第12話 紡ぐ物語⑥ 無能力者の物語


書院しょいん紡子つむぐこさん……ですよね?」


 私の頭は一瞬フリーズした。


 あの後、どうしたものかと悩んだが何も思いつかず、進展したのは黒鳥へ変化する魔法を覚えたくらいである。


 コニールは悪魔の娘だから魔法が使えるはずなのだが、いかんせん私には魔法の知識がない。だけど、これからの展開で魔法は必須だからコニールの部屋にあった魔法関連の書籍を読んで覚えたのだ。


 この変化ができないと舞踏会で正体を明かした後に飛んで逃げられなくなるので覚えられないと衛兵に捕まってジ・エンドなのよね。


 だけどそれ以外は打つ手もなくお父様ロッドバロンに連れられて私は舞踏会へとやって来た。


 王座にはやっぱり佐倉さんに似た男性がいて、彼がジークなのはもはや疑いようがなかった。


 そのジークが私にダンスを申し込み、小説と同じように踊っていた。その最中に彼から尋ねられたのだ。


「あなたは……佐倉つづるさん?」


 恐る恐る聞き返すと彼は嬉しそうに笑った。


「良かった今度は本物だ」


 どうやら間違いなさそう。


 だとすると佐倉さんは私の異能アビリティに巻き込まれたの?

 だけど今までそんな事は一度だってなかったのに。


「どうして佐倉さんがここに?」

「わかりません」


 詳しく話を聞こうと私たちは人気の無いテラスへと出た。


「僕は語部市中央図書館にいたはずなんですが……」


 佐倉さんの話によると図書館にいた彼は急に眩暈のような気持ち悪さを感じたらしい。その後、気づけばこの地にいて、周囲からジークと呼ばれて往生していたそうです。


「どうやら佐倉さんは私の異能に巻き込まれたようです」

「書院さんの異能に?」

「はい、私の異能は……」


 私は感情移入すると本の世界に転移してしまう異能と、ここが『黒鳥の湖』の世界で今後の顛末について詳細を説明した。


「ああ、それでどこかで聞いたような名前だったんですね。あのバレエ作品の小説なんですね」


 私の話を聞き終えて、佐倉さんは納得したように頷いた。


「申し訳ありません。ですが、今まで私の異能が近くの人にも影響したことはないのですが……」

「そうなんですか?」

「はい……もしかして佐倉さんも私と同じ異能……ではないですよね?」

「ああー」


 佐倉さんがなんだか気まずそうに頭を掻いています。私の質問はそんなにまずかったでしょうか?


「僕は、その……無いんです」

「無い?」


 無いって何かしら?


「ですから僕は異能を持ってないんです」

「はぁ?」


 私は佐倉さんの言葉の意味を掴みかねて、たっぷり数十秒は考え込んだ。


 異能を持っていないなんてあり得るのかしら?


「異能は全ての人に与えられるはずですが?」

「でも実際に僕は異能を使おうとしても何も思い浮かびません」


 基本的に異能は使おうと思えば自然と頭に使い方が浮かぶ。


「私と同じ受動的異能パッシブアビリティなのではありませんか?」

「パッシブ? 何ですかそれ?」


 だけど例外はある。


 私の能力のように特定の条件下で自動的に発動する異能の場合がそれです。かなり稀な例で一千万人に一人くらいしかいないそうで研究もほとんど進んでいないらしい。


 異能がパッシブの場合は条件発動なので念じても能力が発動しない。ただ、たいてい私の読書と同様に何かしら個人の嗜好、特性に沿った能力らしく、すぐに使い方は判明するのだけれど……


「そんなのがあるんですね」

「もしかして佐倉さんの異能は他者の異能に干渉するものなのかもしれません」

「他者の異能に?」


 数百年前に他者の異能に干渉して色んな能力を使った人がいたと何かの本で読んだ覚えがあります。ただ、かなり昔の出来事だし、あまりに荒唐無稽で作り話だろうと言われていました。


「異能なんて日常で使用することはほとんどありませんから、それで佐倉さんはご自分の異能を認識できなかったのではないでしょうか?」

「僕にも異能がある」


 私の話を聞いて佐倉さんは少し呆けて、次に泣き出しそうにくしゃりと顔を歪ませた。


「僕にも……僕にも異能があるんだ……」

「佐倉さん……」


 もしかしたら佐倉さんは異能を持っていないせいで辛い思いをしてきたのかもしれません。


 泣きそうに、それでいて嬉しそうな彼の顔を見て私はなんとなくそう思ったのでした。

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