第10話「回顧の駅|その1」
トンネルの中だから分かりにくいが、目的地が近いのだろう。列車が遅くなっていく。……それだけのことなのに、未だに恐怖と動悸が止まらない。実験が私に残した傷跡は、まだしばらく消えなさそうだ。
しっかりしろ私。初めての旅行が投影とはいえ何千年も前への時間旅行なんて、多分だけど私が初めてのことなんだから楽しまないと。主目的はそれじゃないとしても。
「あ……すまん。お前に嫌な記憶があるって知ってたのに」
遅くなる列車への拒否反応に耐えていると、そんな私の様子に気づいたのかクレイドルが本気で申し訳なさそうに言う。けれど。
「着く先が地獄じゃないって分かってるから、平気」
それに今は、心強い同行者がいる。記憶にこびりついた恐怖は消せなくても、それを打ち消して余りある安心感を与えてくれる同行者が。
「だから気にしないで、クレイドル」
そう言ってみるけど、クレイドルから沈んだ気配が消えない。クレイドルに救われた身としては、これくらい些細なことなのだけれど。
そんなことを考えている間に、窓から眩い光。どうやらトンネルを抜けたようだ。
「ようこそ数千年……具体的な数を言うなら7000年くらい前へ」
窓の外に広がるのは白。けれど『クレイドル』に来てすぐ見たような何もない空白の白ではない。磨き抜かれて汚れひとつない真っ白な素材で作られた建物が、視界を埋めつくしているようだ。
埋め尽くす、というのはそのままの意味で、ところどころに窓が開けられた巨大な壁がどこまでも、どこまでも続いている。壁の伸びる先は白く霞んで見えないが、恐らくはまだまだ続いているだろう。そんな規模感のおかしい建物が、列車の走る両側に屹立している。
「ここが目的地なの?」
「まぁそうだな」
デザイアが及ぼす影響は世界のどこにいても変わらないから、場所についてはどこでも良かったらしい。それでもここを選んだ理由は。
「ストラクチャー・ホワイトエレジー。俺の故郷だ」
「あなたの故郷、か」
ホワイトエレジー。白の挽歌、かな? 人が暮らす場所の名としては少々不穏だ。
列車の窓から見る限り、私が生まれ育った実験施設と同じような材質と色、というのが第一印象。実験施設の方はじっくり見る時間も心の余裕もなかったが、恐らくは建築様式も似ている気がする。やけに角ばっていて、装飾が皆無というぐらいしか共通点はないけど。
「もしかして外の世界って、こんな真っ白なのが普通だったりするの?」
七千年も前の人が暮らしている場所もこんな真っ白な建物なら、私が見たことないだけで外の世界はみんなこうなのかもしれない。
「普通じゃなかったはずなんだが……俺の時代にも色々あってな」
「ね、聞かせてよ。使命よりも、今はあなたの過去が知りたい」
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