第2話 不審者じゃないです


 そういえば、道端に布団を敷いて寝ている夢を何度か視たことがあるな。

 

 そんな事を考えながら、眠け眼ねむけまなこをこすりながらもゆっくりと起き上がり、改めて声の主であるおばちゃんの方を見る。


「全く、旅人か浮浪者ふろうしゃか知らないけどね、宿の真横でこんな寝られちゃお客さんがおっかながってしょうがないじゃないか。早く起きて片付けて、どいとくれ」


「す……すみません。すぐに、どきます」


 おばちゃんに言われるがままそそくさと布団から這い出ると、膝下ひざしたが地面とこすれてジャリッと音を立てる。少し痛いがその痛みのおかげで目が覚めてくる。


 布団を綺麗に畳んでその両端を掴み立ち上がると、おばちゃんが不機嫌そうに「さ、早く立ち退いとくれ」と、コバエかなにかを払うような仕草でこの場を去るように催促さいそくしてくる。


 何がなんだか分からない状況ではあったが、おばちゃんの視線に耐え続ける事ができるはずもなく、俺は重たい足取りで布団を持ち上げながらその場を後にした。





 布団を抱えて見知らぬ町並みを歩いていると、『なんだコイツは』と言わんばかりの視線を皆が向けてくる。

 俺からすれば『なんだコイツらは』と言いたいくらいなのだが。


 歩く人々はいわゆる『ファンタジー』と呼ばれる種類に該当するような身なりをしているし、町並みもマンガやアニメでみたような風景が続いている。


 そしてここは日本ではないし地球でも無い。

 そう確信出来たのは半獣半人はんじゅうはんじんの、所謂『獣人じゅうじん』の集団が俺の横を通過してからだ。


「これって、もしかしなくても異世界ってやつだよな」


 抱きかかえる布団にあごを乗せながら、誰に言うでもなくポツリとつぶやく。


 マンガやアニメでよく聞く『異世界転生』、もしくは『転移』か。

 最後の記憶が眠る前であったので、どちらの可能性もあるなと思った。


 自分の身なりを確認してみてみると、寝ていた時の服装では無い事がわかる。


 ふと自分の顔がどうなっているか気になり、近くにあったガラス窓に顔を近づけてみる。


「あーなるほどね。これは転生……かな?」


 反射する自分の顔は、見慣れたでは無かった。


 なんというかイケメンでもなければブサイクというわけでもない、何とも中途半端な『冴えない男』という印象であった。

 

 髪の長さはミディアムくらいで寝癖がついて後ろ髪がハネている。

 前髪は目を隠すか隠さないかくらいで、やや陰気いんきな雰囲気がある。

 年齢は元の年齢よりも若く見えるが、一体いくつなのだろうか。


「どうせ転生するなら、超絶イケメンになれっての」


 うらめしそうにガラス窓を見つめていると建物内にいる店主らしき人物と目が会い、いぶかしんだ様子でこちらをみてくる。


 そりゃ布団を持った謎の男が窓から中を覗き込んでいるとしたら、俺だって不審に思うし日本なら即通報ものである。


 俺は通報される前にとヘラヘラとしながら頭を下げて、その場を慌てて後にする。

 なんとも情けない姿である。


 何はともあれ分かったことは全部で三つ。


 一つ目は、何らかの理由でこの世界に転生したということ。

 二つ目は、その理由も分からなければ、これからどうすればよいのかも分からないということだ。


 そして三つ目は、何はともあれ此処ここが日本だろうが異世界だろうが生きていくには『金』が必要であるということ。

 そして俺はその命とも呼べる金を持っていない。

 つまり、このままでは再び死へ一直線である。


 なんというハードモード。

 与えられたのはお布団だけでした、ってなんじゃそりゃと自分でツッコミを入れる。

 よくある主人公が持ってるようなチート能力とか無いのかよコンチクショーがと心の中で悪態をつくが、どうにもならないし謎の声とかも聞こえてくるわけでもない。


 そしてコイツお布団だ。

 ふかふかなのはとても良いことだけれども、とにかく歩くのにも何をするにも今は邪魔で仕方がない。


「仕事、探さなくちゃなぁ。ついでに屋根のある寝床」


 なんとも前途多難ぜんとたなんな異世界転生であった。



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