#3 ステルスマイン系合法ショタ風ロリ

 子供は凄い、とにかく凄い。何が凄いって、有り余る行動力と無尽蔵な体力だ。自転車一つあればどこまでも行けるし、二十分程度の短い休み時間をドッジボールに割くことができる。

 今じゃ考えられないな。自転車で隣町に行くどころか、近所のスーパーに行くのも面倒だし、風呂に入ることさえ逡巡する。

 そんな衰えきった俺も御多分に漏れず、昔は元気だったさ。ロールプレイングゲームで言うところの二回行動持ちだったよ。


 あれは小学五年生の時だったか、それとも六年生の時だったか。別にどちらでもいいのだが、とにかく小学生の時で間違いない。

 小遣いに困った俺こと進次郎少年は、不要になった漫画やゲームの攻略本を隣町まで売りに行った。

 量ったわけではないが、五十冊以上あったので、十キロは越えていたと思われる。

 子供料金とはいえ電車賃を払う余裕などないし、自転車のカゴに入れると傷がついて価格が下がる可能性がある。となれば、徒歩で行くしかない。今にして思えば、致命的に頭が悪いとしか言いようがない。

 なぜそんな無茶ができたのか? 捕らぬ狸のなんとやらで、売値が一万円を優に超えると思っていたんだよ。

 売りに行ったその足で、新作のゲームでも買おうと画策していた。タイトルまでは覚えてないが、前夜からワクワクしていたことは、今でもよく覚えてる。

 よく言えば無邪気、悪く言えば致命的な馬鹿。

 歩幅の小ささや本の重さもあってか、一時間は要したのではないだろうか。記憶が正しければ、猛暑日だったはずだ。致命的に頭が悪い。


「んー……二百円かな」


 子供相手だからと完全になめきった査定。思い出すだけで怒りが湧いてくる。

 五十冊以上あるのに、たったの二百円。子供にとっての二百円は、それなりの大金かもしれない。だが、一時間かけて地獄を踏破した俺にとっては、雀の涙。心の底から絶望したね。

 買値の一パーセントにも満たない買取価格に騙されるほど、俺も馬鹿ではない。当然断ったさ。

 帰りも同じ地獄を味わうハメになると気づいたのは、店を出てからだけどな。致命的に頭が雑魚。今だったら断腸の思いで売り、その金で電車に乗るよ。

 売りに戻る選択肢など頭になく、必死に帰宅したさ。道中、紙袋がやぶけて持ちづらくなったが、それでも必死に手で押さえながら歩いたよ。アレは小学生だからできた芸当に違いない。当時より筋力がついたとはいえ再現不可能だ。


「何をボーっとしてんのさ。体調でも悪いのかい?」


 物悲しい回想に浸る俺を、ボーイッシュな子が咎める。いや、単純に心配してくれてるのか。あの時の店員のせいで、心が荒んでたよ。


「いえ、この作業をしてたら昔を思い出しまして」

「興味深いね。休憩の時に聞くよ」


 本当に興味があるのか疑わしいほど淡泊にあしらい、本を運ぶ作業に戻るボーイッシュな子。俺の目測が正しければ百五十センチもないのだが、よくもまあ軽々と運べるものだ。もしや小学生か?


「ほら、キミは男の子だろ? 普段、老夫婦がやってる作業くらい、パパッと終わらせなよ」


 シャツの裾で額の汗を拭いながら、さわやかな笑顔で語りかける。悪気はないのだろうが、ハッキリ言って頭にきたね。

 その人達は、趣味でこの仕事をやっているんだろ? 強制的にボランティアさせられてる俺に求めるなよ。というか、早朝だぞ? 大学が休みの貴重な一日だぞ?

 やる必要のないことをやらせておいて、なんだ、その言いぐさは。俺は臆することなく、ハッキリと言ってやったね。


「すみません。すぐ終わらせます」


 怖いんだよ、面と向かって強気に出るのが。

 女性相手なら一対五でも勝てるとか思ってたけど、冷静に考えたら無理だ。人を殴るのも怖いし、殴られるのも怖い。さらに言えば、女性を殴ったことに対する世間からの批判、制裁も怖い。

 そもそも、怖くなかったらボランティアなんて断ってるよ。こんなカビ臭い書店の手伝いなんて、時給千二百円でもやる気が出ない。


「そろそろ教えてくださいよ。なぜ書店の手伝いを?」


 掃き掃除をしながら、解消するタイミングを逃していた疑問をぶつける。


「キミの性根を叩きなおすためだよ」


 何だこいつは。誰にものを言っているのだ。


「ネカマなんて二度としないように、真人間に戻してやろうって計らいさ」


 余計なお世話だ。人にとやかく言えるほど偉いのか、アンタは。こういうヤツにはハッキリと言ってやる必要があるな。


「こ、こんなこと言うのもアレですけど、俺を奴隷にしてきたアナタたちも……どうかと……思います……はい」


 どうだ。脳内シミュレートの十分の一くらいハッキリと、物申してやったぞ。


「正直なところ、それに関しちゃ私もあんまり乗り気じゃない。まあ、これも性根を叩きなおす一環ってことで」


 横暴すぎやしないか?


