第2話 出発、飯野真

「ふああああ」

 思わず青年は大きなあくびをした。

 しまった。仕事中だったと、慌てて周りの人たちを見る。

 彼らは仕事に集中しているわけではなく、パソコンでインターネットの書き込みをしている者、背もたれのある椅子に座って、腕を組んで目を閉じている者、鼻くそをほじくっている者もいた。

「何や、鼻くそほじくっとったら悪いんか」

 青年と目が合い、サングラスをかけ、こてこての関西弁で話す、部長の樋口は人差し指についていた鼻くそを、青年に投げ飛ばした。

「止めてくださいよ」

「ええのう、若い者は、俺なんかもう職がないというのに……」

 樋口が言う職がないとは、このままだと会社を閉めるかもしれないと、先程社長に朝礼で言われたのだ。

 その為、みんなやる気がない。

 とはいえ、青年――飯野真が入った時から、こんな状態だったが。

 真が就職した先は、とある出版社だった。そこはジャーナリストたちの集まりだった。

 無論、真もその一人である。事件の真実を追うことに憧れを抱く人間だった。

 例えば未解決事件、解決した事件でも、その後の人物を追ったりするジャーナリストもこの会社にいる。

 社長はあっと言わせたいというスローガンのもと、未解決を解決させたら警察からも懸賞金を貰えるし、その雑誌も売れるに違いないと思って、会社を設立した。

 しかし、思っている以上に部数は売れず、社長を入れて五人しかいない小さな会社なのだが、月刊で雑誌を販売していて、相当のネタを集めなくてはいけない。

 と、なると、最近のニュースを批評するという、どこにでも、誰にでもできる方法になってしまっていた。

 未解決事件を元に部数を増やそうという考え方は、興味を薄れて、ジャーナリストたちは、この暑い時期では、室内のエアコンにこびりついている。

 部長なんて、外に出るのは嫌だと、ずっと社内にいる。

 真は入社して一年目の二十三歳だった。この会社に命を懸けていた。いろんな未解決事件に首を突っ込んでは、情報を得ることが、楽しかった。

 なので、社内が仕事に集中していない環境が嫌いだった。

 真は立ち上がった。

「皆さん。この会社を守る為にも、いろんなことに首を突っ込みましょう」

「そうは言ってもなあ」

 そう言っていたのは、パソコンをいじっている、池田だった。

 彼も真と一緒で、入社直後は懸命に仕事に取り組んでいた。

 しかし、時代の風に煽られ、いつしかサボることを覚えてしまった。

池田はインターネットで、いろいろなネタを探しているのかと思いきや、通販の商品を購入しようとしていた。

「うーん、どうしよっかな」

 商品を見ているときだけ、目を輝かせている。

「池田さん。そんなことしてる場合じゃないでしょ。オカルトなものに首を突っ込んでいたじゃないですか」

「オカルトねえ……。お金には首を突っ込みたいね」

 池田はジャーナリストとして真の二年先輩だ。年齢は二十五歳。独身。実家暮らし。

「そんな……。前の出版社では、オカルトの探求していたんでしょう?」

「まあ……。言っても、答えっていうものはないんだ。オカルトっていうのは。最終的には神が存在するか、否かの問題になる。それがオカルトというものなんだ。何だ、オカルトが好きなのか?」

 池田はマウスを走らせるのを止めて、真の方に身体を向けた。

「いえ、僕は未解決事件を追いたいんです。探偵のようないろんなものに首を突っ込んでは解決する。それを文章に書き替えるのが、魅力的に見えちゃって……」

 真は照れて頭をかいた。

 それを見た池田は、

「まこっちゃんは、女の子みたいで可愛いな。顔も可愛いし……。女だったら俺、絶対に告白してたわ」

「何を言ってるんですか」

 真は顔を赤くしていった。昔からの赤面症だった。

「本当に可愛い。まあ、オカルトではないが、未解決事件と言えば、俺も追っていた事件があったな」

「どんな、事件なんですか」

 真は目を輝かせて池田にいった。

「鳥取の馬渡村というところなんだが、この村は山奥にあってな、今から十三年前に放火事件があったんだ。人が殺されて、その後に放火を起こされたという事件なんだが、いろんな謎がある」

「どんな謎なんですか? 教えてください」

「それが、台風の中で行われたことなんだ。突発的にとった行動なのか? それとも前々からこの日と決行して行ったのかは分からない」

「突発的に人を殺してしまったんじゃないですか? 未解決事件なんですよね?」

「いああ、この放火事件は亡くなったのは四人の男性だ。みんな年齢が近く大体四十前後とされる。無論、犯人は捕まっていない。この事件は連日ニュースにはなったが、次第に情報は亡くなり、やがて警察が動かなくなり、未解決というわけだ」

「それを、池田さんは調べてたんですか」

「ああ、もちろん」そう言って、池田はUSBメモリを見せた。「ここに俺の調べたルポがある。犯人は放火の前に四人を殺害している」

「殺害……。それって……」真はたじろいだ。

「ああ、犯人は内部にいたということだ。つまり事件が起きたその日は五人いたということだ。その後に何かを隠すように放火をし、火事になった時に発見者が、警察と消防に連絡をしている」

「火を消した後は……」

「もちろん、四人の死体が判明したさ。真っ黒になって身元特定するまでに随分と時間がかかったらしいけどな」

「殺害した凶器はわかってるんですか?」

「撲殺というのは分かってる。しかし、これといった凶器が見つかっていない。逃げた男の行方を警察は探っているんだが、これがなかなか手掛かりがないらしい。その上、貧相で山奥の村だ。警察も痺れを切らしてしまったら、動こうとはしないだろう」

「それで、闇に葬られたということですか……」

 未解決事件は多発している。それを一つ一つ解き明かすことに真はワクワクしていた。だが、それと同様に未解決事件だからこそ、実は暴力団が裏でからんでいたり、殺し屋を雇っていたりするものだ。

「まあ、そういうことだ。もし行くとなると、お前にこの村を調べたUSBメモリを上げよう」

「いいんですか。でも、鳥取って遠いですよね?」

「バーカ、お前の仕事はジャーナリストなんだろう。海外でも活躍している人なんていっぱいいるんだぞ。これはお前の将来がかかってるんだ」

「行くか、行かないかで?」

「ああ、そうだ」

 真は考えた。先程まで仕事熱心ではない池田が、これほどまでそこに行きたいのには訳があるのだろうか。それを、どうして自分も行かなくてはいけないのだろう。

「大丈夫だ。この未解決事件は俺が全て解く。鳥取から帰るとこの雑誌は売れる」

 そう言って池田は真の肩を叩いた。

「はあ」

 真は池田が年齢も経歴も上だし。断り切れないのが半分と、自分も次の雑誌に掲載するネタもなかった。

「そうとなったら、決まりだ。俺は今から車出すから。任しとけ」

「はあ」

 真は仕事だと思いつつもあまり乗り気ではなかった。まだ、気持ちが首を縦に振るか横に振るかで悩んでいた。

「よーし、じゃあ、早速行こうか」

 池田は席から立ち上がり、真も何だか行かないといけないような気がすると、重い腰を上げる。

「何や、えらい気合入ってんのう。取材か?」部長の満田は相変わらず頬杖を突きながら、二人に向かって言っている。

「ええ、まこっちゃんが頑張るんで、俺もそれについていきます」と、池田。

「いえいえ、池田さんが全面解決してくれるんですよね」

 そう真は池田を見る。

「何日に帰ってくるんや」

「分かりません。いい情報が入り次第。帰ってきます」

 そう言って池田は部屋を出て、真も満田に頭を下げて出ていった。

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