第7話 文化祭(2)

 文化祭の前日の夕方。

 1-Bのみんなは揃ってクラスの改造に精を出していた。


 ノコギリの音や金槌の音と一緒に、作業を続けるみんなの話し声もそこら中から聞こえる。


 まずは、設計図班が中心になって考えた設計図を教壇側の入り口に置いて、机を積み上げて通路を作っていった。積み上げた机は崩れないよう、角材とガムテープ、ビニール紐で補強をする。更に、暗幕をかぶせ、机だとは分からないようにしていくと通路が完成した。


 窓からも日光が入ってこないよう、カーテンをして目張りをする。そして、幽霊やお化け役が隠れる場所も段ボールと角材で補強を入れながら作っていく。


 主に重たいものを使う作業は男子たちがやったが、女子たちは入り口の方で飾り付けのかわいいお化けの絵を描いたり、お化け役が被る白い布を裁縫したりしていた。


 ぼくはみんなに混じって作業をしていることに、不思議な一体感と高揚感を感じていた。みんな作業に集中しているせいなのか、これまで常に感じていたような疎外感も全く感じない。文化祭に何の期待もしていなかったので、初めてクラスの一員になったような感じがして、ぼくは、すっかりこの状況を楽しんでいた。


 夜七時になる前に作業は終わった。早く撤収して帰宅するように校内放送が促す。

 作業が終わった頃、担任の田原先生がやってきて、できばえを褒めてくれた。ぼくらは出来上がったお化け屋敷の飾り付けの前で、先生に集合写真を撮ってもらった。


 その写真はメッセージアプリのクラスのグループにアップされた。ぼくにとっては、この学園に入って以来、初めての思い出の一枚になった。


      *

 

 文化祭の当日。

 朝から、しばらくの間は暇だった。誰もお客さんが入らない時間が三十分くらいあって、その間はお化け役どうしで話をした。


 昨日は何を食べただとか、あの女の子はかわいいとか、たあいの無い話が大半だったが、たまにぼくにも話を振られたときは、慌てた。今までの学校生活で、話しかけらる事がほとんど無かったからだったが、そんなひとときも楽しかった。


 ただ、暇だったのはその時くらいで、後はずっとお客さんが入り続けた。

 糸で吊ったこんにゃくを使って脅かしたり、怖い音楽をかけて脅かしたり、お化けの衣装を着て脅かしたり、それぞれが、ぞれぞれの役割をして、やって来るお客を怖がらせるのは何気なにげに面白くて楽しかった。


 ぼくは最後の曲がり角に構えて、下からライトで照らされて出てくるゾンビの役だった。ずっといるんだったら、メイクも落とす必要が無いだろうということで、この役に決まったのだったが、これが予想以上にはまった。


「ひいやあああ!!」

「うひゃあいい!!」

 下から照らされたぼくのゾンビメイクを見たお客さんは、ほぼ、ほぼ、全て、今まで聞いたことのない奇天烈きてれつな叫び声を上げた。


 ぼくは必死に笑いをこらえ、来る人たちを脅かし続けた。

 物言わぬ偽物の魂を持つ肉食の死体、ゾンビ。虚ろな目で、スローモーな動きで、そして歯をむきだして、忠実にその役を演じ続ける。

 

 ここで終わりだと思わせる最後の曲がり角に、これまでとは全く異なるリアルなゾンビがいることで、思わぬ恐怖を感じさせることができているようだった。


 こんなふうに汗だくになりながら、ぼくはゾンビ役を演じ続けた。充実感と言ったらいいのか、高揚感と言ったらいいのか、ぼくはゾンビ役をやることにもの凄くやりがいを感じていたように思う。


 すると、突然、

「差し入れ」

 と、本当にちいさな声でささやかれ、ビニール袋が手に押し付けられた。


 ガサ、ガサとビニール袋の中を探ると、中にはコンビニのおにぎりと菓子パンがあった。


「ありがと……」

 ちいさな声で返した時には、もうその人は居なくなっていた。


 クラスの誰かが、みんなに配っているのかなと思いながら、菓子パンを口にする。


 ぼくは、その甘さを噛み締めながらゾンビの格好をしたまま、ちょっとずつ食べた。さっきまで気にならなかったが、食べ始めると、とてもお腹が空いていることに気づく。クラスの一員になれたかのような充実感を感じながら、ぼくはあっという間に菓子パンとおにぎりを食べ終えた。


 こんな感じで、1-Bの出し物であるお化け屋敷は好評を博し、順調に日程をこなしていった。


 午後四時を過ぎ、お客さんも途切れてきた頃。もう、そろそろ終わりかなと思っていると、突然、何の前触れも無く後ろから背中をツンツンとつつかれた。


「え、なに?」

 思わず声を出して、びくっと反応してしまったぼくは後ろを振り向いた。

 その拍子に右肘が、何か柔らかいものを押しのけるように触れた。それはうっとりするくらいに柔らかかった。


「や。もう」

「え!?」

 もしかして、今触れた……ふわふわした大きなものって……たぶん……。


「ご、ごめん!」

 ぼくは反射的に謝って頭を下げた。すると、

「ホントだよ。気をつけてね」

 その女の子は笑いながら、そう言って下げた頭をポンポンと軽く叩いた。


 その声を聞いて誰だか分かった。

「アイさん?」

 こそ、こそ、と訊くと


「うん。そう」

 笑いながら返事が返ってきた。

 ぼくも思わず笑い声を上げてしまう。


 すると、

「こら、笑ったりすると誰も怖がらないぞー!」

 と、注意する声が聞こえてきた。声からするとたぶん委員長の中田だ。


 ぼくは、唇に指を当てると

「しーっ」とちいさな声で言った。


「なんで、ここに来たの?」

「お昼にも来たのよ」


「え。じゃあ、おにぎりと菓子パンは……」

「うん。あれ私」


「そっか。ありがとう」

 ぼくはあれを持ってきたのが、アイだったことに驚きつつ、感謝した。


「ここは暗いし、何も言わないから分かんなかったよ」

 ぼくたちは本当にちいさな声で、こそこそと話をした。


「でも、タツヤはみんなが嫌がることをやって偉いよ」

「え。そ、そうかな……」

 引き受けた理由はそんな褒められるものでは無いんだけどな。そう思いながら、ぼくは頭を掻いた。


「なんか、こんなふうに話すのは久しぶりだね」

 ぼくがそう言うと、

「本当だよ」と、アイは言った。

暗くて分からないが、頬を膨らませているような気がする。


 ぼくの顔は火照った。

 何て返していいか分からず、しばらく無言でいると、お化け屋敷の入り口の方で物音がした。


「お客さんだ」

 ぼくは、こそこそと言ってゾンビ役をこなすため、準備をした。アイは無言で後の方で隠れている。


 そんな感じで、終了の時間の四時三十分まで二人で過ごした。

 ぼくは幸せだった。この学園に入学して以来、こんなことは今まで一度も無かったからだった。

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