第20話 二人だけの秘密

「さっきのあれ、どういうつもりかな?」

「さっきのあれ?」


 わかっていてあえてすっとぼける。これはきっと彼女にはお見通しなんだろう。


「ヒメと塩見君のこと。遊びに行った方が絶対仲良くなれると思うんだけど?」


 やっぱりその話題ですよね。むしろそれしかないよね。


 この裏切り者! とでもそしってください。甘んじて受け入れますので……。


「まあ、それはそうなんだけどさ……」


 星宮は黙って俺を見上げる。


 どうやらわけを話せと申している模様。以心伝心。目は口ほどにものを言う。


「なんか焦ってるのか?」

「え……?」

「今日の星宮はそう見えたから」


 二人をくっつけたい星宮の気持ちはわかっているつもりだ。だけど今回のは少し強引というか、どこか焦りの色がずっと見えていた。こうして俺にわざわざお礼参りに来るくらいだし、星宮的にはなんとしてでも行かせたかったんだろう。


「べつに……私はただヒメの背中を押そうとしただけだよ?」


 真意の読み取れない表情。


「本当に?」

「今日は攻めすぎたかもだけど、それだけ私も本気なんだよ」

「そうまでして、桜野と塩見をくっつけたいと?」

「ヒメは私の親友だから。幸せになって欲しいと思うわけですよ」

「幸せ、か。その気持ちなら俺にもよくわかるな」


 きっと、サラマンダーが言ってるのはこういうところなんだろうな。


 星宮が何を思って、どんな行動をしているのか。今日の行動からは彼女の真意が見えなかった。どこか焦ってるように見えても、理由の見当が付かない。


 幸せになって欲しい。それは間違ってはいないけど、それが全てでもないだろう。


「星宮さん、こんばんは!」


 そんなことを考えていると、最近よく聞く声が割って入る。


「あ、巻村君……こんばんは」


 相変わらず爽やかな雰囲気。夜でも爽やかな輝きを放つのはずるくね? 夜って落ち着く時間じゃん。あいつの周りだけずっと輝いている。白夜かな?


「私に何か用かな?」


 星宮は巻村にそっと笑いかける。


「星宮さんがいたから挨拶だけでもしようと思って。強いていえばそれが用事かな」

「そっか」

「そうだ。あの件は前向きに考えておいてね」

「あの件ってなに?」


 あまりに意味深だから思わず突っ込んでしまった。


「二人だけの秘密さ。羨ましい?」

「べつに。やましいことじゃなければどうでもいい」


 嘘。本当はめっちゃ気になる。でもそれを表に出すのも癪だから強がってみた。


「やましくはないよ。じゃあ、僕はこれで。おやすみ」


 本当に挨拶をするだけで巻村は去って行った。去り際、チラッと俺を見てから。


「あいつ、結構根性あるんだな」


 普通の人間なら告白を断られた時点でそれ以上アタックするのを躊躇う。


 だけど巻村はめげずに星宮とコミュニケーションを取ろうとしていた。


 その諦めない根性は素直に凄いと思える。まあ応援はしねぇけど。俺の推しはあくまで星宮と塩見のカップリングだからな。ごめんな。


「ところで、巻村があの件とか言ってたけど、なんか約束でもしたのか?」

「ごめんね。二人だけの秘密なんだ」


 機嫌を直したのか、星宮はミステリアスな雰囲気を漂わせて言った。


「巻村君にはどうでもいいって言ったのに、やっぱり気になってるんだ」

「やましくないかだけは一応両方に確認しておこうと思って」

「大丈夫。答えを保留にしてることがあるだけだから」

「もしかして、めげずにもう1回告白されたとか?」

「当たらずとも、遠からず、かな」

「……マジで?」

「どうだろうね?」

「恋人を作る気分じゃないのは終わったのか?」

「まだ、終わってないよ」


 うわぁ……めっちゃ気になるじゃないですか。


「その辺の話、いつか深く聞いてみたいな。星宮の恋愛観とか」

「えぇ……楽しくない話だよ?」

「星宮の話ならなんでも楽しめる自信しかない」


 録音して聖典を作ったりできそう。そんな妄想だけでもう楽しい。


「またそうやって……じゃあ、いつか話してあげるね」


 またね、と俺に手を振って星宮は自分の部屋に戻って行った。


 そして一人残された俺は冷静に今の事態を振り返る。


 いや、普通にまずいなこれ。星宮が巻村の熱意に絆されてしまったら、塩見とのハッピーエンドの道が潰えてしまうんだが?


「でも、本気なら……何も言えねぇよなぁ……」


 俺の目的は星宮が幸せに過ごしている姿を近くで眺めること。あの夜、俺は巻村の本気の想いを垣間見た。そうだよな。たぶん……何も言えないのは、巻村なら星宮を幸せにできそう、と俺が心のどこかで思ってしまってるからだろう。


「はぁ……あとは女神の裁定に委ねるしかないか」


 その後は悶々としながら部屋に戻り、ベッドに寝転がりながらスマホでネットサーフィンして時間を潰していると、不意に扉がノックされる。


 俺の部屋に来客とは珍しい。


「御門、いるか?」


 扉の奥から聞こえてきた声は塩見だった。


「今はネットサーフィンに夢中だからいない」

「素直にいるって言ってくれよ」


 ゆっくりと扉が開き、塩見が苦笑いしながら入って来た。


「お前から来るなんて珍しいな。恋の相談か?」

「いや、違う。御門は恋バナが好きなのか?」

「なんとなく、今はお前の恋の話を聞きたい気分だった」

「なんだよそれ? どうせなら、俺は御門の恋の話を聞きたいけど?」

「来世に期待してくれ」

「諦めるの早くないか?」


 塩見は俺が寝そべっている姿を見下ろすように立つ。下から見てもイケメン。


「とりあえず座れば?」

「いや、すぐに終わる話だからこのままでいい。ゴールデンウィークは暇か?」

「周りが気を遣ってくれたのか1日も予定がない。さっきのも流れたしな」

「じゃあ、1日だけ俺にくれないか?」

「いいけど……なにすんの?」

「それは当日にお楽しみで。じゃあ、決まりな!」


 本当にそれだけ確認しに来たようで、塩見は満足そうに俺の部屋を後にした。


 よくわからないけど、とりあえず予定が何もないことはなくなったらしい。

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