幕間1 アマーリエの婚約の経緯

 アマーリエとジークフリートの婚約は、ジークフリートの父方の祖母王太后ドロテアの意向によるところが大きい。


 アマーリエの落馬事故の半年前――


 国王フレデリックの私的な会合に使われる応接室に王太后の到着が知らされた。


「王太后陛下のお成りです」


 王太后ドロテアは入室するとすぐに人払いをさせた。犬猿の仲の王妃ヘルミネは、例のごとく旅行中であるので、不在だ。


 ドロテアの最近の話題は王太子ジークフリートの教育問題か婚約問題で、どちらもフレデリックの頭を悩ませている。ヘルミネは元々ジークフリートに関心を持っておらず、基本的に放任だったのだが、ある時から突然彼の教育方針に介入するようになった。ドロテアの推薦した家庭教師達のスパルタ式教育がヘルミネは気に入らず、愛妻に懇願されたフレデリックは、ドロテアが留守の隙に家庭教師を総入れ替えした。だが、ドロテアも負けずにヘルミネの留守中に自分の推す家庭教師を滑り込ませ、帰国したヘルミネが解雇させる。ここ何年もその繰り返しだった。


 それに加えて去年からはどちらの推薦した令嬢をジークフリートの婚約者にするか喧々諤々だ。ヘルミネは、大嫌いな義母の推薦する令嬢が息子の婚約者になったとしたら相当面白くない。フレデリックには子がジークフリートの1人しかないが、フレデリックの歳の離れた異母弟アウグストは宰相を務め、ジークフリートに次いで王位継承権第2位を持つ。ドロテアはずっと隠されてきた庶子アウグストの存在が公表された経緯を未だに納得しておらず、彼が次期国王になることだけは絶対に許せない。


 ジークフリートはまだ十代前半であるにもかかわらず、彼の結婚問題は王国の最重要事項となりつつあった。


「ジークフリートは来年社交界デビューです。その前に婚約させましょう。私の推薦する令嬢と会わせますよ」

「母上、ヘルミネの推薦した令嬢はどうなるんですか? もうジークフリートと顔合わせしたんですよ」

「それでは私の推薦する令嬢とも顔合わせしなければ不公平ですね。ジークフリートの気に入った方の令嬢と婚約させれば公平でしょう?」

「まあ、それはそうですが……母上は誰を推薦するのですか?」

「アマーリエ・フォン・オルデンブルク公爵令嬢です」

「オルデンブルク公爵の娘ですか? 確かまだ10歳ぐらいですよね? それよりもヘルミネの推薦するフリーデリケ嬢のほうが2歳差で年も近いですよ」


 ドロテアの実家と同じ派閥で王太子妃になれる家柄の令嬢はアマーリエしかいない。それ以外だと子爵令嬢か男爵令嬢、家柄が合っても赤ん坊か幼児、それかもっと年上の未亡人になってしまうのだ。


「4歳差と2歳差なんて大した差はないでしょう? それに貴方だって年の近いソヌス第一王女よりもたった12歳だったヘルミネに盛ったんだから」

「ブッ、ゴホゴホッ……や、止めて下さい、その話はもう……」


 フレデリックは、元々婚約者だったソヌス王国第一王女との初顔合わせの時にたった12歳だった妹のヘルミネの方を見初めてしまった。それどころかヘルミネとお色気騒動を起こしてしまい、彼女と結婚せざるを得なくなった。その騒動がヘルミネの策略だったことにフレデリックは今も気付いていない。もっとも第一王女を気に入ってなかったフレデリックもそのチャンスを嬉々として利用した。でも結婚直後からずっとヘルミネに冷たくされている夫婦関係を傍から見ると、フレデリックにとってこの選択がよかったのかどうか甚だ疑問だろう。


 古傷をそれ以上抉られたくないフレデリックは母に同意して話を打ち切った。大人になってからの2歳差と4歳差は大した違いはないが、14歳から見た10歳はまだ子供だ。ジークフリートが12歳の少女に好意は持っても、まだ子供のアマーリエを婚約者として気に入るはずはないとフレデリックは甘く見ていた。だからジークフリートがアマーリエを選んだのは想定外であり、旅行先から帰って来た妻の怒りの嵐が過ぎるのをひらすら謝って待つ羽目になってしまったのだった。

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