、とても大事な事です。これからもよろしくお願いしますね」

「っ! はいっ」



 新人は感極まった様子でカウンターに戻って行く。


 さて、古い認識票の処分手続きや昇格に伴う各種書類の処理をしなければ。



「……昼休憩は後回しですかね」



 しかし、今日の昼食はきっと、いつもより美味いだろう。そんな確信があった。






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