番外編第8話 ある悪女の独白

この話は初出で、アメリーが変えた後の史実のほうのヘルミネの話です。自業自得な悪女のざまぁ的展開の独白なので、メリバというか、バッドエンドに近いです。そういうのが苦手な方はブラウザバックをお勧めいたします。


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 小さな頃から父も母も兄も姉も家族皆が嫌いだった。7歳年上の兄と4歳年上の姉は父と叔母にそっくりで、賢く美しい王子と王女と謳われていたが、あのきつい顔と陰気な暗い色の髪のどこが美しいのかわからない。若い頃は王国の花とも謳われた母に似た私の方が綺麗に決まってる。でもその母も何かにつけて私を窘めて兄姉を見習えと言って辟易した。


 姉が16歳当時、初めて隣国アレンスブルク王国の王太子で婚約者のフレデリック様に会うというので、似姿を見せてもらった。輝く黄金色の髪と青い瞳を持つ美丈夫に一目で恋に落ちた。それに対して私の婚約者はぱっとしない公爵嫡男。次期公爵は悪くないと思っていたけど、次期国王には劣るし、平凡顔だ。こんなに美しい王子はあの姉には似合わない。奪い取ってやったら姉はどんな顔をするだろうと思った。


 私は既に12歳で姉と同じか少し大きいぐらいの胸があり、美しい金髪を持つ母に似た美少女だった。惜しむらくは父親の暗い髪の毛の色が遺伝してしまって幼少の頃はヘーゼルブラウンだったのにその頃には既に今みたいなブルネットに近くなってきていた。


 フレデリック様が私達家族に初めて面会した時、ぶしつけなくらいに私をじっと見つめているのに私はすぐに気付いた。私が彼に視線を返すと、彼は顔を赤らめて目を逸らした。姉もそれに気が付いたようで私を睨めつけた。彼の好意と姉の嫉妬が分かって逸る心を隠すのが大変だった。


 フレデリック様が滞在中に未来の義妹として甘えてみようと思った。偶然フレデリック様の前で倒れそうになって唇が重なりそうになったという体を装った。すぐに起き上がらず、ぐいっと胸を押し付けると、フレデリック様の顔が真っ赤になり、大慌てで離れようとしたので、抱き着いて本当にキスをした。


「お義兄様……ごめんなさい。いけないって分かってるのに……お姉様の婚約者なのに……気持ちを抑えられないんです」


 目をウルウルとさせて彼を見上げる。


「ほら、こんなに胸がドキドキしてるの」


 フレデリック様の手をとって胸の膨らみに乗せた。胸がドキドキしていたのは本当だけど、恋のせいじゃなくて、フレデリック様を落とせるかもというスリルでドキドキしていた。


 フレデリック様は私の胸から手を離さなかった。それどころか指に力を入れて彼の手が柔らかい乳房にドレスの上から食い込んでいった。


 私から彼にもう一度そっとキスをすると、彼は目を見開いて、唇に噛みつくようにキスに応えた。私がフレデリック様の熱く滾っている股間に太腿を挟んでスリスリと擦りつけると、彼は思わず喘いだ。


「ああっ」

「お義兄様……お慕いしています……せめてもの思い出に……私を貴方の物にして」


 そう言ってもう一度キスをし、フレデリック様を引っ張っり、私達は床に倒れた。傍から見るとフレデリック様が私を押し倒して襲っているような体だ。フレデリック様は鼻息を荒くしてドレスを捲ってドロワーズに手をかけた。


「キャー、姫様! 誰か来て!」


 そこに仕込んでおいた侍女が来て騒いで『既成事実』が作られた。両親と兄姉はカンカンに怒り、アレンスブルク王国と断交する勢いだったが、『傷物』になった(正確には『なりかけた』だが)私をフレデリック様が娶ることで手を打った。姉は平凡顔の私の元婚約者と婚約し直した。


 私が嫁ぐ日、姉は見送りに来なかった。普段ならそういう礼儀を両親は大事にするのに何も言わなかった。そんな両親に私は失望した。


 でも嫁ぐ日の前日、『既成事実』以来没交渉だったのに突然姉が訪ねてきた。


「貴女、わざとフレデリック様を誘惑したんでしょう?」

「なあに、お姉様。フレデリック様に未練があっても私の物よ。彼はお姉様じゃなくて私を選んだの」

「やっぱりね。あんな色ボケ王子、どうでもいいわよ。貴女は将来アレンスブルク王国を傾ける毒婦になるわ」

「何それ。それを言うなら『傾国の美女』でしょ。結婚する妹にそんな不吉なはなむけの言葉を贈って恥ずかしくないの? 妹が先に嫁ぐから妬んでるのね」

「妬んでないし、恥ずかしくもない。貴女にお似合いの言葉よ。二度と会うことはないと思うけど、じゃあね」


 私はすぐに姉の言葉を忘れた。姉の言う通り、私と姉が会うことは二度となく、姉の結婚式にも出席しなかった。いくら花嫁が王女だからと言って一介の公爵の結婚式に隣国の王妃が出席する訳がないし、招待状も来なかった。フレデリック様にお願いすれば出席できたんでしょうけど、その気は全くなかった。


 姉は4歳も年下の私の元婚約者が18歳になるのを待って嫁いだので、結婚した時は既に22歳。『嫁き遅れ』と言われる歳だった。まだ少年顔の夫に年上妻の似合わないウェディングドレス姿を新聞記事で見て胸が本当にスカッとした。


 でも大誤算があった。結婚して初めて分かったのだが、美しい王子は中身がとてつもなくつまらない男だった。大体その母親がとんでもなく狂暴で彼は彼女の言いなりだった。私は途端に夫に興味をなくした。


 どうしても世継ぎを産まなくてはならなかったが、運のいいことに第1子が男の子だった。義母には最低でももう1人産めと言われたが、体形が崩れるのにとんでもない。息子を妊娠した時にできた醜い妊娠線に私は産んだことを後悔しているほどなのだ。出産以来、頼み事をする時以外は夫との閨を拒否し、関係を持つ時は必ず避妊した。


 うるさい義母とマザコン夫からなるべく離れるべく、私は旅行三昧するようになった。そこで出会ったのが運命の彼アンドレだった。


 私は彼の甘い言葉と若くて逞しい身体、快感をもたらす技巧に夢中になり、私に心酔する護衛オリヴィエと忠実な侍女イザベルをおざなりにした。最後にはかつて自分を溺愛した夫すら私を見捨て、誰も側にいなくなることも知らずに……


 その時初めて私は随分昔に姉が言った言葉を思い出した。


 ――私は毒婦だったの?

 ――いいえ! 美しいものには毒があるっていうじゃないの!


 でも鏡を見つめれば、そこにいるのはシミと皺、たるみが隠し切れない中年女。


 ――誰?! これは?!


 叫び声をあげてかつて誇り高き美しい王妃だった女は意識を失った。目覚めた時には自分の名前すらわからなくなっていた。

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