第9話

 あの日、ちょうど千景ちかげが隣のクラスに行っていて居ない時だった。

 白楽はくらはすぐ隣の永嗣えいじに耳打ちをしていた。僕の距離からでは何を言っているかは全く聞こえないくらいの、小さな声。

 少しだけ、不快に思った。

 僕たちの仲なのに、何故永嗣にだけそんなに親密なんだと。

 そういう意味では僕も、永嗣に嫉妬していたのかもしれない。

 やがて白楽が教室を出て行き、少し遅れて永嗣も教室を出て行った。

 そして、美也子みやこが立ち上がったところで、千景が教室に戻ってきた。


「あれっ?永嗣と白楽は?」


 そう問う千景に、美也子が答えた。


「なんか、一緒に屋上行ったみたいだよ」


 驚いたことに、あの小さな声を美也子はちゃんと聞き取っていたようだ。


「えっ?」


 とたん、一瞬だけ、あからさまに千景の顔つきが変わった。

 そしてその後、千景はすぐに二人を追いかけるように教室を出て行った。

 千景は何か知っていたのかもしれない。美也子も僕も知らない、白楽と永嗣の秘密を。そしてそれは、千景にとってはあまり都合のいいものではなかったのだろう。あの一瞬の千景の顔は、そんな顔に見えた。


 千景は白楽とは中学から一緒で、中学の時から気が合っていたらしい。だから今でも仲が良い。

 そして、白楽のお気に入りの永嗣に興味深々のようで、永嗣にもよく話しかけている。

 最初、千景は白楽に気があるのかと思っていたのだが、心変わりでもしたのだろうか。永嗣が僕たちと行動を共にするようになってからは、千景は永嗣に気があるように見えた。

 もしかしたら、千景は白楽と永嗣のどちらにも異性としての興味は持っていないのかもしれない。ただの、人としての興味を持っているだけで。

 美也子は分かりやすく白楽に恋愛感情の好意を向けていたけれども、千景はそうではなかった。わざとなのか、もともとそういう性格なのか。いずれにしても、千景については僕はよく分からなかった。


 そういえば、白楽はどうなのだろう?


 この時、こんなことを考えた事を憶えている。

 白楽の意中の人が美也子じゃないことは確かだった。じゃあ、千景かと言えば、それも違う。仲はよさそうなものの、いわゆる恋愛感情的なものは感じられない。

 もしかしたら、この中にはいない別の誰かに好意を持っているのか。それとも、今はバイクに夢中で恋愛そのものに興味が無いのか。


 もしかして……永嗣か?


 ふっとこんな考えが浮かんだ。

 白楽がごく偶に見せる表情で恋愛感情的なものを感じるのは、永嗣に対する時だけなような気がしたから。僕の気のせいかもしれないけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る