この邂逅に才覚を。

月澤 慧

第1章 入学

第1話 日本文化学概論

「入学式」と言えば頬を撫でる春風、舞い散る桜。賑わう新入生と歓迎ムードの先輩を想像していたが、北海道の「入学式」は幻想だ。

 雪解けが終わった頃で、皆コートを羽織り、息を吸い込めばツンと鼻の奥が痛む。

 もちろんそんな寒空で歓迎しているのは、大学の入り口で長年使用されてきたであろう年季を感じる「ご入学おめでとうございます」の立て看板くらいである。


 それは、入学式が終わった1週間後、大学生活の幕開け。初回授業オリエンテーションも変わらない。


 俺はクリアファイルと筆箱だけを入れた軽いリュックサックのショルダーストラップを握りしめて、やけに大きな校門をくぐった。

 すぐ近くのキャンパスに入ると、ほのかに暖房の温もりを感じる。

 周りを見渡せば、既に友人同士で盛り上がっている人だかりがいくつも見受けられる。想像はしていたはずなのに、もはやこの独特の「大学感」が受け付けられない。

 俺はポケットからイヤホンを取り出し、俯きながら歩く。


 スマートフォンで時間を確認すると、時刻は10:49と表示されていた。

 人文学部日本文化学科に入学した俺の最初の講義は「日本文化学概論」である。

講義まで余裕があるとは言えない。少し早歩きで、教室へ向かった。


 教室につくとそこは、大きな教室でいかにも「大学」といった広さだ。100名弱は座席があるように思える。すでに後ろの席は埋まっており、前列まできたが教壇の斜め前の席しか座れなさそうだ。

 正確に言うと若干の空きはあるが、すでに着席した学生に「すみません」と連呼しながら真ん中の空席に座るのは、あまりに非効率的だと即座に判断してしまった。


 イヤホンをスマートフォンに巻き、座席に座り筆箱を出していると、プツンと電子音が聞こえた。コツコツと聞こえる足音にふと顔を上げると、スーツ姿の男性が教壇に立っていた。

「それじゃあ、時間なので。日本文化学概論を始めます。」


 爽やかな顔立ちに、すらっとした佇まい。俺が想像していた「日本文化学」の先生はもっとこう、白髪交じりの…一部ハゲていて…所謂おじさん…いや、お爺さんだったため、拍子抜けした。

「まず、自己紹介から。日本文化学概論を担当することになった一条 薫いちじょう かおるです。」

 そう言うと、上下式の大きな黒板に「一条 薫」とチョークで記した。


「僕は去年まで、埼玉の大学で准教授をしていました。なのでこの春から北海道に来たばっかりです。いや~それにしても、北海道の4月はまだ寒いんだね。」

 教室を見渡す一条先生を見ていた時、なんとなく目が合った気がして慌てて俯く。

「つまり、北海道歴はみんなと一緒。1年生だから。美味しいご飯屋さんとか近くにあったら教えてね。」

 既に一部の女子はまるでアイドルのコンサート会場に来たかのような恍惚の表情を浮かべている。


「知らない人間にあれこれ言われても、勉強のやる気にならないだろうから、何か僕に質問があれば答えます。」

 すかさず、前方に居た女子のグループの一人が「はいっ!」と手を挙げた。

「先生は何歳ですか?」

「35歳です。おじさんです。」

「そんなことないです、かっこいいんで。」

 俺は何を聞かされてるんだろう。もしかして日本文化学概論という名のファンミーティングに来てしまったのではないだろうか。

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