第6話 ルリアという小娘


「ちょっとー、聞いてるんですかー? もしもーし」


 あっけに取られながら並び直しを思案していると、受付の人がテーブルから身を乗り出して、顔の前で手のひらをヒラヒラと揺らされる。服のサイズが大きいのか袖がぶかぶかとしていて、手を揺らすたびに袖も揺れていた。


 少し体が小刻みに震えているのは、身を乗り出すのに体をぐいっと無理に伸ばしているからのようで、どうやら背はちまっこいようだ。

 目測だが、大体150cmあるかないかくらいだろう。


「あぁ、すみません。ちょっと考え事をしていたので」


 俺は社会人として鍛え上げた営業スマイルをもって返事をするが、受付の女性はやや不機嫌そうな面持ちで、肩をわざとらしくすくめた。


「こーんなカウンターのど真ん前で、考え事とかしないでもらえますかー?」

 

 少しイラッとしたが、俺は大人だここは我慢だと自分に言い聞かせる。

 僅かに振れた拳の力を抜いて腕を回し、後ろ頭をカリカリと掻いて冷静さを保つ事にする。


「んで、結局ギルドに何のようがあってきたんですー? 」


 その女性は立ち上がった状態から椅子に座り直すとカウンターに両肘をおき、その両手で頬杖をつきながら尋ねられる。

 頬がむにっとつぶれるが、人を小馬鹿にしたようなとした表情は変わらない。

 黙っていれば可愛らしい女性なのだが……いかんせん。


 女性が座ったので、俺もカウンターの前に置かれた背もたれの無い簡易的な椅子に腰かけ、カウンターに肩ひじをつけ手に顎を乗せる。


「用事というか、そもそもギルドのこと自体がわからないんですよね。だから、基本的なことから教えてもらえると助かる、ってかんじなんですけど」


「え、それマジで言ってます?」


 にへにへとした笑みを急に消して真顔になり、頭のおかしな人を見るような目でこちらを見てくる。

 なんだよ、マジだよ悪いかよ――というかその顔はやめろ。


 きっとギルドの存在は、この世界で常識当たり前のことなのだろう。

 それを知らないといえば、そう言われてしまうのも仕方がない事なのかもしれない。

 しかし、こんな態度をしてくるのはだけだとも思うが。


 こういう時は――仕方がない。これは漫画の知識先人達の知恵を有効活用するしかないと、気持ちを入れ直してコホンと小さく咳払いをしてから言葉を発した。


「いや実は、最近記憶喪失ってやつになっちゃったみたい、でして……」


 精一杯の悲哀溢れる声色を出すが、相手の表情に変化は見られない。

 うまくいっているかは自分では分からないので少し困ったが、視線をうつむき気味にしてそのまま続ける。


「自分の名前だとか、わかる事もあったりはするんですけど、ほとんどの常識とかが抜け落ちていて、何が何やら……、分からない事だらけなんですよ。誰に何を頼ったら良いかとかもわからなくて。それで、おぼろげな記憶で、ここに来ればなんとかなる気がしまして、こうして立ち寄ってみた。というような感じなんですよ」


 口からでまかせにしては、及第点くらいの演技ではあったのではないだろうかと、少し自分を褒めてやる。相手の反応はどうだろうかと恐る恐る視線を上げてみる。


「ふーん、そんな事もあるんだねぇ。大変そーだね」


 と、まるで興味が無いかのように前髪を指先で弄りながら、目も合わせずに言われる。

 ――こいつ本当に腹立つな、と心の中で半分くらいキレかけていると、まぁでもぉと視線をこちらに向けたかと思えば、ニヤリと何処か得意げな表情をして急に立ち上がった。


「でもー、記憶なくって社会的にはダメダメでも安心してください、大丈夫ですよ! 私がなーんでも教えてあげますからねー、任せてよー。にへへへ」

         

 『ドヤ顔』をウェブで画像検索すればこの顔が書いてあるのではないかと思うほどのドヤ顔を見せつつ平たい胸元をトンと拳で叩くと、最後にウィンクを決められた。


 色々と詮索されたり疑われたりするよりかは全然マシではあるのだけれども、もう少しこう……態度というか喋り方というか、どうにかならないものだろうか。


 思わず頭を抱えそうになるが贅沢も言っていられない。

 何はともあれ、教えてもらえると言うのであれば色々と教えてもらう事にしよう。


 まずは、このギルドについて。

 そして出来ることなら、この世界についても。

 

 

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