第3話 煉獄での再会

 外と違い、本堂内は厳かな雰囲気に包まれていた。さまざまな種類の仏像が横に並ぶ様は圧巻のひと言に尽きる。特に、最奥で静かに座っている大仏は見上げるほどの大きさであり、並々ならぬ威圧感を放っていた。


 先頭に立った人が次々に光に包まれては消えてゆく様を見ていると、少しだけ不安がこみ上げてきた。クロの背中を撫でて気を紛らわせようとしたその時、手元に紙しか残っていないことに気がついた。探そうにも足が勝手に列の最後尾へと並んでしまい、言うことをまったく聞かなかった。


 先ほどより何倍も列の進みが早かったため、私の番はすぐにやってきた。大仏の前で足が止まると、手に持った紙が光の粒になって消え去っていった。

 あっけにとられる暇も無く、頭の中に低く落ち着いた声が響く。


『汝を煉獄界の駅へと送る。天界行きの箱船列車が到着するまで、しばし待たれよ』


 そう告げられると突如、体中が白い光に包まれた。人のぬくもりにも似た温かい光はとても心地が良かった。ただ流されるがままに目をつむり、自然と身を委ねる。


 しばらくすると、花々の甘い香りが鼻をくすぐった。目を開くと、壁沿いに花壇がたくさん据えられた駅舎が視界に入った。道沿いにも赤、青、黄、桃など色とりどりの花がたくさん植えられている。秋の日の夕焼けみたいにきれいな黄金色の空がとてもまぶしく思えた。


 それに、ここに来てから頭の鈍りが消えた気もする。体も軽いし、なんだか晴れやかな気分だった。


 蝶々が舞い、すずめが仲睦まじく身を寄せ合う。背中に白い羽を宿した人たちが世間話にふけり、花壇では細身の黒ネコが花とたわむれていた。


 ん?黒ネコ?


 見覚えのあるその姿に気づいた私は一目散に駆け出した。


「クロ!」


 自然と頬が緩くなる。

 私の声に気づいたクロは私の元へと走ってきた。その小さな体を抱き上げ、あふれんばかりの喜びを注いだ。クロは「にゃ~」とのんきに鳴き、頬をすり寄せた。まったく、一時抱えた心配を返して欲しい。


「おやまあ、可愛い子猫じゃのう」


 聞き覚えのあるしわがれた声が頭上から降ってきた。

 顔を上げると、いつの間に近づいたのか、赤いかんざしをつけたしわの深いおばあさんが隣に立っていた。ローブ越しに見えるその優しい顔に、三途の川での出来事がフラッシュバックした。


「あなたは」

「ほっほっほ。無事、天使になったようじゃな」

「へっ?天使?」


 素っ頓狂な声を出した私に、おばあさんは大きな手鏡を差し出した。そこには、背中から一対の白い翼が生えた私が映っていた。


「えっ!?何これ!?」

「天界にいく者はみな天使となるのでな。最初はみな驚くもんだが、じきに慣れるさ」


 そう言うと、おばあさんはニヤリと笑った。

 背中に手を回し、おそるおそる触ってみる。髪の毛を触っているような感覚に近いものが背中に伝わった。背中の皮膚が微かに引っ張られるような、なんともおかしな感覚だった。


「それでな、わしはお前さんを待っておったのじゃ」

「わ、私を?」

「そうじゃ。あんたに会わせたい人がおるのでな」

「会わせたい人?」

「ああ。あんたにとっちゃ、懐かしい顔だ。ついてきな」


 そう言うと、おばあさんは線路沿いの道を歩き始めた。見た目の割に早足なことに驚きながら、後ろをついていく。


「あの、私、天界に行かなきゃいけないらしいのですが」

「そのことなんじゃが、この先の線路でトラブルが起きたみたいでの。じゃから、今日のところはいくら待っても列車は来ない。ま、それでもユイが待ちたいというのなら、別に構わんがね」

「っ!?」


 思わず息を飲んだ。足取りが重くなるのを感じる。頭に降りかかった疑問を私は投げかけずにはいられなかった。


「どうして、私の名前を?」

「お前さんに会わせたい人から聞いたんじゃ。かつて、青空みたいに透き通った水色の髪留めを渡した子だと」

「っ!?」


 思わず髪留めに手が伸びる。これをくれたのは1人しかいない。しかも、そのことについての詳細は誰にも話していないはず。なのに、まるでそれを知っているかのような口ぶりだった。

 それに、私に会うことを望んでいる人がこれを渡したというではないか。となると、その人はもしや――。


「にゃー。にゃーお」

「ちょ、どうしたのクロ?」


 腕の中で突然暴れ始めたクロに困惑していると、おばあさんが足を緩めて暴れん坊の顔をのぞきこんだ。


「そういや、この子猫はどうしたんだい?」

「実は、突然道路で倒れ込んじゃったんです。そのまま、私と一緒にひかれちゃって」

「おやまあそんなことが。どれ、もっと近くで見せておくれ」


 言われるがままに、クロを近づけてあげた。おばあさんがクロの頭にそっと触れると、先ほどまでの暴れがまるで嘘のようにおとなしくなった。


「きっとお腹が空いてるんだね。家についたら、たっぷりご飯をたべさせてあげよう」


 おばあさんの気遣いを喜ぶかのように、「にゃ~お!」と元気よく鳴いた。なんだか、目もキラキラしているように見えるのは気のせいだろうか?


 しばらく歩くと、薄暗い木々に囲まれ始めた。青白く光る花々が随所に咲き誇り、その周りを蛍がふわふわと舞っている。駅前から少し離れただけなはずなのに、まるで夜のような暗さだった。そのおかげで、花も蛍もなおさらきれいに輝いていた。


 それらに目を奪われながら足を進めていると、やがて木でできた簡素な一軒家が見えてきた。

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