KINGS・EDGE

釣ール

第一話

 スーパーマーケットがやっていない早朝でランニングをしていた格提拳幽目かくていけいんゆうせいは水筒も忘れていたので、値上がっている自動販売機の飲料水の値段を見て小銭を入れる。


 買ってしまった。

 この損失は大きい。

 二十まで生き続けた後は正直、現実を突きつけられるたびに歩みを止めたくなる。

 立ち技ファイターとして暮らしているものの、今度は先の不安を薙ぎ払うために誰かと舌戦と打撃戦を繰り返したくてしょうがない。


 何が楽しくて今を生きているのだろうか?

 金は今はある。

 旅行もしようと思えばできるし、特に芸術や文学に触れたいわけでもない。

 だが殴り続けたり、蹴り続けるほど幽目はバトルマニアにはなれなかった。


 自分が生まれて少し経った時に、公務員が無趣味で困っていた時に古い案件を趣味で捜査する番組がやっていたらしい。

 着眼点は見事だったがもう、今じゃ法律的にできない。


 今の幽目にとってこのまま何も生き甲斐がないまま歳を重ねるのはつまらない。

 将来配偶者が出来るといいとは考えつつも学生の頃のようにはもういかない。

 こんなことなら学生時代を大切にすればよかった。

 いや、それでも…。


 幽目はいつもの廃ビルへ向かう。

 不謹慎かもしれないが幽目高には第六感が優れているのか、他者には視えないものが視えるのだ。


 廃ビルの屋上らしき場所からおそらく女性の姿をした幽霊がまっすぐ下に落ちて音もなく地面に叩きつけられている。


 その姿を最初にみつけたときは警察へ通報しようとしたが、すぐに痕跡が消えてまた廃ビルの屋上へ幽霊が立っているのをみつけて現状を察した。


 それ以来ずっとこの光景を見続けている。

 幽霊は観客である幽目がいるとわかると落ち方を変えたりしながら飽きさせないようにしていた。

 既に死んでいることを利用してエンタメをするなんて、なんとも感想が浮かばない光景だ。


 ランニングしてはここにきて見て。

 買い出しをしたらここにきて見て。


 欲望はそんなにないと思っていたのに自分も観客に魅せる側として立つ人間だからこそ、幽霊の謎の意地は目を見張るものがあるのかもしれない。


 なんて物騒な趣味だろう。

 幽目は今日も廃ビルにやってきて、観劇を続ける。

 今回は違う目的で。



 -見えざる水皮すいひ



 海に住み、淡水へ登り、そして空へ。

 荒唐無稽な生き物は弱点を残したまま地球の空から見下ろしている。


 ただのクラゲから随分と位が上がったものだ。

 人間の暮らしがそれぞれの陸地で定着しているのを観察して、本当によくできたコミュニティだと納得する。


 そこでレンズをフォーカスさせ、ある地点を覗くと建物から落ちるクラゲに近い姿の人間がいた。

 死んだ生物の成れの果て。

 どうやら人間ではこちらのような進化にはもう至れないらしい。


 陸で生まれて、陸で育ち、陸で死んで陸に落ちる。

 これが輪廻と呼ばれる呪いか。

 興味深いが折角、空へ行くまで進化したのだ。

 そろそろ陸地に居座る人間から支配権を奪おう。

 そのためには剛に入っては郷に従う。

 人間の成れの果てである落ちる者へとコンタクトを取ろう。

 そばにだれかいるが構うものか。


 空から落ちる者を迎え入れるだけなのだから。



 -廃ビルの中へ



 格提拳幽目かくていけいんゆうせいは幽霊の姿をしっかりと確認していた。


 服装も髪型も女性…年齢は若いままだが恐らく歳上。

 今こうして落ちている理由はいい。

 どうせ生きづらい世界を好きでもないのに産まれてしまい、生かされている。

 それは幽目も同じこと。


 だが同じ非日常を歩むものとしてなんだか親近感が湧いた。

 自分達の仲間では、そうした世界に身を置いているからか一般人の日常を欲しがる奴もいる。

 ただ幽目にとってはこのまま非日常に身を置いておきたい。

 もっとも幽目にとっての非日常というのはこうした普段お目にかかれない存在とのコンタクトくらい。


 無許可で廃ビルの中へ入るのは勇気がいる。

 今じゃ廃ビルとはいえ管理者が警備会社と契約していて迂闊には入れない。

 なんとか誤魔化して潜入し、記念にスマホで写真を撮ってから上へと登っていく。

 他にだれもいまい。

 もうすぐ会えますよ。


 廃ビルといっても建設会社がしっかりしていたのか古そうな階段を駆け上がっても崩れそうな不安はなかった。

 不況だからか二◯一◯年代のビルなのかもしれない。

 震災の歴史が出来たから耐久性について色々と試行錯誤していたのかもしれない。

 そんなビルも結局は廃れたわけだが。


 階段を上がり続け、もうすぐ幽霊へと会える。

 そう思っていたら古い扉が蹴飛ばされたかのようにこちらへやってきた。

 運良く避けることには成功したがそこには幽目の近そうな青年がいた。



「いつもここで何か見ている人…だっけ?」


 観劇する者は観劇もされている。

 そんな話を昔聞いたがここには先住者がいたようだ。


「あれ?

 あんた現役のファイターか?

