第20話 神殺し


 『ば・・・かな・・・』



 水龍が最後にそれだけを言い残し、死んだ。上級龍の生命力は異常だ。そう簡単には死なないし、死ねない。なのでこれでもかと言えるほど、細切れにした。何回切り刻んだか、オレにもわからない。だが、原型を留めていないのは確かだ。細切れの肉体はこのままユトラ湖の底で魚のえさだ。



 「とりあえず、元凶は始末できた。あとは・・・」



 水龍の契約者だった学園長と、アークワンドの首長だけはオレが片付けないとな。その後にもやるべき事は盛沢山。やることが多すぎる。一つずつ、予定を消化していかないとな。何しろオレしか動けない。

 キラの説得は失敗した。共に神殺しを成そうと誘ったが見事に振られた形だ。それに伴い、協力関係は解消された。キラがいれば諸々任せて楽になるはずだったんだが、当てが外れた。こればかりはしょうがないと諦める。ちなみに服属の首輪はそのままだ。キラは不服そうだったが、外した途端に殺し合いが始まるのだから、当然の処置。今後もどこかで不意に遭遇しても、攻撃されないのはありがたい。

 他に協力を求められる人物なんてラウラくらいしかいなかったんだが・・・今となってはもう無理かもな。結論、オレが単独でやるしかない。・・・・・・最終的にはアイツの手を借りないと、とんでもない事になるんだが、まあ何とかなるだろ。断られてもやるべき事は変わらない。この都市は、アークワンドは滅ぼす。

 そんな物騒な思考を巡らせつつ、勝手知ったる学園の中を突き進む。目的地は無論、学園長室。行く手を遮るように守衛ゴーレムが立ち塞がるが、剣と魔法で一方的に薙ぎ払う。その衝撃で幾人かの悲鳴が聞こえたが無視。そして・・・オレは魔法でロックされているであろう扉も破壊し、学園長室に無断かつ強引に入室した。



 「貴女は・・・今年の新入生・・・だったわね。なぜこんな愚行を犯すの?」



 壮齢の女学園長様は、一度しか面識がなかったのにオレのことを覚えていたらしい。記憶力がとてもいいようだ。



 「愚行ですか。確かに、愚かですね。ところで話は変わりますが水龍は元気そうですか?」



 「なにを当然のことを・・・・・・えっ?」



 今更、異変に気付いたか。契約者といえど、この様子だと契約内容は一方的なものだったのは最早疑いようはないな。学園長側からの干渉は一切、許可されてなかったか。そうでなければ水龍が死んだ直後なのにこんな落ち着いていられるはずがない。本来なら狼狽してないとおかしい事態だ。



 「う、うそ?・・・まさか・・・・・・水龍が・・・」



 「ええ、死にましたね」



 言葉に出来ない様子だったのでオレが代弁してやった。あっけらかんと言い切ったオレを、女学園長は信じられないものを見たかのような目で凝視した。だからオレはその瞳を真正面から見つめ返す。



 「わたしが、水龍を殺したから。間違いなく死んでますよ。念入りに細切れにしましたから」



 「あ・・・貴女は・・・・・・自分が何をしたかわかっているの!!?」



 おや、思ったより早く信じてくれたな。てっきりもう少しばかり現実逃避するかと思ったんだが。話が早くて助かる。



 「もちろん。水龍が死んだことでこの地の守護者はいなくなった。周辺の大国にとってはまさに絶好の機会ですね」



 異変に気付くのは一週間先か、一か月先かまではわからないが・・・確実に気付かれるだろうな。そして気付かれたその日が、この都市の寿命だ。その予定をオレが前倒しするんだけど、そこまでは親切に教える気はない。どうせ教えてもこの女は死ぬのだから。



 「それをわかっていながら・・・まさか、貴女どこぞの国の工作員!?」



 妄想がはかどっているな。・・・まあ、個人で水龍を殺したとは思わないか。どこかの国が仕組んだ陰謀と考えた方が説得力は増すか。さて、勘違いしたまま死んでもらうとしよう。オレは無造作にファイアーボールを三連続、女学園長めがけて放つ。



 「なめるな!」



 さすが魔法学園のトップ。難なくバリア魔法で防いだ。だが、実戦経験は浅いか。容易に間合いを詰められたぞ。オレは左手で事前に用意していた対魔法使い殺しの短剣でバリア魔法を切り裂き、右手の剣闘士の剣で学園長の右腕を切り落とした。いかん、本来なら頭をかち割るつもりだったんだが、慣れない二刀流で手元が狂った。

