第12話 突飛な推理

「何を思ってるんだろうね。あの爺さん」

 村瀬は真に言った。

「わからない……。でも、凄く怖い顔つきだった」

「ふーん、まあ、いいや」

 ここは村瀬の部屋である。彼女はズボラなのか、ベッドのシーツがしわくちゃになっていた。それを直そうともしないままだった。

「しかし、ないんだよな……」彼女は独り言のように呟いた。

「何かですか?」

「池田さんが持っていた本だよ。あの本棚に戻してる可能性もあるんだけど、あの性格の池田さんが戻してるはずないでしょ。それで、さっき池田さんの部屋に来た時、あの本あるかなと思ったんだけど無いんだ」

「ということは……」

「犯人が持ってるということ。それで、あれを処分したかったんじゃないかな」

「処分?」

「つまり、本棚の一番上に隠したつもりが、バレてしまった。いや、隠すつもりが、忘れてたとかね」

「それって、犯人は」

「ああ、あの爺さんだよね。どう見ても……。後の三人はこの洋館のこと知らないし……」

「でも、なぜ登坂さんが?」

「だってあの人、可笑しいもん。本棚って脚立を使わないと、取れないところまでずっしり詰まってたんでしょ。それなのに本も本棚も奇麗にしてるってことは、足の悪いあの爺さんじゃ無理ってことさ」

「ハウスクリーニングに頼んでるんじゃないですか?」

「わざわざ、この村までにかい? 相当奇麗好きな爺さんだな」

「奇麗好きと自分では行ってましたけど」

「確かに掃除は行き届いてるけど、普段は一人なんだったら、本を読むには上の棚に本を詰めないようにするとか、部屋に椅子を用意するとか、あたしだったらやるけどなあ」

 村瀬は登坂を池田殺しの犯人だと決めつけているようだ。真はそう思った。

「それだったら、池田さんの首をロープを閉めた時に、もちろん反射的に池田さんは目が覚める。よっぽど力がないと絞殺は難しいんじゃないですか?」

「うーん」

 村瀬は腕組みをして、胡坐をかいた。半パンで喋り口調がボーイッシュな感じが、真は何だか居心地が良かった。しかし、目のやり場に困る。

「本当はジムに通ってるとか?」

 そう言われて、真は思わず笑った。

「あの登坂さんがそんなことしてたら、足も治りますよ」

「ジョーダンよ、ジョーダン。しかし、取り合えず、本が詰まってる部屋に入ってみよう」

「登坂さんに見つかりませんかね」

「そんなこと言ってたら、先に進まないじゃない」



「色々と専門的な本が多いね」

 初めて入った村瀬は、その本の数に驚きを隠せない。

「そうなんですよ。これなんて凄いでしょ」

 真は村瀬に分厚い本を渡した。

「何、日本の天体がわかる本……難しそう」

 村瀬は本をめくると、小さな文字でつづっている文章に思わず本を閉じた。

「この本の中から何かつかめますかね?」

「難しいんじゃない。爺さんはいろんなものを隠してそうだからね」

「そういえば、この家って一階と二階しかないんでしょうか?」

「確かに、広いからね。地下でもあるんじゃない」

「地下……」

 真は独り言のように呟いた。

「隠し扉なんて、あっても可笑しくないんじゃない。だって爺さん資産家なんでしょ」

「そう言ってましたね……」

「君たちこんなところにいたのか?」

 そう言って、姿を見せたのは野口だった。

「あ、野口さん。田中さんは大丈夫ですか?」

 真は聞いた。

「何とかね。色々疲れたんだろう。眠ってる」

「そうだったんですね。野口さんは昨晩眠たかったですか?」

「もちろん。物凄く眠いというほどではないけど、ベッドに入ると一気に眠くなってしまってね」

「それって睡眠薬の影響ですか?」

「まあ、そうなんじゃないかな」

 野口は眠そうに、目をパチクリした。

「あの、野口さん」村瀬は恐る恐る聞いた。

「何だい?」

「あの登坂さんに可愛がられてますよね。何故ですか?」

「そう見えたかい?」

「ええ、見えました」村瀬はいつになく真剣なまなざしで野口を見る。

 野口は笑って頭をかいた。

「まあ、この村では昔から人口が少なくなってきてるんだ。そうなると、若者も少ないんだ。登坂さんは俺を昔から知ってたから、凄く可愛がってもらったんだ。村で将来有望な人間になるって面と向かって言われたくらいだからね。そうなると、こっちも村から離れられなくなって……」

