第11話 彼岸花

「フハハ! これで終わりだ!」


 居合切りを躱した。

 カルネはその一刀を躱した事で興奮し、歓喜し高らかに笑った。

 居合切りはその特性上、究極の一撃必殺技と言える。間合いにさえ入ってしまえば、その尋常ではない速さとカミソリのような鋭さが相手を襲う。だがカルネはその一撃を見事躱して見せたのである。

 その一撃を躱した事により、カルネに勝機が訪れた。

 彼は神器を握りしめ、一発目を撃った際の反動で跳ね上がった銃口を、若きサムライの身体に向ける。至近距離には近づいた、しかしこの距離からの弾丸は絶対躱す事は出来ない。

 カルネはそう思っていた。

 だが、カルネの目に映っていたのは、想定外の出来事だった。

 居合切りを放ったサムライの身体は、その反動を利用し何故かカルネに背を向けたのである。普通であれば伸び切った身体にブレーキをかけ、二刀目を放つために体勢を整える。だが目の前に居るサムライは、あろうことか自分に背を向け、更に回転の加速を行ったのだ。


「……‼」


 次の瞬間、カルネの身体に激痛が走った。

 正確に言えば、神器を握っていたはずの右腕、そこに電撃のような痛みが走ったのである。

 カルネは自分が一体何をされたのか、理解が追い付かなかった。


「ぐあ……ああぁぁ……」


 カルネはあまりの激痛に表情を歪め、片膝をついた。


「あ、あり得ない……! お前の攻撃は躱したはず! どうして俺が斬られているのだ!」


 パックリと割れた右腕から、夥しい程の血液が噴き出す。乾いた大地にカルネの血と言う水分が沁み込み、彼の足元が赤く染まっていく。

 カルネは斬られた右腕を左手で抑えながら、目の前に立つサムライを見上げた。


「これがクサナギ流剣術、紫陽花」


 アキトはそう言うと抜刀していた刀をクルリと回し、鞘に納めた。


「別にそんなに驚く程の事じゃねェよ。だって一撃目はお前が躱しやすくするために、敢えて速度を落としただけだからな」

「‼」

「ニヒヒ。俺だって馬鹿じゃねェよ。銃と刀とじゃ距離の差は歴然だ。だから一撃目は近づくためにわざと外した」

「わざと……外した……だと……」


 カルネはその言葉を聞き、愕然とした。

 まさか自分が躱す事を前提で一刀目を捨て駒とし、二刀目で仕留める。そんな技があるとは思ってもみなかったのである。


「さァて、その腕じゃもう銃は撃てねェ。観念しな。それとも左手でもう一度勝負するかい?」


 あり得ない。

 こんな子供に自分が負ける事があるはずがない。神器を持つ転生者である、神に選ばれし男の自分がたった一撃で倒される事なんて、あってはならないのだ。

 カルネはそう思い歯を食いしばった。


「……お、俺がこの程度の傷で負けを認めると思っているのか! 俺はこの世界を支配する絶対強者だ!」

「だからさー。そこが間違ってんじゃねェの。神に選ばれたとか、世界を支配するだとか、そう言うのはもっと強い奴が言う言葉なんだってば。アンタ程度の人間見ればすぐわかったよ、たいした事ァないって」

