サムライゼロ 〜彼岸花〜

高樹シンヤ

第1話 クサナギ・アキト

 滅びゆく運命の世界、アステア。

荒涼とした大地とむき出しの岩肌。暮らせる土地は少なく、限られた水資源や領土を奪い合い、人々は争いを繰り返していた。

しかしそんな荒んだ世界であっても、生きる希望を失わず足掻き続ける国家があった。

東の大陸トゥーリアの中心に位置するクイーン連邦国。それは大小さまざまな国家によって平定された連邦国家である。クイーン連邦国は転生者が齎した神器を模した器具『魔導器』を開発し、その魔導器の普及によって国は爆発的な文明発達を遂げ、国民は戸惑いながらも、いつしかそれに順応し、与えられた平和の中で静かに暮らしてきた。


乾いた風が吹く。

風は砂埃を舞い上げ、大地から水分を奪っていく。

少年アキトは頭に被った三度笠の角度をクイッと指で整えた。

見渡す限りの茶色の地平線、一見砂漠とも見間違いそうになるほどの茶色いその世界が、アキトの目にはどれも新鮮に見えた。

クイーン連邦国東部にある小国ベルルーサに入ったのが、凡そ数日前。国境とは名ばかりの小さな関所を越えて、街道を進む。その道は石畳で舗装されている訳も無く、馬車が通っただけの車輪の跡が残る荒れ果てた道。

アキトが生まれ育った故郷・ヒノクニでは他の国に比べ気候も温暖だったため緑が生い茂り、生きるだけなら不自由は無かった。しかしここにあるのは痩せこけた山々と、乾いた大地のみ。日中は強い日差し、夜になれば凍えそうな程に寒い時間が続く。

故郷の村を出る際に祖父が揃えてくれた、日よけ用の三度笠、夜の冷えた気温や雨風を防いでくれる浅葱色の合羽が無ければ、こうは上手くいかなかっただろうと、アキトは思った。

本当に祖父には感謝しかない。しかし問題は多かった。

それは旅を舐めていたと言っても過言ではない、深刻な食糧不足だ。十分に用意していたつもりだったが、その見積もりが甘く二日前にすべて食べきってしまっていた。残るは竹筒に残ったわずかな水分のみ。

アキトは焦りつつも、少し口角を緩めた。

そう、これだ。これが旅。これが冒険と言うものだ。故郷の村の何不自由ない暮らしでは味わえないギリギリの感覚。それがここにあった。


「ぷはー!」


 アキトは節約していた最後の一口を飲み干す。

水はひどくぬるく、何日も竹筒の中に入っていたため、竹の味がしみ出してきており、正直うまいものではなかった。しかし喉の渇きに勝てるはずもなく、こんな不味い水でも風呂桶いっぱいに飲みたいものだとアキトは思った。

 空になった竹筒を鞄にしまいつつ、代わりに鞄から一枚の地図を取り出す。


「この地図によると、もう少しで村があるはず。そこまで我慢だ。でもどれぐらいあるのかな。うーん、まいっか。何とかなるさ。ニヒヒ」


 この不自由さの中にある自由がたまらない、アキトはそう思うとまた口角を緩めた。

 最後の水を飲み切ってから、また荒野を歩く。猛烈な日差しと容赦のない地面からの照り返しが彼の体力を奪う。少し日陰で休憩したいと思いつつも、それらしい適当な岩陰も木々も見当たらず、仕方なく歩みを進めた。


「ん? あれって」


 両足が鉛のように重く、歩み出すたびに靴の中に砂粒が入る不快感に耐えながらも、アキトは歩き続けた。太陽がアキトの真上に来る頃、彼の視界に人工物のようなものが見えた。一瞬、岩陰かとも思えたが、目を凝らしてみると建物のように見える。

 歩み進めると少しずつだが、建物の輪郭がはっきりし、建物の周りには木で造られたであろう柵が見え始めた。


「村だ!」


 人が居る。そう確信したアキトは嬉しくなり、笑顔が零れていた。

 水が欲しい。

 勿論、腹も減っていたが、それは二の次である。身体中の水分が奪われており、それを補給する事が最優先。アキトはまずはカラカラになった口の中をどうにかしたいと思っていた。

 はやる気持ちが抑えきれず、アキトはいつしか走り出していた。そして木で造られた門をくぐり抜け村の中に入る。

 ここまでくれば後は食堂を探すだけ。見渡す限り小さな村だが、旅人が休む場所ぐらいはあるはずと思い、建物に視線を向けた。

 門から伸びる道を囲むように、いくつかの建物が立ち並ぶ。どれも木造の家屋で、ところどころに鉄鋲が使われている。とは言え立派な建物とはお世辞にも言えない程にボロボロになっていた。人の気配は若干感じるものの、家の中に居るのか、それとも仕事などで外出しているのか、村全域が静まり返っていた。