「それにしたって、なぜ書店の手伝いなんです?」

「困ってる人を助ける。これ以上の更生があるかい?」


 あると思う。普通にあると思う。なんなら、大分、変化球だぞ。


「困ってるのは、なんとなくわかりますよ。老夫婦が営むには重労働すぎます」


 まだ本の運搬と軽い掃除しかしていないのでなんとも言えないが、きっと序の口なのだろう。よくもまあ、年寄りがこんなことをできるな。


「息子さんも孫も一切、手伝ってくれないらしい。なんのための家族なんだ」


 迫力はないが、怒っているらしい。そりゃ、こんないつ潰れてもおかしくない店手伝わんだろ。本業だってあるだろうに。


「俺ら大学生ならまだしも、社会人には手伝う暇ないんですよ。きっと」

「私は社会人だぞ」

「えっ」


 聞き間違いだろうか? このちんちくりんが社会人? いや、大学生も社会人も身長は変わらんだろうけど、それにしたって納得できない。


「あの、失礼ですが、おいくつでしょうか?」

「二十七だ。本当に失礼だぞ」


 冗談、ということでいいのだろうか? 逆鯖読みというやつだろうか?


「明らかに学生ですよね?」


 正直、中学生でも通用すると思う。


「お世辞はやめなって。もう結婚を考え出す歳だよ」


 結婚適齢期の女性は、シャツの裾で汗を拭ったりしないと思う。


「そういう相手がいるのですか?」


 年上だと信じたわけではないが、妙に縮こまってしまう。どうしよう、アラサーの友達なんていないぞ。別にネカマ討伐五人衆は友達じゃないけど。


「いるわけないだろ。男と間違えられるくらいなのに」


 正直俺も、初見の時は思ったよ。『なんで女子大生の中に、中学生男子が混じってるんだ? オネショタか?』ってな。


「漫画じゃないんですから、こんな可愛い男いませんって」


 第一印象を無かったことにして媚びを売る。別に嘘をついているわけではないので、問題はないはずだ。


「あんまりアラサー女をからかうな。性根叩きなおしパンチをぶちこむぞ」


 なぜか帽子を深くかぶり目を隠す。その動作よりも、技名のダサさが気になって仕方がない。


天馬てんまさん、さっぱりしてるからモテそうですけどね。裏表がなさそうというか、頼りがいあるというか」


 見た目はさておき、年上っぽさ、姉御肌は感じている。見た目はさておき。


「アラサーをからかって楽しいか?」


 めっちゃ年齢気にするやん。というか、なんで帽子で目を隠してるんだろう。


「からかってないですよ。なんでかわからないんですけど、天馬さんの前だとお世辞とか嘘とかそういうのダメな気がしてくるっていうか、全部さらけ出したくなるっていうか」


 実際、いつもより饒舌になっているのを感じる。カリスマ性なのか? それとも年上の包容力?


「……年上と年下、どっちがタイプだ?」

「え? どっちかと言えば年下ですけど」

「性根叩きなおしパンチ!」


 極めて理不尽な肩パンをくらう。え、なに? 年下派って性根腐ってんの?


「なんですか急に」


 そんなに思い切り殴られたわけではないが、拳の面積が小さいせいか痛い。


「身長差を理解しなよ。私の身長なら全力の正拳突きを鳩尾にぶちこめるんだぞ」


 低身長ゆえの利点もあるもんだな。日常生活で絶対に役立たないだろうけど。


「言っとくが鳩尾も慈悲だぞ。度が過ぎたら急所にいくからな」


 股間に寸止めされ、思わず腰を引く。別に情けなくない。反射の一種だ、反射の。

 あと、鳩尾も急所だと思うぞ。何が慈悲だ。


「ぶちこまれるようなことしませんって」

「したぞ、今しがた。初犯だから肩パンですませたけど」


 初犯とは? この国じゃ年下派の男は、股間に正拳突きをぶちこまれるのか? 独裁国家でもやらねえよ。


「どこがダメだったか、具体的に教えてくださいよ。天馬さんの嫌がることはしたくありません」


 どこが地雷だったのかハッキリさせておかないとな。急に正拳突きをされたら、たまったものじゃない。玉だけに。


「いいから掃除をしろ。私は棚の整理をしてくる」


 地雷を隠したまま、店内にひっこむ。勘弁してくれよ、これからマインスイーパー感覚で会話しなきゃいけないのかよ。


「棚は俺がやりますよ。高いところもありますし」

「年上な上にチビで悪かったな!」


 ほら、一発目で地雷踏んだよ。マインスイーパーの一手目は絶対にセーフのはずだぞ。言いたいことは山ほどあるが、正拳突きが怖いので黙々と掃除をこなす。

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