「ふ、ふざけるなァァァァ! 俺の本当の力を見せてやる!」


 カルネはそう言うと神器を左手に持ち替え、立ち上がった。


「子供だと思って油断していた! だが神器には、隠された能力が存在する! お前にそれを見せてやろう!」

「そりゃ油断する方が悪いし、最初から全力で来いよ」


 それはアキトの言う通りだった。

 カルネは勝負を舐めていたと言っても過言ではない。


「ああ、それは申し訳なかった。だから全力を出してやるよ! 神器ピースメイカー!」


 カルネは自身が持つ、神器ピースメイカーの名を叫ぶ。

 すると左手に持っていた神器が浮かび、それと同時に同じ型の銃が空中に現れた。その数凡そ四つ。


「す、すげぇ! 銃が浮いてる! それに増えた! 手品みてェだ!」


 アキトはその光景を見て、素直に驚きの声をあげた。


「あ! それが宿屋の姉ちゃんが言ってた、実体を持った幻影ってやつか!」

「そうだ、これが俺の魔力を吸収した神器の真の姿だ!」

「すげぇぇぇ……やっぱじいちゃんの言った通りだ。神器には秘められた力『カムイ』が存在するって。でもな……この程度じゃ俺ァ止められねェぞ」

「ほざけ!」


 カルネは浮遊させた神器を操り、アキトの四方に展開させる。


「どうだ、こう四方に囲まれては如何に素早いお前とて、すべては躱せまい!」

「ず、ズリぃな!」


 アキトはそう笑うと、周囲に展開された神器を見ながら、その身をグッと屈めた。

次の瞬間、一丁の神器から弾丸が発射されアキトの髪の毛を掠めた。


「無駄だ! 俺の神器の弾丸が尽きる事は無い!」


 続けざま、二丁目の神器が火を噴く。そして三丁目、四丁目の神器が火を噴き、中央広場に激しい銃声が鳴り響いた。


「フハハ! どうしたどうした! 避けてばかりでは俺を倒す事は出来ないぞ! それとも何か、銃撃を避けるので精いっぱいか!」


 四丁の神器が宙を舞い、無限に装填された弾丸がアキトを襲う。

 その光景に中央広場に居た全員が、目を奪われていた。銃撃を躱し続けるアキトと、神器の力を使い攻撃を綴るける転生者カルネ。

 人間が弾丸を避け、神器が宙を舞う。

 果たしてこれが人間同士の戦いと言えるのだろうか。

 異世界からの転生者と、東方からの流れ人。時期こそ多少違えども、村に突然現れた二人の男の人智を超えた戦い。神器で銃と言う絶対的で強力無比な武器を目の前に、刀一本で戦いを挑む。これがどれ程物凄い事か。

だが勝負は一瞬で決まる、この場に居た全員が固唾を飲んで見守っていた。

 しかしそれは突然訪れた。一発の弾丸がアキトの左肩を撃ち抜いたのである。


「……ふ、フハハ! どうだ見たか! この神器ピースメイカーの集中攻撃を前にひれ伏すがいい!」


 そもそも無限に発射される弾丸を躱す事自体に無理があった。どんなに運動神経が良い人間であっても、所詮は人間であり銃の前には如何なる動物であっても敵う筈がない。今まで何十発もの弾丸を躱せていた事自体、奇跡と呼べるような代物である。

 左肩を撃ち抜かれたアキトの肩からは血が噴き出し、それは腕を伝って乾いた地面に滴った。


「いってェ。やっぱ全力でやらないとダメか」

「へ、減らず口を……! 手負いの貴様に何が出来る!」


 カルネに言葉にアキトは答えない。

 その代わり彼の雰囲気が一気に変わった。それは対峙していたカルネだけでは無く、周囲の人々もそれを察知した。


「俺ァ、許せねェんだよ。強い奴が弱い者いじめをする行為がよ」


 アキトはそう言うと、右足を前に左足を引き、腰を低く落とす。


「村を襲い、人の夢を踏みにじる。そんな奴最低だ」


 負傷した左手で腰に携えた刀の鞘を握り、少しだけ帯から引く。右手は刀の柄付近に下げ手のひらに力は込めていない。

 その様子を見てカルネは背筋が凍った。

 それは時代劇で観た剣豪の居合切り、それを行うための構え。

 先ほど見て体験した居合切りを再び放とうとしている。そう感じ取ったカルネに緊張が走った。

 銃が刀に負けるはずがない。カルネはずっとそう思っていた。だがそれは特定の条件下においての話。実際に対峙してみてはじめてわかるこの緊張感。

 一瞬の判断ミスで命が散る、魂の奪い合い。

 カルネは異世界アステアに来てこの世界の住人を殺した。しかしそれは一方的な殺戮であって、このような立ち合いは初めてと言っていい。

 平凡に暮らしてきたカルネにとって、それは異質中の異質。生まれ故郷のアメリカが如何に銃社会とは言え、人に向けて撃つ行為を平然と行える人間など、そうそう居ない。ましてカルネは命の駆け引きをした体験した軍人でも、ギャングでもない。ただの一般人なのだ。

