幕間4 修羅場

具体的な描写はありませんが、子供の夭逝と死産に触れています。


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 フレデリックののきょうだいは全て妹だ。1人は子供のうちに亡くなり、もう1人は死産、後の2人は成人後、それぞれ国内と外国に嫁いだ。フレデリックの母ドロテアは頑張ってもう1人息子を産もうとしたが、5人目の子供の死産後、次の妊娠が望めなくなり、夫である先代国王エルンストと閨を共にしなくなった。


 アレンスブルク王国は公的には一妻一夫制だが、王侯貴族が愛妾を持つことは多々ある。ドロテアの夫エルンストも例を違わず、愛人と子供の存在を苛烈な妻に長い間隠していた。その子供がフレデリックの12歳違いの異母弟アウグストである。


 ジークフリートが生まれた翌年の王国歴432年――


 国王エルンストは死の床にあった。エルンストが呼んでいるというので、ドロテアは夫の寝室に入った。換気がされていないのか、死の床のどんよりとした雰囲気のせいなのか、空気が淀んでいるように感じられる。薄暗い部屋には、国内に嫁いだ娘とフレデリック、侍医、看取りのための神官、国王付きの侍女と護衛が勢揃いする中、場違いの男性がいた。若干18歳にして義父を継いで宰相に就任したアウグスト・フォン・ナッサウであった。


「宰相、なぜここにいる? ここは政治の場ではなく、王家の私的な場。貴方は宰相とはいえ、いてもよい場所ではない。出て行きなさい」

「……彼には……いて……もらう。フレディ……人払いを……」


 父に愛称で呼ばれた長男フレデリックは、侍医、神官、侍女、護衛全て外に退去させた。


「彼……アウグストは……私の子。王位継承権3位……私の死後は2位……フレディ……文書をドロテアに……」

「どういうことですか! アウグストは貴方の叔父の養子でしょう?!」


 フレデリックは手にしていた文書を母に見せた。アウグストをエルンストの子として認知し、王位継承権を与えるという署名入りの文書だ。


 ドロテアは、その文書をフレデリックから奪い取って食い入るように読み、中身を理解してすぐにクシャクシャに握りつぶした。それを床に投げ捨てると、死相が浮き出て痩せ衰えている夫に構わずに食ってかかったが、子供達が止めた。


「母上、父上を安らかに見送ってあげてください」

「そうよ、お母様。この人を弟と認めることとはまた話が別よ」

「いったい何なの?! あんなに否定しておいて結局は隠し子だったのね! 最後の最後で打ち明けて何の謝罪もなく死ぬってどういうこと?!」

陛下、いや、継母上、王族として今後もよろしくお願いします」

「あんたの継母になった覚えはないわよ!」


 バチンと大きな音がしてアウグストの左頬が真っ赤になった。


 一連の騒動で気が付いた時にはエルンストはこと切れていた。一国の王の最期としては寂しい限りだった。


 ドロテアは、アウグストが彼女の死産と同じ年に生まれていたことが悔しくてたまらなかった。それに時期は分からないが、亡き夫が子供達に自分よりも先にアウグストの存在を打ち明けたのも妻としての自分の存在を軽視されたようで我慢ならなかった。


 エルンストは実際には死の数週間前に初めてフレデリックに異母弟の存在を告白した。長年、叔父に当たるナッサウ公爵と愛人と連絡を仲介する忠実な侍従以外にはアウグストの存在をずっと秘密にしていた。彼は目的によっては残酷になれる妻から次男を守るため、子供のいないナッサウ公爵に頼み込んでアウグストを彼の養子にした。弱みを握られたエルンストは叔父を宰相に任命するしかなくなり、そのであるアウグストがその地位を継いだ。


 エルンストの叔父には王位継承権があったが、アウグストは叔父の養子となって傍系2代目となり、本来なら王位継承権は与えられなかった。だが、寿命を悟ったエルンストがアウグストを死の直前に認知して王位継承権を与え、長男フレデリックと当時生まれたばかりの孫ジークフリートに次いで第3位の王位継承権を持つこととなった。


 エルンストは子煩悩でアウグストが愛しかったが、大っぴらにはできず、年の離れた義理の従弟として可愛がるしかなかった。それでもドロテアは時々隠し子ではないかと疑ったが、その度にエルンストは妻に胡麻をすって誤魔化した。


 ドロテアは死の床の夫の打ち明け話を渋々受け入れるしかなかった。エルンストの亡くなった翌日の広報に王の訃報と共に新しい王位継承権保有者が発表されてしまったからだ。何より、フレデリックがアウグストの存在を受け入れ、2人の関係が表面上、悪くなかったこともあった。だが、この件は王家内部のスキャンダルを印象付け、体面を傷つけてしまった。

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