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 交際が半年を過ぎた頃、君は相変わらず愛花に夢中だ。学業を疎かにするほどではないが、誰よりも愛花を優先する状態ではあった。

 何せ初めてできた彼女で、漠然と、無意識の中で、彼女とこのまま結婚までするのだと考えていた。

 俺が愛花に会ったのはその時期だ。

 なんでもいい。バイト先が同じだった、サークル主催の飲み会にOBで呼ばれた、落とし物を拾った、お互いに合コンの数合わせとして参加した、オンラインゲームで出会った、SNSで出会った、その他諸々、なんでもいい。

 俺は愛花の口振りに、彼氏がいるんだろうなとすぐに察する。でもわかりやすい指輪や、彼氏からの贈り物と思われる何かは見当たらない。

 だから聞く。

「愛花ちゃんって彼氏いる?」

 ダメならそれで構わないからストレートに聞ける。

 愛花は面食らうけど、

「はい、いますよ」

 と答えてくれる。

「あ、やっぱり? なんとなくだけど、俺、彼氏いそうだなって子わかるんだよな」

「えー? なんですかそれ、特殊能力?」

「いやそんなんじゃないよ、むしろいない方が驚くだろ。可愛いんだし、気も遣えるし、この前めっちゃ褒められてたじゃん」

 ありがとうございます、だけで終われば俺も特に何もしない。

 でも愛花は苦笑気味で、いるんですけどね、と意味を含ませたように話して、明らかに何かを話したがるから、俺は少しだけ声を潜める。

「……上手くいってない?」

 愛花はぱっと顔を上げる。それから、躊躇うっていう儀式じみた素振りをして、話す。君のことを。

 年下で可愛くて、一生懸命連絡してくるところに絆されて、もちろん好きだし別れようと思わないけど、たまに違うかもと、急に冷静になる時がある。

 何が違うの?

 ええと、上手く言えなくて……えっと。

 いいよ焦んなくて、俺今日暇だし。

 ありがとうございます……あの、こんな不満贅沢かもって思うんですけど。

 うん。

 なんていうか、温度差っていうか。

 あー、なんかわかってきたな。

 はい……。

 重いんだ?

 直球で投げた質問に、愛花は視線を揺らすけれど結局頷く。重い。彼は可愛いし、可愛がっていて楽しいし、好きだけど、重い。毎日連絡してこなくてもいいけど来る。でもその割に、好きだとか言わないし、代わりに料理作るでもないし、プレゼント用意するでもないし、飲み会に行くってだけでちょっと不機嫌になったりするし、エトセトラ、エトセトラ、以下略の愚痴。

 俺は頷きながら、出来る限り神妙な声と顔で愛花の話を聞く。ある程度話終わった後の愛花はちょっとスッキリした顔になって、すみませんと謝ってくれる。

「いいって別に、カレカノのあるあるって、あるあるだからこそ看過できなかったりするんだよな」

 とか言っておいて、

「そういや彼氏くんってどんな子?」

 と聞く。愛花は二人で撮った写真を見せてくれて、俺は君の姿形をこうして知り得る。

「あの……良かったら、また話、聞いてもらってもいいですか?」

 愛花の願いには笑顔で頷いて、そう言い出すってことはいけるなって換算して、いけなくても次に移ればいいしなって気軽さで、愛花とちらほら会うようになる。

 会う場所をファミレス、居酒屋、人気のカフェ、雰囲気のあるバーと色々変える。好きな食べ物を聞き、そのメニューの美味い店なんかを探して連れて行く。偶々見かけたんだよねと言いながら、彼女が集めていたキャラクターグッズの何かしらを渡したりする。愛花は喜んで、本当に嬉しいと言って、夜の静かな帰路の途中、街灯の光が届かない影の位置で俺に握られた手を握り返してくる。

 愛花は可愛い。口に出して伝えて、駅前まできちんと送り届ける。

 また会いたいって内容のメッセージが別れて十分後にはもう届いている。

 

 その間、君は愛花の変化に気付きつつ、就職活動は早いうちからしたいという言葉に納得もして、頑張ってね、なんて月並みな返信しかできないでいる。

 だから寝耳に水になる。俺と愛花が会い始めて三ヶ月、君と愛花が付き合って九ヶ月、愛花は君に別れたいとメッセージを送る。

 君は電話をかけて、はじめ愛花は出ないけど、三回、四回とコールすればどうにか繋がり、第一声でなんで出ないんだよと怒ってしまう。

「なんでって、……用事はさっき送ったじゃん」

「でも、いやっ……なんで? 就職活動、忙しいから?」

「うん、あんまり人と付き合ってる感じじゃなくなってきてさ……」

「落ち着くまでちゃんと待てるよ、今だって会いたいけど我慢してて、」

「でもほら、私の就職活動が落ち着いたら、今度はそっちが忙しくなるでしょ? そうなったら、結局同じだし」

「おれはちゃんと連絡するし会う時間も」

「私がちゃんとしてないって話? ……まあ、してないけど、それはごめん」

「えっ、と、……いやでもおれ別れたくない、いつまでも待ってるし、愛花さんの作ってくれるパスタとかまた食べたいし」

「もういいって!」

 愛花が怒る理由を君はわからない。愛花はそのまま電話を切ってしまって、今度は何度かかけると拒否される。メッセージでは、もう別れたから、と断定的な言い方をされる。君は納得できない、というよりはしない。彼女とずっと、永遠なんてないんだけど永遠に一緒にいられるような、未来でもキッチンに立って笑ってくれているような、そんな漠然とした予想図を立てていたから、拒絶された意味がまるでわからない。

 俺はわかる。ラブホテルの一室で、行為後の気怠い余韻の中で、愛花はポツポツと俺に漏らす。好きで可愛くて付き合いはしたけど大学生だし、君は田舎出身で長男とまで聞いていたから、結婚はないかなと思いはしていた。自分はやりたい職業があって、必要があれば院に進んだっていい。資格もいくつか必要で、家庭に入ったり田舎に越したりはしたくない。

 それに、俺みたいにわかってくれる人ならいいけど、君はあんまりわかってくれない。

 セックスも下手だしね!

 

 愛花と連絡が取れなくなった君は落ち込み、愛花の所属しているサークルに顔を出してしまったりする。

 そこで知るんだよな、俺のことを。

 愛花? 彼氏とデートだって言ってたよ。

 そんなことを何も知らない相手に教えられて、愛花もどうでも良くなってて口止めもしていなくて、君は俺を探し出す。

 俺の前に現れて、怒っていて、俺は笑う。

 それ見るためにここまできたんだよって笑うんだ。

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