 カルネは生唾を飲み込む。

 乾いた喉に少し潤いが戻る。しかしすぐにまたカラカラに乾く。唾液がまるでスライムのような粘着性を持ち、口の中を満たした。

 先手を取れなかった者に死が訪れる。

 皆そう悟った。

 それはカルネとて例外ではなかった。だが彼には絶対的な自信があった。

 目の前に居る若きサムライは左肩を撃ち抜かれ、既に傷を負っている。それにこちらは神器を持ち、奴の周囲四方を取り囲んでいる。自分の合図ひとつで再び集中砲火を食らわせることが出来る。誰がどう考えても、勝機はこちらにある。

 勿論、カルネ自身も傷を負っていたが、神器の操作に傷は関係ない。

 そう、関係ないのだ。


「死ね小僧!」


 如何に相手が化け物と言っても、所詮は人間。傷を負った状態で銃弾よりも速く切り込めるわけがない。

 カルネは四方に展開させた神器に魔力を注ぎ込んだ。次の瞬間には神器がそれに答え銃弾を発射する。そしてサムライの身体を撃ち抜く。そうカルネは思っていた。

 だがその時、カルネは自身の異変を感じることになる。

 時の流れが異様に遅い。

 これは一体どういう事だろうか、既に神器に魔力を流しており、銃弾を発射しろとの指令も出してある。しかし一向に銃弾は発射されず、周囲の風景がスローモーションのように緩やかに過ぎている事がわかる。


(これは一体……!)


 カルネは心底驚いていた。

 発射されるべき銃弾は発射されず、自分の意識だけがハッキリとみてとれるのだから。

 そして目の前には、若きサムライの姿。彼は緩やかに動くカルネの意識の中、驚くべき速度でこちらに足を踏み出す。まずは左足を大きく踏み込み、次いで右足を踏み出し大地を強く踏み込んだ。その右足の踏み込みの強さは激しく、足元の大地に小さな砂埃が舞った。

そして次に握りしめていた鞘を少しだけ身体の前方に押し出す。勢いそのままに右手で刀の柄を握り抜刀した。

 これは死に際に発生すると言われる感覚のスローモーション『タキサイキア現象』というものだと。

 そう悟った次の瞬間、何かが身体の中をスッと入り込む。それが振りかざした刀だとわかるまで少々時間を要した。刃は右肩の付け根あたりから、斜めに走る。そして左わき腹あたりまで伸び続け、刃は身体を離れた。


(斬られるとはこういう事なのか。こんな化け物に俺なんかが勝てるわけがない)


 カルネは目を見開き、ただ茫然と目の前で刀を振り抜くサムライを見つめていた。

 正直、痛みは無かった。それどころか、目の前で起きたとてつもなく不思議な現象に驚いていただけでそれは終わっていたからだ。それはまるで紙で指を切ったときのような衝撃、それの何百倍、何千倍も大きな体験。

 神器に魔力を込めたにも関わらず、銃弾が発射される事無く、身体の自由が奪われた。たったその一瞬の間に、自分の意識を若きサムライは切り離したのだ。

 薄れゆく意識の中でカルネは、サムライの顔を見続けた。そして彼は何事も無かったかのように、刀に付着した血を払い、ゆっくりと鞘に納め、こう言った。


「クサナギ流奥義、彼岸花」


 カルネの目に映る赤い花。それは確かにリコリスの花のような真っ赤でとても綺麗だった。

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