第13話 主人公は遅れてやってくる

「ごめんね。ちょっと道に迷っちゃってさ」


 巻村はナンパに背を向けて、星宮にウィンクをした。イケメンにしか許されない行為。


「ほんとだよ! おかげで変な人に絡まれちゃったんだから!」


 何かを察した星宮は、巻村と会話を合わせる。


「ということで、これで人数比も丁度よくなったね。これ以上僕たちに迷惑をかけるようなら、警察も巻き込んで一緒にお茶でもしようか。交番で」


 そう言って巻村はスマホをひらひらとかざす。


「なんだ、こんなイケメンが相手じゃ勝ち目ないじゃん。残念」


 巻村の圧倒的な陽の輝きに慄いたのか、男は不貞腐れた顔をして消えていった。イケメンの効果強すぎるだろ。圧倒的な顔面力で敵の戦意をへし折ったんだが? 俺の立場は?


「はあぁ……」


 桜野が気だるそうに大きなため息を吐いた。相当面倒だったらしい。


「みんな災難だったね」


 巻村が一仕事終えた爽やかさで言う。


「助かったよ巻村君! でも、どうしてここに?」

「たまたまこの辺で用事があったんだけど、なんだか知り合いが変な人に絡まれてるのが見えたからさ。どこかの誰かみたいに、僕も行動をしようと思って」


 言いながら、巻村はチラッと俺を見た。どうした?


「ほんと助かったわ……」


 桜野はホッとしたように肩の力を抜いた。


「ああいうのは無視するか、さっさと警察へ連絡した方がいいよ」

「ありがとう……次からはそうするわ。あと、御門……」


 桜野が口を尖らせながら俺を睨みつける。


「一応助けに来たつもりなんだけど、なんで俺は睨まれてるの?」

「う、うるさい! やっぱなんでもない!」

「えぇ……」


 これのどこに中身が可愛い要素あるんだろう。全然わかんね。


「御門君、これで1勝1敗だね」


 突然、巻村が俺に謎の勝敗を宣言してきた。


「俺はいつお前に1勝して1敗したんだ?」

「僕の心の中での戦いさ」

「俺は平和主義なんだけどな」


 戦闘民族と言えど、心の中では平和を願っている。桜野と相対すると抑えきれない闘争本能が活性化する俺であるが、それ以外では平和を愛する普通の男の子なので。


「おーい! お待たせ!」


 遠くからこちらへ手を振りながら近づいて来る男が一人。


 顔には季節外れの汗をたくさん滲ませて、どこか疲れた様子で走ってきた。


「遅いぞ塩見」

「わ、悪い……ってなんで御門が!? それに星宮さんと巻村? どういう状況?」


 息を切らした塩見は、突然増えていた俺たちに戸惑いを隠せない様子。


「見たまんまの状況だよ」

「御門と星宮さんは急用があったんじゃなかったのか?」

「遊びに行きた過ぎて片付けた。こっからは俺たちも合流するよ」

「そうか。それはよかった!」


 カラっと笑った塩見を見て、桜野が一瞬だけ寂しそうな表情をした。


「せっかくだし巻村君もどう? ああ、でも巻村君は自分の用事がある感じかな?」

「うん。残念だけど、今日は遠慮しておくよ。本当に用事のついでにたまたま通りがかっただけだから」


 通りすがりで助けてくれるとかイケメンかこいつ? イケメンではあるな。


「そっか。じゃあまたね!」

「またね、星宮さん」


 手を振る星宮に手を振り返して、巻村は人混みの中へと消えていった。


「で、お前は今まで何してたんだよ。だいぶ長い間外してたよなぁ?」


 若干不満をぶつけるように言った。


 大事な時にいなくてなにが主人公なんだ! と声高々に言ってやりたい気分。おかげで正義感に駆られて俺が代わりに突撃したし、巻村に主人公っぽいムーブをかまされちゃったし、全部のお前のせいなんだからな! と心の中でやつ当たりしてメンタルを整えた。


「あ、いや、それは……」


 途端にたじろぐ塩見。やはり、この様子を見るにただの用事ではなさそうな感じ。そうなると十中八九、裏のお仕事だろうな。


「私も気になる。塩見君、ヒメを放ってどこ行ってたの?」


 星宮も不服そうに頬を膨らませている。え、可愛いかよ。


「ええっと……あれ? なんで二人は俺がしばらくいないのを知ってるんだ?」

「たしかに。二人が来たのってほんのさっきよね」

「まあ……実を言えば今日の用事はずっと二人を後ろから見てることだったし」

「……はぁ!?」


 桜野が素っ頓狂な声をあげて俺を睨みつける。


 追及されて誤魔化すのも面倒だったし、もういっそ素直に白状した。


「ちょっとあんた……なんて悪趣味なことしてんのよ!?」

「桜野はあんな顔もできるんだな。結構可愛いかったぞ」

「は? 死ね」

「星宮、どうやら俺たちは死なないといけないみたいだ」

「うーん……それは嫌だなぁ」

「ひかりも! なんでこんなことするのよ!?」

「今ここで暴露するのは気が引けるなぁ」

「え……?」


 星宮の余裕綽々な態度に、攻勢を貫いていた桜野が固まった。


「私、もう全部知ってるんですよ」


 桜野は素早い瞬きを繰り返す。きっと頭の中では色々な思考が巡っていることだろう。


 そして、何か答えにたどり着いたのか、一瞬で顔を紅潮させた。まさに爆発。


「ま、まさか……気づいてたの?」

「当たり前だよ。私たち親友でしょ? 応援してるからね!」

「ふぇ……」


 なんか桜野から可愛い声が出た。


 俺から見れば塩見に惚れてるのはバレバレだったと思うけど、本人的には衝撃の事実らしい。よかったな桜野。お前は今ひとつ成長したぞ。


「なあ御門、今は何の話してるんだ?」


 会話の中に隠された存在。その張本人は素知らぬ顔で首を傾げている。


「お前って、結構罪づくりな男だよなって話だと思う」


 ギャルゲー主人公に与えられる天性のスキル。それは鈍感。こと恋愛において主人公の察しが良すぎると物語が広がらないからか、だいたいの主人公の必須スキルとなっている。故に、例に漏れずこの男も超がつく鈍感であったようだ。


「たしかに……遊びの途中で長時間抜けるのは罪だよな……悪いことしちゃったな」

「まぁ……そういうとこだよな」


 ちょっとだけ桜野に同情しそうになった。


 しかし、こいつの鈍感は俺の野望の妨げにもなるんだよな。


 星宮と塩見。双方がお互いに恋心を持たないとそもそも俺の目指すハッピーエンドの道は開かれないわけで。今はどちらもそんなものを微塵も感じさせない。星宮に至っては桜野の恋を応援する始末だし。


 やはり、ここは一発恋心ってやつを無理やり身体に刻みこんでやるとするか。俺は優しいからな、鈍感のデバフを無理やり剥ぎ取ってやりますよ。


 そうなれば、あれの出番だな。

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