 女学園長が痛みと片腕を失った衝撃で理性を失い、喚いている。血を大量に流しながら、首を上下左右に激しく動かしている。おお、なんかホラーじみた恐怖映像だな。苦しませるのも可哀そうだし、さっさと止めを刺そう。



 「なっ、これは・・・アーシャ殿!?学園長!??」



 望まぬ闖入者であるラウラが現れた。背後には警備担当の傭兵も複数いるのを視認。いよいよ状況が混沌としてきたな。そうしたのは他の誰であろう、オレ自身なんだが。



 「どうも、ラウラさん。予想より迅速でしたね」



 皮肉ではなく本音だ。守衛ゴーレムが破壊され、異常を感知した警備担当が来るのは予測できた。順調に事が運べば今ごろ学園長の死体が転がっていたんだが・・・頭をかち割りそこねた。その結果がこれだ。思い描いた計画通りにいかないな。困ったとばかりに、痒くもない頭を掻く。



 「・・・どういう状況だ?」



 見ればわかるだろうに、脳みその処理が追いついていないのかな。



 「見たままの通りですよ。わたしが、学園長を殺そうとしています。そしてそれはもうすぐ実現します」



 「アーシャ殿・・・なんで?こんなこと、プリエールが知ったら」



 ラウラが口にしたプリエールという単語を耳にして、オレは深々とため息を吐く。



 「プリエールなら死にましたよ」



 「えっ?」



 「聞こえたでしょ?プリエールは死んでます。水龍の贄として食われました。行方不明になったその日のうちに」



 「・・・・・・うそだ」



 信じられない。信じたくないとばかりにラウラが否定する。・・・残念ながら事実だ。プリエールはもういない。水龍にも殺す前に確認した。あの糞大蛇、嬉々としてプリエールの品評を上機嫌に語りやがった。実に純粋、実に美味だったと。・・・その耳障りな戯言を聞いたせいで消費タイプの神器級の武器で何度も切り裂いてしまった。おかげで予定より多大な代償を支払うはめになったわけなんだが・・・・・・後悔はしてない。



 「嘘じゃありません。そして・・・その水龍に捧げたのが契約者である学園長です」



 「「「・・・・・・・・・」」」



 居合わせた面々は言葉も出ない様子。まさに絶句している。



 「腕が・・・!私の右腕が!!?」



 利き腕を切り落とされ、正気を半ば失っている学園長にはこのドン引きした空気は感じ取れないらしい。無理もないが。



 「痛がって可哀そうでしょ?楽にしてあげた方がいい。どうせ放っておいても出血死します」



 「・・・・・・アーシャ殿、君はプリエールの為に」



 「違います」



 かぶせるように即答する。断じてプリエールの敵討ちの為ではない。ラウラめ、勝手に脳内で物事を美化しているな。その方が気持ちいいのはわかるが、そんな綺麗ごとではないんだ。



 「ああ・・・あ・・・・・・」



 もはや立つ力さえなくした学園長が、地面に視線を固定し両膝をついている。その姿はさながら死刑執行を待つ罪人そのものだ。そしてその位置は、実に首を切り落としやすい。



 「まて!!」



 ラウラが制止するがもう遅い。オレは振り上げた剣を無言で即座に振り下ろす。慈悲もなく。祈りの言葉も送らない。遺言も聞き届けない。そして学園長の首が地面へと転がり落ちる。



 「退け」



 出入口を固め、呆然と立ち尽くす警備担当の傭兵たちに、殺気を放つ。邪魔すれば斬る。その意思を明確に言葉に込めて。ラウラ以外の傭兵は道を開けるように後ずさる。・・・ラウラは動かない。動く気配もない。オレは無言でその隣を通り過ぎる。ラウラは何も言わないまま。無言で別れを済ます。

 オレはそのまま首長がいる庁舎にも乗り込み、その首を切り落とした。為政者としては一流でも、危機管理能力は三流だな。斬られるまで間抜け面を晒していた。途中、邪魔する警備担当の傭兵もいたが、全員斬った。堂々と。正面から。そのせいか庁舎のなかには誰も残っていない。職員は全員、外へ逃げた。生きているのはオレだけ。あとは死体しか転がっていない。



 「・・・野次馬ばかりだな」



 庁舎の全周囲を傭兵が包囲している。それをアークワンドの住民が遠巻きに囲んでいる。そのすべての視線が庁舎に集中している。そこに立てこもるオレに。バルコニーで見下ろすオレに。眼下の光景は壮大にして壮観だ。



