第14話 覚醒(1)

 ぼくはアイと唇を離すと、照れくさくなって思わず下を見た。

 アイがぼくの手を握る。


 ぼくは、勇気を出して顔を上げると、アイの目をもう一度見つめた。

「タツヤ……あなたを絶対に死なせはしない」

 アイが目を逸らさずに言った。


 ぼくはアイの言葉に身震いした。


「死なないように努力するよ……ところで、いいかな」

 ぼくは心に引っかかっていたことを口にすべく、握っていた手に力を込めた。 


「何?」

「一つ、どうしても気になることがあるんだ」


「うん……」

「じいちゃんたちだけど……大丈夫かな? あの追っ手は殺したけど、じいちゃんの顔も見られているし、もし別の追っ手に情報が共有されていたらまずい感じがする」


 アイは手を離すと、顎に手を置いた。

「確かにあいつに顔は見られているけど、何か情報を送っているような余裕も無かったと思うわ。あなたを殺そうとすることで精一杯だったはず」


「でも……それは絶対じゃないだろ? もし、あの男がやられる直前にぼくのことを別の追っ手に伝えてる可能性もある」


「まあ、確かに、絶対ではないけれど……そうね。それじゃ、こうするわ」


 アイは少し考えて、右の手のひらを上に向けた。すると、手のひらから小さな双葉の植物が四つ生え出てきた。そして、部屋の隅へと歩いて行くと、小さな箱を持ってきて蓋を開いた。


「私の体組織の一部なの。これをこの機械に持たせる……」

 箱の中には、四つの緑色の虫のようなものがあった。


「機械? 虫みたいに見えるね」

「そうね。地球風に言うならナノマシンでできた自律型ドローンってやつね。これはアノンダーケ星の技術で作られた超小型の自律型のマシーンなの」


 アイは説明しながら、手のひらの双葉をそのドローンの背中に乗せていった。

 そいつらは背中の羽のようなパーツを羽ばたかせ、空中に浮かんだ。


「これでタツヤの家の様子を常時見張るわ。もし、アノンダーケ星人が家の側に来たらすぐに分かる」


「そんなので分かるの?」

「分かるわ。この体組織と私は感覚が繋がっているの。アノンダーケ星人特有のフェロモンを感じたらすぐに伝わるわ」


「そうか。分かった。でも……」

「それでも、帰りたい?」


「うん。ぼくの事情を説明してあげたいし、とりあえず心配しないでって伝えたいよ」

「それも、おじいさんがおばあさんには説明してくれるわ。軽トラで聞いたでしょ。大丈夫よ」


「マジ?」

「うん。マジ」

 アイがにやりと笑った。


「まあ、それでも帰りたいんだったら……」

「だったら?」


「条件をクリアしてもらうわ」

「条件?」


「ええ。タツヤの中に眠る王族の力を呼び起こす。最低限、戦える力を身につけてもらわなくては……それが家に帰る条件よ」

 アイはぼくの目を見つめて頷く。その目は絶対に引かないという決意に満ちていた。


「分かったよ。でも、本当にそんな力がぼくにあるのかな?」

 ぼくは根負けして訊ねた。


「あのとき……黒田くんたちに襲われたときにも、ほんの少し目覚めかけていたんだけど、気づかなかった?」


「言われてみれば……」

 ぼくは、あのときのことを思い出し、唾を飲んだ。

 石に足が引っかかって転けてしまったのだが、それまでは四人の攻撃が手に取るように分かり、動きそのものもゆっくりに感じたのだ。


「しばらく私の言うとおりに訓練してもらうわよ。あとは早く真の力に目覚めること。それだけよ」

 アイはそう言うと、ぼくの背中をパシンとはたいた。


 アイに促されて、壁に向かって立つと、

 シュン

 と、音を立て、四角い出入り口が開いた。


 出入り口の外には、太い木の枝がある。

 ぼくは枝の上に降り立った。


 野鳥の声が、そこかしこから聞こえてくる。

 建物の外は、深い森の上だった。


 辺り一面に生える森を見下ろす高さに、太い枝はあり、さらに上に樹の幹は伸びている。これまで見たことが無いほどの巨樹だった。その枝に包まれるように、小さな箱形の家が乗っている。


 ログハウス風の内装と異なり、家の外側は黒灰色の滑らかな材質でできていた。継ぎ目は見当たらず、何の材質でできているのか想像もできなかった。


「この樹って、何?」

「これはね、ひのきっていう樹らしいわ」


「檜ってこんな枝振りだっけ?」

 炎が燃え盛るように、枝が上に向かって幾つも伸びている様を見て言うと、


「タツヤのイメージは、製材用に人間が育ててる樹のイメージなんじゃない? これが本来の自然の枝振りなのよ。最初にここに着いたとき、一番大きな樹を探してここにたどりついたんだけど、この子、樹齢千六百年くらいはいっているわ」

 と言い、アイは苔むした樹肌を撫でた。 


 濃密な酸素と木々の匂いが気持ちいい。空気を吸い込みながら、下を見るとかなりの高さに家があることが分かる。


「千六百年て……凄すぎるよ。でも、こんな大きな樹なら有名になりそうなもんだけど……」


「結構山深くて、人の入って来にくい場所だし、他の樹もそれなりに大きいからね。一番近い林道とこの森の間には、手入れされていない人工林と雑木林が混じって生えてるから、ここまでくる人はいないんだと思う」


「人工林はもう誰も手入れしてないってこと?」

「そうみたい。杉や檜は途中から枝も打たれていないし、間に楢や橅みたいな広葉樹もたくさん生えてる。長い間、放置されてしまってるのね」


「そっか……でも、これ、どうやって下に下りるの?」

「さっき言ったでしょ? この家は元々宇宙船だって」


 アイはそう言うと、パチンと指を打ち鳴らした。その途端、家の入り口のドアから下に向かって、円筒形の光の柱が下りていく。


「さ。行くわよ」

 アイはそう言うと、ぼくの手を引っ張り、躊躇すること無く光の柱の中に足を踏み出す。


 すると、ぼくら二人の体はふわりと空中に一瞬浮かび、ゆっくりと下に下りていった。


 地面に着くと、アイは距離を取って、ぼくに対峙した。

 足の下は、柔らかい落ち葉と黒い土が混じった柔らかな地面だった。大きな枝葉のせいで、日は陰るように落ちていて、岩や樹肌にはびっしりと苔が生えている。


「まずは、タツヤの力が今どれくらいなのかを調べるわ。とりあえず、かかってきて!」

 アイは大きな声でそう宣言した。


「え。かかるって?」

「ほら。私は大丈夫だから、殴りかかってきてよ」


「そんなの無理だよ。女の子を殴れないよ」

 戸惑いながらそう言うと、


「もう。それじゃ分かんないじゃない。仕方ない。私から行くわ。頑張って避けて。もちろん攻撃してきてもいいわよ」


 アイの右手が瞬く間に太い触手に変化した。あの男を絞め殺した強力な触手だ。こんな力がぼくの中にも眠っているというのか――


 逡巡している間に、その触手は頭の上へ振り上げられた。

「行くわよ!」


 アイが叫ぶのと同時に、触手が打ち下ろされた。

 ぶんっ

 風を切る音が聞こえてくる。


 飛び込むように、地面を転がる。顔や髪の毛に落ち葉がくっつくが構わずに何度も転がった。


「逃げちゃ、ダメッ!!」

 立ち上がった瞬間、アイの叫び声が聞こえた。


 再び打ち下ろされるアイの触手。

 喰らえば死ぬ。

 

 だが、ぼくは避けずに、右腕を頭の上に掲げた。

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