第4話「語るは過去」

「ねえ、クレイドル」


「なんだ?」


 私の願望が創り出したという草原で、かなり長い時間を無言で寝転がっていたのだけれど。それでもすぐ反応が返ってくるあたり、もしかしてずっと見守ってくれていたのだろうか。


「私には、名前がないの」


「……!」


 クレイドルが言うように、私の中には一人で抱えているのが苦しい記憶がたくさんある。私の過去を知りたい人間……人間? がいるんだから、この際全部吐き出してしまおう。


「とは言っても、色々と呼ばれ方はあったよ? 009とか、ナインとか」


「……識別番号か」


「そう。今思えば、あの場所は隠匿された実験施設か何かだったんだと思う。私はここに迷い込むまで、そこで生きてきた」


 自ら閉ざした記憶の蓋を、少しずつ、少しずつこじ開けていく。


「私の番号は009……九番目なんだろうけど、私より若い番号の人に会ったことはなかった。私が連れてこられる前に『外行きの列車』に乗っちゃったんだと思う」


「列車……お前が最初に乗ってたボロボロのやつか」


「うん。滅多に姿を見せない管理人が来たと思ったら、外の世界に連れていってやる、って言って私たちをあの列車に乗せたの。あの施設は徹底的に外と隔離されてたから、そう言えば私たちが素直に乗るだろうとでも思われたみたい」


「ふむ」


「あと、私と同い年くらいの子が他にも十数人いてさ。……みんないい人だったんだ。あの人たちのお陰で、私はあの息が詰まるような狭い世界で正気でいられたんだと思う。……でも、そのあと始まった地獄のような日々では、私を苛む呪いに変わってしまった」


 狭くて、絶対的に隔離されていたあの施設。白い壁に囲まれたそこでの生活は、みんなのお陰で案外、悪くなかったのだけれど。


「全てが変わったのは、やっぱりあの『外行きの列車』。私たちが降ろされたのは、生臭い、鉄の、鉄の匂いが染みつい、た―――」


 忘れようとしていたあの匂いと景色が蘇ってくる。


「……うぅ、」


 ほんの少し、吐き気がしてきた。この場所では消化も、心臓を動かす必要もないらしいから吐き気なんて起こりえないはずなのに。


「ナイン? 大丈夫か」


「気分が……悪く……なっただけ……」


「いったん休め。お前の干渉力が暴走を始めている」


 そのクレイドルの声が、何だか歪んで聞こえる。周りの草原も、どこか崩れてきたように感じる。


「この場所は現実じゃない。意識の乱れが何 引き起 すか分かっ もんじゃ―――」


 ごめんなさい、クレイドル。また意識が落ちそう。


「抑えられなさそうだな、ナイン。まあ仕方ない。意識だけで意識の乱れを律するなんざなかなかできることじゃないからな」


 クレイドルの言う通り、忌まわしい記憶が湧き出て止まらない。意識が、まとまら、ない。チカチカと点滅する視界に映る草原も、私の干渉力とやらを受けて歪み始めているように見える。


「おっと、本格的にヤバそうだ。俺はお前が落ち着くまで避難してるから……まあ、ゆっくり寝てな」


 そこで意識は途切れた。

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