第7話 訓練


 拳が迫ってくる。速い。けど、何回も見てきた。避けれる!

 一発避けただけ。まだ安心するな。次がくる。それを避けてもまた次が。掠るのは許容範囲。だが直撃だけは駄目だ。一撃でも当たれば終わる。よく見ろ、見ろ、見ろ!・・・だが、いくら身構えても次撃が来ない。なんだ?緩急つけてペースを崩す気か?思考をめぐらす一瞬ともいえない隙。その僅かな隙間をこじ開けられる。不意にオレの視線が急激に下がる。足を払われたと気付いたが、時すでに遅し。無様に体勢を崩されたオレの顔面めがけて、拳が迫る。これは回避できない。

 咄嗟に両腕をクロスさせ防御を固めるが・・・関係ないとばかりに衝撃は貫通。後方に転がりながら、追撃に備えて体勢を立て直そうとするが、敵もそれをさせまいと走る。あっという間に間合いは詰まり、敵が拳を振り下ろす。こちらはまだ片膝が地面についている状態。回避は不可。逸らす?いや、瞬時にそれは無理だと諦める。再度、防御でやり過ごすしか選択肢がない。

 状況は依然として不利。劣勢だ。防御越しに衝撃と痛み。まずい、このままだと腕が先に壊れる。敵の狙いもそれ込みだ。次は耐えられても、その次は?次の次は?状況は悪化の一途を辿る。負け。その二文字が脳裏をよぎる。最初にくらった一撃で鼻血が止まらない、そのせいで呼吸もしにくい。・・・この状況を好転させるには、リスクを負うしかない。しょうがない、左腕はくれてやる!敵が振り下ろす拳に合わせ、こちらも下から振り抜く。乾いた音と同時に衝撃、少し遅れて激痛。これはヒビでは済まない。完全に折れた。それが分かる。分かってしまう。だが、これで多少の意表は・・・・・・駄目だ。敵の体勢はまったく崩れていない。不動。その一言に尽きる。くそ、一手分しか稼げない時間稼ぎ、終末の先送りかよ。こちらの悔しさなど知ったことかと言わんばかりに、敵は淡々と拳を振り下ろす。拳は見事にオレの顎を打ち抜き、地面へ沈めた。



 「そこまで、だな」



 なおも追撃してこようとする敵を、審判役の脳筋団長が制止する。それを残念そうにしながら引き下がる敵こと模擬戦相手のチャラ騎士。このドエスめ。脳筋団長が止めなかったら、いたぶる気満々だったな。こっちは視界が歪んで立つことすら出来ないのに。



 「どうだった?」



 団長はチャラ騎士ことキラに仕事の進捗状況を確認するかのように聞く。それに対する答えは毎度のことだがシンプルだ。



 「まだまだっすね。実戦には到底使えないです。まあでも、最初に比べれば成長はしてますよ」



 形ばかりのフォローが一番突き刺さるわ。



 「・・・そうか。もうしばらくは掛かる、か」



 「急ぎですか?」



 「いや。ここ最近はどこも静かなもんだ。以前の小競り合いが嘘みたいだ。停滞気味と言ってもいい」



 「・・・逆にそれが不穏と?嵐の前の静けさってやつですか?」



 「ああ。いつも誰かが近くにいれるとは限らんから自衛くらいはと思ったんだが・・・無理そうだな」



 冷徹な視線が、未だ膝をプルプルさせているオレを射抜く。



 「こうなったら魔物との実戦を経験させて鍛えるしかないか」



 「いいんですか?あっけなく死ぬ可能性もありますよ?」



 「そうなったらその程度だったという事だ。それ以上でも以下でもない」



 オレの命に関わることなのに、軽い感覚で決められていく。完全に生殺与奪を握られていると、改めて感じさせられる。まあ、弱者に決める権利などないのが世界の真理。それがこの一か月で嫌でも思い知らされた価値観だ。強者にはそれが許される。 抗いたくば、強者になるしかない。力ある者がルールを決め、力なき者はそれに従うのみ。・・・すっかりオレも世紀末的な思考が身についてきたもんだ。郷に入っては郷に従えってか。



 「相手は野生の魔物にします?それとも召喚石の?」



 「召喚石でいいだろ。野生のは気性が荒すぎて不確定要素が多い」



 「確かに。じゃあ適当に見繕っておきますね」



 「ああ。・・・・・・程々の奴にしておけよ。別に不用品を始末するわけでも、娯楽用の見世物でもないんだからな」



 「それはもちろん。実力的に拮抗している奴を用意します。ちゃんと実戦経験が積めるギリギリの奴を」



 「・・・わかってるならいい」



 団長は立ち去り、この場にはオレとキラが残る。・・・いやいや、不穏すぎる内容だな。明らかにわかってないぞキラの奴は。チャラ男のノリで格上をぶつけてきそうな様子なんだけど!?