 見覚えがある。

 俺はもうとっくに辞めたけど。」


 幽目は警戒を解いていないのでじっくり彼を観察し、構えていた。


 思い出した。

 雷帝鍾塊どらいとしょうき


 無理矢理興行に呼ばれて試合をした後は、就職をしたと聞いていたが。

 体格は今でも鍛えられているのか、幽目は彼の服から見える骨格と筋肉に恐怖を覚えた。


「あの幽霊が視える奴が他にいたとは。」


 雷帝は逃さないように幽目を逃さず、奥へと進ませぬよう眼光を鋭く向ける。


「少し会うくらい金はかからないはずだ。

 この廃ビルがお前のものと主張するには無理がある。」


「ああ。そうだ。

 けど、ここは一人になるにはちょうどいい。

 あの幽霊が視える人間は限られているのかは分からないが、警備の人ですら怖がってここへはあまり人が来なかった。

 だが、あんたが何度も来るようになって安心感を知った奴らが出てきて困ってる。

 だからここで倒れてくれないか?」


 雷帝は幽目がここへ来ることを見越して倒すつもりだったようだ。


 彼は落ちているコンクリートやガラスの破片を使ってリーチを確保している。

 接近戦にならないよう、ここの地の利を生かして幽目を始末する気のようだ。


 幽目は動体視力を利用して攻撃を避け、少しだけかじったパルクールで後退しつつも奥へと向かった。


 それでも会いたい。

 妨害があろうとも構わない。

 おかげで退屈を少しでもまぎれたのだから。


「雷帝!用が済んだらここからは立ち去る。

 お前も無用な消耗は若くても避けたいはずだ。」


「なら用が済んだらあんたはここから離れてくれるのか?

 そんなことはないはずだ。

 またあの幽霊に会うためにここへやつまてくる。

 ここを渡すものか!」


 投擲能力が優れている上に接近戦になったら雷帝の鋼の肉体でこちらの打撃は防がれ、あちらの打撃は致命傷になる。

 階級が違うからノーマークだったがここでまともに戦っても意味がない!


 理由は聞いてもなぜここまで妨害してくるのだろうか?

 事情はともかく幽目は奥へと進み、幽霊の元へ行く。

 雷帝も追いかけてくる!


 ここまで来たんだ。

 最後まで楽しんでやる。


 幽目はいつも見ている幽霊のいる場所へと外観から推測し内側から分析してやっと屋上へと扉を破ってやってきた。


 しかし姿は見当たらない。


 追っかけてきた雷帝も「クソッ!」と悔しがりつつも攻撃の手はやめていた。

 今度は逆に幽目が雷帝の元へ駆け寄る。


「いない!

 どういうことだ!」


「なんだよ。

 油断してるのか?

 舐めやがって!」


 雷帝の打撃は右腕でガードした。

 思っていたよりも軽くて逆に幽目がイラついた。


「油断しているのは雷帝の方じゃないか。

 幽霊なんて最初からいなかった。

 それは知ってる。

 だがホログラムなんか使ってイタズラでも仕込んでいたのか?

 何故いないんだ!」


「本物とは俺も断定はできない。

 だからってそんな手の込んだことで一人になれるのならここは選ばない。

 もっと頭を働かせろ!


 きっと…もう消えたのかもな。」


 ここまで感情移入するつもりはなかったから。

 だからこそお礼ぐらいはいいたかった。

 不謹慎な退屈しのぎを観劇していたからこそ。


「残念だったなあ人間。

 目当ての幽霊はこいつかい?」


 空から声がする。

 もっと荒唐無稽なことが起こった。


 幽霊を抱きかかえるクラゲが廃ビルの屋上から覆いかぶさっている。


「やっと空を支配できるところまで進化したお前たちの言葉で伝えるのなら『クラゲ』の進化体だ!

 お前達の死んだ後もこいつのようにクラゲ…我々に近い存在へと変わるようだけれど、浸透していないのか?お前達の教育では?」


 何が起きているかわからないことが連続して起こっている。

 雷帝は効かないとわかりつつもコンクリートの破片をクラゲ型生物にぶつけた。

 勿論当たりはしなかった。



「この幽霊はいいサンプルだ。

 そしてもうすぐ我々が人類にとって代わり地球を支配する。

 どうせこのまま生きていてもお前達にとってこの世は居心地が悪いはずだ。

 今、触手で悶え苦しまさせてやるからさぁ!」


 雷帝へクラゲ型生物の触手が伸びる。

 幽目はそんなつもりはなかったが蹴りでその触手を跳ね除けた。

 すると火花が散って触手に当たり、傷をつけることができた。



「な、なんだと?人間の攻撃が…そ、そんなバカな!」


 恐怖したクラゲ型生物は幽霊をさらってここから逃げた。



「待てえ!幽霊を…彼女を返せぇぇ!」


 クラゲ型生物と幽霊の姿は消えた。

 幽目は廃ビルの屋上でうなだれた。


 雷帝は助けてもらったことと、何故幽目の攻撃がクラゲ型生物に当たったのか、そして幽霊への執着の理由を知り複雑な気持ちでそばへ駆け寄った。


「あんたのこと、誤解してた。

 少なくともこの廃ビルに対して思い入れが強かったのはあんたの方だ。」


 雷帝は幽目へ手を伸ばす。

 幽目は彼の手を掴み、立ち上がる。


「俺の攻撃は奴には有効だった。

 この廃ビルの幽霊を見られるのは俺とお前と極少数の人間。

 あのクラゲもどこまでこの世界を見られるのかはわからないが、戦略的撤退をしただけで俺達を狙いにくる。

 それに逃しはしない。」


 その前に…と一呼吸いれた幽目は雷帝へ。


「気遣ってくれてありがとな。」


 とお礼を述べた。


 必ず見つけ出す。

 彼女を!


 こうして二人は廃ビルの守り人となった。

 クラゲ型生物の人間界侵略も聞いてしまったわけだし、このまま退けなくなりそうな事態へと巻き込まれたとも知らず。

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