「変な村だなァ。ま、いっか」


 村の不思議な空気に違和感を覚えたものの、ここでアレコレ考えていても仕方が無い。アキトは考える事を止め、とりあえず食事が出来る場所を探す事に集中した。

 キョロキョロと視線を動かしながら、アキトは村の大通りを歩く。

 村に入ってしばらく歩いたところで、看板のある建物の傍まで来ると、中から人気を感じた。それと同時に何か料理をしているのか、香ばしい匂いがアキトの鼻孔をくすぐった。


「良い匂いがする。ここが飯屋だな!」


 アキトはニヤニヤと笑顔をこぼし、入り口に設置してあった扉に手をかける。扉はバネ式のスイングドアで、中央部を軽く押すだけで室内に入る事が出来た。

 室内に入ると、木製のテーブルと椅子が数セットあり、建物自体が小さいため、店もこじんまりとしていたが、今のアキトには食事さえ出来れば文句は無かった。

 店の中にはテーブルを囲んで座り、何かのカードで遊んでいる老人が三人おり、他の客はいないようである。


「いらっしゃい」


 店内を眺めるアキトに対し、奥のカウンターに居る若い女性が言った。

 アキトは若い女性に視線を向ける。年のころは二十歳か、少し上ぐらい。

その女性は茶色の髪を後ろで縛り、少し汚れた前掛けと白いシャツ、黒のロングスカートに身を包んでいた。化粧っけは殆ど無く、頬に若干そばかすが目立つものの青い瞳も大きく、鼻も高く綺麗な顔立ちをしており、十分美人と言えた。

 アキトが暮らしていた村でも若い女性は居たし、女性と話した事がないわけではないが、彼女から出る大人の色気に、アキトは少しだけ頬を赤らめた。


「あの」

「うん?」

「食事出来るか?」

「ええ、勿論よ」


 女性は小さく頷き、ニッコリ微笑む。

 その仕草が実に可愛らしく、アキトは一瞬だけ目を奪われた。


「とりあえず喉が渇いているでしょ。こっち来て座って」


 アキトは頷くとカウンターに近づき、そこに設置してある椅子に腰かけつつ、頭に被っていた三度笠を外し、隣の椅子にそれを置いた。


「……ここじゃ見ない顔ね。それにその恰好。貴方、旅のひと?」


 女性はそう言いつつ、カウンター上に置かれているガラスのコップと水差しを引き寄せ、コップに水を注いだ。

 彼女に反応を返したかったが、乾いた口で上手く喋れず、返答は後回し。とりあえずは水分補給が最優先。アキトは目の前に置かれたコップを奪い取る様に持ち、口をつけた。


「んぐ……んぐ、んぐ!」

「あらあら、相当喉が渇いていたのね。おかわりいる?」


 水はぬるかった。

 でも文句は言っていられない。アキトは喉から胃に流れていく水の味を噛み締める。水は竹の味もしないし、変な匂いもしない。五臓六腑に染み渡るとはこういう事かと、知らず知らずのうちに笑顔が零れていた。

 アキトは無言で二杯目のおかわりをして、更にそれを一気に飲み干した。


「ぷはー! 生き返った!」

「フフフ、お水だけじゃ足りないでしょ。今は簡単なものしか出来ないけれど、それでいい?」


 その言葉にアキトは強く頷き、再びコップを差し出す。女性はまたフフッと笑うと、コップを受け取り、水を注ぎ、それをアキトに手渡すとカウンターの裏に姿を消した。

 アキトは注がれた水を飲みつつ、店内に視線を向ける。

 店のあちこちに穴が空いており、それを塞ぐために木の板と釘で修繕が行われた跡があった。テーブルや椅子も、床のあちこちがギシギシいっており、そこにも補修の跡。それは経年劣化と言うよりも、何か強い力で壊されたような感じがした。

とは言え、店内は綺麗に掃除がされており、砂埃が溜まっている場所や、蜘蛛の巣も見当たらなかった。そんな奇妙な店内を眺めていると、カウンターの裏から先ほどの女性が、両手に皿を持ってアキトの前に来た。


「はい、どうぞ」


 カウンターの上に皿が置かれ、アキトは目を輝かせた。


「いただきます!」


 アキトは両手を合わせて、その料理に飛びついた。

 皿の中にはソーセージが数本、しなしなになったキャベツのサラダ、冷めていそうなスクランブルエッグ、それにいつ焼いたか分からない程に少し湿ったパン。美味しそうとはお世辞にも言えない料理だが、今のアキトにとってはこれでも十分ご馳走だった。

 アキトは使い慣れていないフォークとナイフを手に取り、それらを口の中に放り込む。故郷の朝食にも遥かに劣る料理だが文句を言う事は無い。こんな荒野のど真ん中で食事が出来るだけ有難いものだと、アキトは思った。

そしてアキトは瞬く間に食事を平らげ、最期に残しておいたソーセージを頬張るとそれを水で流し込んだ。


「ああああ、助かったァ」

「ごめんなさいね。ロクなものがなくて」

「いや、すげー美味かった」

「フフフ、ありがとう。私はこの店の主人、リリアン。リリアン・ギリアム。あなた旅のひと?」


 リリアンと名乗る女性は、アキトの顔をまじまじと見つつ、視線を少しだけ下げる。その視線の先にはアキトの腰に下げた刀があり、それを見ている様子であった。


「ああ、俺はアキト。クサナギ・アキト。ヒノクニから来たサムライだ。よろしくな」


 アキトはそう言うとニヒヒと笑いながら、腰に下げた刀の柄頭に左手を乗せた。

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