第2節 チョウコクウサギ


 リジェール地方北部のタカマ砂漠でチョウコクウサギを最初に発見したのは、アメリカの考古学者ディーン・ケリー(注1)であった。


 激しい砂嵐によって中断したコヤ文明の石器の発掘調査を再開するため、丘陵近くの岩壁に向かったケリーは、ほぼ垂直の岩肌にいくつもの小さな膨らみを認めた。


 それは紛れもなく、小動物の群れの彫刻であった。ウサギ程の大きさの彫刻たちには、頭部を失っていること以外に風化の影響を示す形跡はなかった。


 その後、ケリーの報告を受けたウーディ考古学研究会が調査を行ったところ、8体の彫刻のうち1体は、ごく最近彫られたものであると判明した。              


 ケリーは、この事実を受け、彼の「罪」を自白した。


「はじめ私が見つけた彫刻は7体であった。しかし、この彫刻たちに相見えたとき、私は知ったのだ。彼らが生きているということを。彼らが何であるかを。そして、私の使命を。私が正気を取り戻したとき、足元には私のノミと金槌が転がっていて、目の前には8体目の顔のないウサギが刻み込まれていた」


 このウサギ型幻生生物の幻覚は、人間の芸術的好奇心つまり創作意欲に作用し、それをはるかに増大させるものであると考えられる。


 一流の考古学者である彼にとって、出土品に手を加えることが許され得ない悪行であることなど百も承知であっただろう。研究会の報告を受けるまで、彼は、彼の身に起こったこと、そして彼の犯した行為が事実であるとは受け止められなかった。


 チョウコクウサギの幻覚作用は、彼の学術的プライドを封殺する程度には強大であるが、彼の報告を受けて到着した調査団の団員には、とりたてた変化は見られなかった。このことから、「チョウコクウサギを発見すること」がインスピレーションの萌芽のための必要条件であると推察されている。


 2000頁にも及ぶ『幻棲の記憶』(注2)を著したリチャード・コールソンは、この性質について、「人間を媒介した遺伝と繁殖である」と述べている。チョウコクウサギの幻覚によって、岩壁の中に息づく胎動を知覚した人間が、その可能性を現実に接続させるために岩を彫るのである。その人間は、既に露出しているチョウコクウサギの姿を模倣することによって、次世代の作品にその形質を遺伝させるのだ。


 多くの幻生生物が繁殖システムをもたない、あるいはその機構がまったく明らかにされていないなかで、チョウコクウサギの繁殖とその遺伝メカニズムを考察することは、幻生生物全体を文脈として捉えるうえで、重大な意義を持つ。


 ケリーの報告以降、堰を切ったように世界各地でチョウコクウサギの群れが発見された。そして、その群れには例外なく発見者の手によって新たなチョウコクウサギの像が彫り加えられていた。


(注1)

アメリカの考古学者。コヤ文字の判読によって、イベット出土石器群の用途を明らかにした。主な著書に『コヤの声』がある。


(注2)

リチャード・コールソン『幻棲の記憶』、ユリ社、ヴェンドン、1924年

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