第5話 死なせたくない
アマーリエは、ジークフリートと婚約してたった半年間にこれでもかというほど危険な目に遭った。王宮でお茶会に参加すればアマーリエは食中毒になり、街に出かければ馬車にひかれそうになったり、攫われそうになったりした。オルデンブルク公爵夫人シャルロッテやヘルミネは婚約解消を願ったが、ドロテアの尽力とアマーリエ本人および公爵の希望で婚約は継続した。その挙句が落馬事故である。
新生アマーリエには馬車事故前の記憶はなく、現代の18歳だったアメリーの記憶しかないが、婚約後半年間に色々あったことは両親の言動から悟った。それでも婚約解消しなかったのは政治的な理由の他に本来のアマーリエ本人の希望か、もしくはその両方があったのだろう。アマーリエも相当の美少女ではあるものの、何と言っても白馬の王子様を体現したような美少年が婚約者なのだ。今のアマーリエと同じく一目で惹かれたに違いない。
シャルロッテはひたすら娘に婚約解消を説得しようとした。でも年頃のジークフリートは10歳のアマーリエと話しても面白くないだろうに、忙しい中もアマーリエを足繁く見舞いに訪れてくれる。アマーリエを落馬から支えきれなかった自責の念からだとしても、彼の優しさはそれだけではないとアマーリエは感じてしまい、婚約解消したいと思えない。
「殿下、今日もありがとうございます」
「『殿下』? 水臭いなあ。いつもジークって呼んでたじゃない」
「そ、そんな……恐れ多いです」
「でも僕達は婚約者だよ。仲良しな所を見せつけなくちゃね?」
ジークフリートは、そう言ってお茶目にウィンクをした。その破壊力と言ったらとてつもない。アマーリエはううっと心の中で呻いた。
ジークフリートは時間のない時にはただおしゃべりするだけで帰るが、そうでない時にはボードゲームを持ってきてアマーリエと遊ぶ。アマーリエの脚は骨折していなくとも、挫いてしまってしばらくの間、外出できず、家庭教師の授業以外にすることがなく退屈していたので、ジークフリートの訪問が待ち遠しかった。
「アマーリエ、今日はゲームじゃなくて別のお土産があるんだ」
「うれしい! 何ですか?」
ジークフリートが差し出したのは、少女向けの恋愛小説の新刊。本来のアマーリエが両親に隠れて恋愛小説好きだったことをジークフリートは覚えていた。少年には興味ないだろうに見繕って持ってきてくれた気持ちがアマーリエにはうれしかった。それ以来、ジークフリートはこっそり新しい恋愛小説を持ってきてくれるようになった。ジークフリートもちゃんと読んでいるようで、感想を話し合うのがアマーリエの楽しみになった。
今やアマーリエにとってジークフリートは歴史上の人物ではなく、目の前で生きている生身の人間だ。それも婚約者にこんなによくしてくれて誠実である。後世に伝えられたように、男女見境なく関係を持つように見えない。10年後に彼を襲うはずの運命を考えると、アマーリエは胸が痛くなり、どうにかしてその悲劇を防げないかと考えるようになった。
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