[6]

 藍鉄が何を考えていたのか? それを推し量ることはできない。私たちはあまりにも離れすぎている。


   ◆


 輝成は見角を信頼していた。それ以外に彼を六掌として傍に置いておく理由がない。見角もまた輝成に忠誠を誓っていた。といって彼を王に押し上げようなどと考えてはいなかったろう。

 要するに輝成と見角の関係は藍鉄と遭遇する前の時点において極めて良好だった。遭遇した後においてもずっと良好だった。それがどこかの時点で変化した。

 彼らの心理を詳細に追跡することができればそのポイントは明確になるだろう。現在の技術では不可能なことだけれど。


   ◆


 こういう話は最初にも最後にも持ってきづらい。真ん中より少し後ぐらいがいいだろう。今のところ2000字×10話で2万字にする予定なのでだいたい6話目か7話目ぐらいに挿入できればいい。

 ただあんまり後回しにするのは読者に対するだまし討ちなのではないかという懸念がある。今の時代、膨大に作品があふれている。何を読むかを選ぶのは読者の権利だ。

 であればなるべく早くにどういうテイストの話なんだか示しておくのが親切というものだ。長ったらしいタイトルをつけるのもその一環と考えていい。

 半分をすぎてからこんな記述に出くわすのはどうだろうか? フェアとは言えないかもしれない。

 ただまあ一行目からして真っ当な作品でないとわかっていたはずだ。わかっていなかったとしたらそれは――言うのをやめておこう。


   ◆


 輝成はいつ王位簒奪の意志を持ったのか? それは人の心の中の話であってはっきり定めることはできない。

 一説によれば彼は最後までそれを望んではいなかったという。成り行き次第。結果として王位につく直前でさえ彼は自らそれを希望してはいなかった、かもしれない。

 優柔不断とは少し違う。彼は常に与えられたカードで勝負することだけを考えていた。つまり与えられるとは思っていなかったカードに興味がなかった。

 それはある種のイカサマで、彼は規定されていないタイミングで見角から1枚のカードを手札に加えられた。その時いったい彼はどのような表情をしたのだろうか?

 おそらく何食わぬ顔でそれを受けとって、ついでそれが使えるかどうかを考えて、使えるとわかったから使うことにしたのだろう。そのルールにあまり価値を見いだしていなかったから。


   ◆


 一旦休む。


   ◆


 実際において彼女がもっとも心を傾けたのは翔覧だったと考える人たちもいる。彼女の人生においてもっとも長い付き合いになったのはその弟子であるからそんなに間違ってはいないとも考えられる。すごした時間ではなしに瞬間に発生した強烈な感情にこそが意味があるのだ! というような理屈にもうなずけるものはあるが。


   ◆


 私たちは性交が成り立たない相手との間に愛を発生させることができるだろうか?

 発生したとしてもそれは観念的なもので持続することはない。けれども人間は不思議なもので大脳に支配されているから『ない』と言われれば言われるだけ逆にそれを持続させようとすることがある。

 意地と一言で切り捨ててしまうには複雑な機能だ。何か彼らにはそうすることがとても重要なことになっている。私たちは多大なコストを支払って神経を発達させたがそれは生存について十分なリターンをもたらしているのだろうか?

 それを厳密に検討するには人間の次の生物に期待するしかない。私たちは私たちを取り巻く現実を正確に把握することはできない。そういう風にできている。


   ◆


 打庭国首都に足を運ぶ。今はその名前すら残っていない。藍鉄の住んでいたという森も現在では切り拓かれ街が広がっている。

 1体の石像が立っていて台座には、『昔このあたりに藍鉄の暮らしていた小屋のあったそうです』と書かれてあった。正確さには欠けている。ただの観光地。


   ◆


 なぜ魔女はわざわざ素質のある子を探し出してまで自らの後継を作ったのだろうか?

 ひとつは技術の継承、彼女らは自分たちが受け継いできた技術を愛していた。故にそれが失われる事態を避けた。

 ひとつは周囲からの要望、国家権力と結びついた魔女はその国家権力によって弟子の育成を求められた。そうしてその中で優秀なものが次代の魔女に選ばれた。師弟によって国家における立場が引き継がれる例は数多い。

 ひとつはある種の本能、魔女は子をなすことはできない。弟子を育てることによってその欲求を満たしていた、のかもしれない。


   ◆


 明言されていることではないが藍鉄の白縫に対する勝利が打庭国と甲陸国の間に不可侵条約が結ばれる要因のひとつに数え上げられる。打庭国が十分な武力を備えていることの証明になった。

 二国間の条約が正式に締結されたのは藍鉄の勝利からおよそ1年後のことだ。もちろんその成立には見角の奔走によるところが大きいだろう。

 とにかくこの条約により仮に打庭国が北方の虎口に対して反攻を企てたとしても背面から甲陸国に不意打ちを受けるという心配はしなくてよくなった。

 そうした条件が後に打庭国滅亡を導くことになったとも考えられるがこの条約自体は評価されていいものだ。


   ◆


 どこかに明確な分岐点があったようには思えない。すべてが終わった後で振り返ってみてもそれは見つけられそうにない。

 ゆるやかに、自分でも気づかないうちに、静かにそれは進行していって、気づいた時にはもう取り返しがつかなくなっていた。


 ――綺麗に酸欠させられたみたいな感じですか?

 うん、そうだね、おおむね間違っていないと思うよ。多分その変化は人間には感知できるようには設定されてなかったんだろうね。

 僕は、どちらかというと僕たちは、目まぐるしく変化する状況の中で、常に最善と思われる手を指してきただけだった。


 ――最善とは、どのような意味で最善なのでしょうか?

 難しい質問だ。

 むやみに勝負を引き延ばそうとはしなかったね。それはじわじわと死んでいくだけであって、敗北するのとさほど意味が変わらないから。

 例えその滅びが近づくことになったとしても、常に可能性が残る手を選ぼうとしてきた。まあ選ぶといっても自分たちに与えられた限られた選択肢の中からだったけど。


 ――自ら望んでその道に突き進んだわけではない、と?

 そうそう、その言い方が近いだろうね。

 僕は状況に翻弄されつづけた。絶え間なく課題を突きつけられて、なんとか生存を維持するために、それを時には解決し時には無視した。

 主体的に何か大きな枠組みを想定して、自分たちの理想を構成したことはなかった。多分だけれど、彼に尋ねても似たようなことをこたえてくれるはずだよ。

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