第18話 それぞれの想い

 夜、寝ようにも中々寝つけなかった俺は部屋を出て寮の共有スペースへ。


 完全消灯の時間まではまだ少しある。共有スペースは俺の様に眠れない連中や、時間ギリギリまで友達と話したい人などでに賑わっていた。


 自販機で適当な炭酸飲料を買って、空いているテーブルのひとつに陣を構える。


「夜の炭酸……なんて背徳的なんだ」


 体に炭酸の刺激が駆け巡る。これ、眠れない体に逆効果じゃね? と思ったけど、この背徳感はそれはそれでありなので気にしないことにした。


「あれ、御門君?」


 まさかこんな時間に俺を呼ぶ声がするとは。


 驚きつつ顔を上げれば、今日屋上で星宮に振られた悲しきイケメンの姿があった。


「なんだ、今日振られた巻村じゃないか」


 あえて振られたの部分を強調する。


「う……今日は恥ずかしいところを見られちゃったかな?」

「は? べつに恥ずかしくはないだろ」

「え……」

「ちゃんと正面切って告白したんだ。結果はどうあれ、その勇気が恥ずかしいわけないだろ」

「御門君……」

「まあ、ざまぁ見ろとは思ったけどな」


 でも、星宮がメン食いじゃないとわかったのは大きな収穫だった。


 よくやった巻村。貴重な情報を……塩見もイケメンだから結局意味ねぇな。


「酷いな。傷心中なんだから優しくして欲しいな」


 言いながら、巻村は自然な様子で俺の向かい側に座る。


「星宮さんに振られちゃって眠れないんだ。ちょっと付き合ってよ」

「眠れないのはその手に持ってるコーヒーのせいだろ? 星宮のせいにするな」


 眠れないのにコーヒーキメるとか矛盾もいいとこだろ。こいつ馬鹿なの?


 でも、炭酸飲んでる俺もそんなに変わらなかったわ。俺も馬鹿じゃん。


「ほんとだ。僕は何をしてるんだろうね?」

「知るかよ」


 どうやら巻村は振られて相当頭がおかしくなったらしい。


 しかし、イケメンの場合、頭がおかしい行動をしても好意的に解釈されるからずるい。今のも、俺以外の誰かが見ていたら、巻村君っておっちょこちょいだよね。みたいな雰囲気で終わる。俺の場合、馬鹿なの? と桜野に冷たく突き放される絵まで見えた。馬鹿だよ。


 だが残念だったな巻村。俺はお前をよいしょしない。


「眠れないのにコーヒー飲んでる馬鹿な男だろ?」

「……御門君ってさ、変わってるよね」

「なんだよ唐突に。喧嘩を売りたいなら俺は部屋に戻るぞ?」

「ごめんごめん。そんなつもりはなかった。たださ、そんな風に僕と対等に話してくれる人は珍しいから」


 どこか寂しそうに巻村は笑った。


「ほら、僕って普通の人よりは色々恵まれてるからさ」

「やっぱ喧嘩売ってるだろお前?」

「でも、事実だ」


 巻村は謙遜することなく言い切った。まあ、事実なのは確か。


 少しは謙遜しろや。とも思うけど、堂々としてるのもそれはそれでありか。


「みんなさ、常に僕の顔色を伺うんだ。失礼はないかな? 気に障っちゃったかな? そんな不安をいつも感じる。べつに僕は そんなの気にしないのにね。だから、対等に接してくれる御門君のこと、僕は結構好きだよ」


 なるほど、金持ちには金持ちの悩みがあるらしい。


 だがしかし、男に好意を寄せられても全然心が躍らない。


「僕さ……星宮さんのこと本気で好きなんだよね」


 ふと、巻村はしみじみとそんな言葉を漏らす。


「……なんで星宮なんだよ?」


 星宮に目を付けたところは素直に素晴らしいと賛辞を贈ってやる。


 ただ、俺の中で星宮は世界を超えて銀河で一番可愛い女の子だけど、世間一般で言えばそうではないのもわかってる。


 芸能人とか、モデルとか、一般的に見て可愛い人は他にもたくさんいる。星宮も負けてないけど。


「お前、望めばなんでも手に入る側の人間だろ?」


 巻村もどっちかと言えばそちら側の存在。


 世間一般の高みを目指してもなんら不思議ではない。顔はイケメンだし。中身もそこそこイケメンだし。あとは富もある。


「そうかもね。でも彼女は僕にとって特別なんだよ」


 巻村は柔らかく表情を崩す。


「彼女は普通の人とは違う。初めて本気で欲しいと思った」

「一応言っとくけど、人は物じゃないぞ」

「それはわかってる。だからね御門君。僕は負けないよ」

「だから俺たちは何の戦いをしてるんだよ?」

「もちろん。星宮さんを巡る恋の戦いさ。君は一番のライバルだからね」


 いや、あの……爽やかに恥ずかしいことを言うのやめよ?


 そういうとき、やったるぜ! ってなるようなキャラじゃないんだ俺。反応に困るんだわ。


 ライバルになったつもりもないし、そもそも俺は戦いの土俵に立ってないし。


 俺は星宮の幸せにしている姿を一番近くで眺めたいだけなんだよ。べつに付き合いたいとかそんな高望みはしてないんだって。


「僕は今日振られた。だけど、それなら次の手を考えるだけさ」

「えらく前向きなんだな」

「言ったろ? 本気で好きなんだ。だから1回振られた程度では諦めないよ」


 巻村は静かに立ち上がった。


「ダメなら次の手を考えればいい。それに、もういいアイデアを思いついたから」

「いいアイデア、ね」

「だから、僕は負けないよ」


 おやすみ。最後にそう言って、巻村は共有スペースを後にした。


「塩見がいなけりゃ、あいつを推してもよかったのかもしれないな」


 少なくとも、あいつの星宮への想いは本物だと思ったから。


 好きな人の話をするときは、金持ちもただの男になるんだな。


「巻村……意外と熱いじゃん」


 俺の中で、あいつの評価が上がった夜だった。

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