 「楽しみだね~。近日中には手に汗握る死闘が見れるんだなあ。最近娯楽がなくてストレス溜まってたんだよね~。あー、楽しみ」



 や、やばい。こいつオレを殺す気か?さっきの模擬戦もそうだが、この一か月の訓練中、やたら殺意高めの攻撃が多いんだよな。いくら回復薬があるからって痛みはあるんだぞ。・・・そのおかげである程度の痛みまでは我慢して行動できるようにはなったけども。

 最初の頃はその場にうずくまって動けなかったのに・・・・・・環境は人を変えるな。あっ、ようやく鼻血止まったか。



 「そんじゃ今日の訓練はここまでだね」



 その言葉と同時に、オレは警戒心を最大レベルに引き上げた。来る!!折れた左腕で側頭部を防御。直後に衝撃。オレの体は今日一で吹き飛んだ。



 「おや、防いだか。やっぱり成長はしているね。一応」



 やや嬉しそうに土や砂で汚れたオレの姿を見つめるキラ。予想通りだ。何かしら仕掛けてくると思ったぜ。模擬戦も団長に止められて不完全燃焼っぽかったし。計算外だったのは想定以上に重い蹴りだったことくらいか。それにしても・・・今ので骨折が更に悪化したわ。痛覚どころか感覚が麻痺してきたぞ。オレの腕ちゃんとついてるよな?切り落とされてないよね?脂汗もさっきから止まらんし。



 「・・・いいね、その痛みに耐える表情。血が引いた青白い顔。そそるね」



 ぐっ、この粘着変態め。キモ過ぎるだろ!フルフェイスの下はさぞかし恍惚とした表情でしょうね!顔は見えないけどそれ位は分かる。キラはこれ以上この場に残ると自身でも抑えきれないと感じたのだろう、無言で立ち去っていく。その後ろ姿が見えなくなるまで見送って・・・ようやくオレは張り詰めた緊張感を解いた。同時に襲い来る痛み。いかん、気が緩んでアドレナリンが減衰した。焦りながらも震える手でアイテムボックスから支給された回復薬を取り出し、一気に飲む。折れた左腕にもドバドバかける。



 「・・・・・・・・・ふう」



 ようやく痛みがひいてきた。精神的な疲労までは回復しないが随分と楽になった。 だがこの程度の回復薬では全快はしない。しょうがないので自前の更に等級が高い回復薬を取り出し、飲み干す。・・・よし、左腕は問題なく動くな。



 「しかし・・・次は魔物との実戦形式の訓練か」



 ある意味、そっちの方が助かるんだよな。キラとの模擬戦は基本的に肉弾戦だから無手で相手せざるを得ない。そうなるとステータスを底上げする《剣闘士の剣》が使えない。結果的にオレはレベル1のステータスで戦わなければならない。そして見事、ボコボコにされると。魔物なりNPCプレイヤーなり倒さないと基本、経験値って手に入らないんだよな、この世界。

 キラとの訓練で近接戦スキルのレベルは軒並み上がったからまったく無駄ってわけではないんだけど、ステータス成長がないのは辛い。召喚石に封じ込められた魔物でも経験値は得られるから、それで1レベルでもいいから上げたいもんだな。そうすれば今後のキラとの訓練も楽になるだろうし。正直、推定レベル50のキラとの模擬戦はムリゲーなんだよ。しかも無手で。NPCはレベルって概念を理解できてるのか?よくわからんな。こんな時にこそ銀狼に色々聞きたいのに・・・あれ以降全然、姿見せねえし。管理AIは不死のはずだろ?なんで現れないんだ?

 何かシステム上の不具合か・・・・・・・・・・・・オレのリアルの肉体はどうなっているんだ?そもそもリアルの時間も一か月経過しているのか?オレは・・・まだ生きてる・・・・・・よな?この仮想世界で死ねばリアルに帰れるのか?考え出せばキリがない。疑問は尽きない。



 「あー・・・早く帰りてえ」



 「おや?帰りたいんですか?」



 独り言のつもりが、予期せぬ相槌に驚く。背後から?慌てて振り向く。黒騎士団の誰かに聞かれた?しかし、声の主の姿を見て、オレの頭の中は真っ白になった。



 「・・・な・・・・・・・んで?」



 口の中が渇いて舌が回らない。だが、オレの視線の先には探し求めていた管理AIの銀狼が鎮座していた。相変わらずのクリクリした金の瞳で、オレを見つめている。



 「帰りたいのでしょう?この仮想世界から現実世界に。もう飽きてしまわれましたか?」



 「・・・・・・帰れるのか?」



 一番聞きたいのはそれだけだ。他には何もない。だというのに、だ。



 「もちろん。貴方が望めば。この瞬間にも」



 銀狼は大したことでもないと断言する。



 「・・・・・・帰りたい」



 半ば無意識に呟く。



 「承知しました。まあ、帰りたくないと言っても一旦ご帰還していただくつもりでしたが」



 「どういう・・・?」



 意味がわからん。



 「ご主人様の生命、健康維持の為です。これ以上は引き延ばせない」



 何を言っている?



 「それでは、またこの世界にいらっしゃるその時まで。また会いましょうご主人様」



 こうして・・・オレはリアルへと帰還を果たす。現状など知らされないまま。この仮想世界に来た時と同様、唐突に。




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