「野口さんも、この村から出ようと思ってたんですか?」

 と、真。

「そうだよ。広島とかで仕事がしたかったな。学生時代はバスケットボール部だったんだ。この村には小学校しかなくてね。今はもう廃校なんだけど、中学から市内に転向してね。そこでバスケットボール部に入って、ハマってしまったんだ」

「それから、大会も出られたんですか?」

 野口は、自分のガタイが大きいから聞いたのだろうと思って、大笑いをした。

「そうだよ。元々食べる方だったから、体格も大きかったし身長も高かっから、ずっとスタメンだったね。おまけに身体能力もいいからって、コーチと監督には太鼓判だったね」

 と、嬉しかったのか野口は相変わらず頭をポリポリかいて照れ笑いをした。

「へえ、バスケ一筋だったんだ。それで、広島とどう関係が?」と、村瀬。

「高校と大学は広島のバスケが強い学校に入って、みっちり練習したんだけどね。肩をやられてしまったんだ。右肩をね」

「と、言うことは右肩が上がらないとか?」

「そうだよ。でも、肩を使わなくても重いものは持てるけどね」

 そう言って、野口は両腕を軽く上げて、荷物が持てるジェスチャーをした。

「それで、登坂さんとは長い付き合いなんだ」

「長いね。でも、登坂さんはずっとここに住んでるから、俺が市内に行ったりとか、広島に行ったときは、電話を年に数回くらいしかやり取りしなかったけど……」

「登坂さんって、足悪いの?」

「ああ、元々は元気だったんだ。畑仕事が好きでね。でも、ある日を境にギックリ腰をやってしまってね。それからも、何回かギックリ腰を、やった結果、腰も曲がってしまったけど、腰とつながってる右足も思うように行かなくなってね。以来、あの状態が十五年になるんじゃないかな」

「病院とか行かなかったの?」

「本人が病院嫌いでね。断固として融通が利かないんだ」

「そうなんだ……。ところで登坂さんって、勉強熱心なんだね。こんな本とか全然あたしわかんない……」

「そうだよね。俺も初め見た時にビックリしたよ。登坂さんがこんなに本が好きだなんて……」

「好きじゃなかったんですか?」

「ああ、っていうのも変だけど。昔は身体を動かすのが好きだったんだ。本なんて活字が嫌いでね。学生時代は勉強も嫌いだったらしいよ。誰かが難しい話をしてたら、嫌だったし。ほら、椎名さんは本が好きじゃない」

「そうですね」

 真は言った。

「あの人のことを毛嫌いしてたんだよ、昔は。ひょろっとしてて気持ちが悪いってね。でも、畑仕事をしなくなってからかな。ガラッと変わってしまったんだ。こんな人だったかなって」

「それって、顔とかですか?」

「何て言うかな。顔は変わってない。寧ろ元気になったんだけど、雰囲気が違うというか、どういう風に説明したらいいのかわからないけど……」

 野口は顎に手を当てていると、ドアをノックする音が聞こえた。

「野口さんいるの?」

 田中の声がした。

「ああ、いるよ」

 というと、田中はドアを開けた。

「もう、いなくなったからビックリしちゃった」

「いやいや、ごめん。田中さんが眠ってたから、二階に行って自分の部屋を片付けようとしたら、二人と会ったからさ」

 そう言って、真と村瀬を一瞥した。

「何だ、それならいいのよ。登坂さんが心配してたわよ。野口君はどこに行ったんだって」

「ごめんごめん。下に降りるよ。それじゃあ、また」

 そう言って、野口と田中は二人に手を振って後にした。

 静まり返った部屋に、村瀬はそっとドアを開けて、誰もいないことを確認した。

「ああ、ここにいたら緊張しすぎて死にそう」

 そうドアに背を向けて彼女は言った。

「それよりも、さっき野口さんが言ってた話、本当なんですかね?」

「本当も何も、それが真実じゃない。多分登坂という人はどこかにいて、あの爺さんは知らない人って考えるのが普通じゃない」

「でも、知らない人が、こんなに本を集めれますかね?」

「何言ってんの。野口さんの話聞いてた? 登坂さんは十数年前から入れ替わってる。変だと思わない?」

「確かに変ですよ。本当の登坂さんはどこに行ったのか……」

「それもあるけど、池田さんが持っていた本は金の隠し場所。十三年前の事件はみんな資産家。そして、登坂さんも資産家……。今いる爺さんは十数年前に登坂さんに成りすましたとしたら……」

「あっ!」真はひらめいた後に、身震いをした。

「そう、少なくとも未解決事件の真相はあの爺さんが握ってる。そして、あたしの勘だとこの家のどこかに、あるはずなのよ」

「何をですか?」

 真は生唾を飲み込んだ。

「登坂さんの死体がね」

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