 「よし、あらかたのアークワンド住民の耳目を集めることには成功したな」



 あとはアイツを呼ぶだけだ。



 「いるんだろ、銀狼」



 「いつでも御身のお傍に」



 背後から返答。チラッと視線のみを後ろへ向ける。巨狼バージョンか。やはりいたな。それも思ったより近くに。知覚さえ出来ないほどの隠形スキルか?詳しく聞きたいが、後回しだな。とりあえず本題だ。



 「ユトラ湖全体を二、三日でいい。凍らせろ」



 「御意」



 聞き返しすらせず、オレの命令を受け入れるか。しかも実行可能らしい。命令した張本人だけど少しビビっている。



 「・・・大量の人が移動できる負荷に耐えられるように、強度は固めにしておけよ」



 「承知致しております」



 命令の意図は伝わっていることが今のやり取りで確認できた。これで住民の虐殺の心配は消えたか。安心して、アレを解き放てる。

 二、三日もあればアークワンドの全住民が避難できるだろう。家財道具は放置。着の身着のままになるが・・・死ぬよりはマシだろう。船の数が絶対に足りないから湖を凍らせれば最悪、徒歩でも逃げられると安易に考えたが本当に出来るとは。さすが銀狼。世界に干渉出来るスケールが桁違いだ。自称神様とは格が違う。

 さて、これで周辺の大国に大量の難民が押し寄せるから侵攻どころではなくなるだろうから時間も稼げる。あとはアークワンドの全住民を脅せば残る仕事はわずか。せいぜい派手に脅して、震えあがってもらおう。



 「オレの合図で湖を凍らせろ」



 「御意」



 さて、都市破壊の宣言を大々的にするか。



 「聞け!アークワンドの住民よ!!」



 注目を更に集めるため、庁舎の一部をファイアーボールで吹き飛ばす。砕け、舞い散る瓦礫。人々の悲鳴がここまで届く。



 「我は遂に復活した!我こそは魔王クロウリー!!この世界を闇に染める絶対者!!今日この日、この時よりこの地は我のモノ!逆らう者は全員殺す!!生き延びたければ逃げ惑え!!」



 魔王の名を騙るのは、こうした方が説得力が増すからだ。無名の小娘が滅ぼすなんて宣言しても、はいはいと聞き流される。名前を勝手に利用するのは心が少し痛むが、その悪名を存分に振りかざそう。あー、それにしても叫ぶのは慣れてないから喉が痛い。さて、低レベル帯の召喚石を庁舎の周辺にバラまいて、と。



 「解き放つ。異界より来たれ」



 詠唱後、点在した召喚石を媒体にして魔物が肉体を形成していく。その姿はバラバラ。ある魔物は木の精霊として顕現した。体長はゆうに四メートルほどの巨体で。またある魔物は四足歩行の獣として顕現した。その頭部は異常にデカく、バランスが悪いのに姿勢は安定していた。別の魔物は猿のような姿で顕現した。その両手には人間など軽く潰せるであろうハンマーを持って。他にも多種多様な魔物が顕現していく。

 次々と現れる魔物に、傭兵は思わず後ずさり、住民の大半が逃げ惑う。しかし顕現した魔物は動かない。その場で待機したまま。オレがそう命じたからだ。



 「・・・命令に逆らう個体はいなそうだな」



 たまに呼び出した方のレベルが低いと、命令に従わない魔物も存在する。だから召喚石で呼び出す際は自分よりレベルが上の魔物は原則として禁止した方がいい。最悪、殺されるからな。オレの今のレベルだと大体10前後が適正か。命令遵守を優先したからあまり強い魔物は呼び出していない。それでも脅しには充分な効果があった。さて、頃合いだ。



 「銀狼、やれ」



 「御意」



 合図と共にアークワンドを中心に、ユトラ湖がゆっくりと凍っていく。今は表面のみだが、少し経てば歩いても割れないほどに氷の床は分厚くなるだろう。今は住民の誰も気付いていない。だが、船で都市の外へ逃げ出さんとした最初の住民が叫ぶだろう。湖が凍っていると。そうなれば・・・恐怖は伝播し、逃亡者は増える。最後の仕上げは住民が避難してからだな。大国の介入も最短で一週間後ってところだろうし、しばらくは待つのが仕事かな。

 庁舎から少しでも遠くへ逃げるように遠ざかる人々をバルコニーから見届け、庁舎内へと戻る。首長専用のやたらと高価そうな椅子に座り、ようやく一息つけた。ふと気付けば、銀狼の姿は消えていた。また隠形か。



 「久しぶりにモフモフしたかったな」



 恨めしい雰囲気を意識したが、銀狼は現れず。はあ、一連の立ち回りで心が荒むぜ。モフモフできる魔物を召喚できないかな?




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