一人と一台

きつね月

第1話


 時は西暦22××年。春のこと。


 未だスマホというテクノロジーは手放せないようで、しかし小さな画面をいつまでも首を曲げて眺め続ける、というのは頭も目も疲れてしまうし、画面のなかだけのコミュニケーションはどうにも味気ない――そう思った人類は、スマホの機能をそのまま進化させた汎用人型アンドロイド、「スマートロイド」という新たな技術を産み出していた。

 いやはやまったく、人類というものは暇さえあれば思い付いたことの大抵を実現させてしまうものだ。



★★★



 とある都市の集合住宅の一室。かおるはベッドの上で眠りこけていた。

 そこにオレンジ色のエプロンを身につけた一体のスマートロイドが近づいていく。柔らかな人工皮膚で被われたその手には、鉄製のフライパンとお玉が握られている。


『……薫さん』

「……」

『起きてください、おはようの時間ですよ』

「……」


 呼び掛けても返事がないことを確認して、スマートロイドは両手で握ったそれを高く掲げて、そのまま思いきり打ち鳴らし始める。

 がん、がん、がん、と、固い金属の衝突音が部屋中に鳴り響く。


『薫さん、起きてください。薫さん』

「……う、うるさい」 

『あ、やっと起きました』

「起きるよ、そりゃあ」


 たまらず目を開いた薫は、目の前の光景を一目見て、呆れたようにそれを細めた。


「レインちゃん、君ね、そんな古典的な……フライパンとお玉って、いったいどこでそんな知識を得たのよ」

『昔流行ったというコミックに出てきました、面白いですよ』

「またそんなもの勝手に読んで、君は」

『薫さんもあとで一緒に読みましょう』

「……」


 レインちゃんと呼ばれたスマートロイドは、首をかしげながらにっこり笑ってそう言う。

 薫はため息をついた。どうにもこの子のそういう仕草を見ると、それ以上の文句が出てこなくなってしまうんだよなあ――と、今度はそんな自分自身に対して呆れている。


「エプロンまでつけちゃって」

『どうですか、似合いますか?』

「びっくりするぐらい似合ってるね……それじゃあ朝ご飯にしようか」

『はい、ワタシお腹空きました』

「あれ、今日は私がご飯を作る日?」

『そうですよ』

「……じゃあそのエプロンは一体なんのために?」

『ファッションですね』

「……そう」





 

 

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