第11話 ナンパしに行くよ

 柔らかな春の風。とは程遠いビル風を浴びながら、俺はある一か所を見つめる。


「そこだ! いけ! ヒメ、アタックだ!」

「……」


 建物の陰に隠れ、桜野と塩見の逢瀬を眺めていた。


 こちら、実況は星宮。傍観者、御門の提供でお送りします。


「猪突猛進! 思い立ったが吉日! 好きと思ったら即行動!」


 結構やかましい雰囲気を漂わせているが、声のトーンは小さい。


 人ごみの中、バレないようにしつつ二人を見失わない適度な距離感を保つ。


 なにしてんだろこれ。と思いながら、星宮は楽しそうなので水は差さない。


「ヒメの恋は、私たちが全力でアシストするよ!」

「……俺も入ってんだよなぁ」


 なぜ俺は、推しの隣で塩見と桜野を眺めなければならないのか。


 二人の声は全く聞こえない。だけど顔は見える。


 桜野のやつ……俺に見せたことないような女の顔をしてやがる。


「……どうしてこうなった」


 俺は星宮と塩見の恋を全力でアシストするはずだったのに、なんで桜野の恋を応援することになってんの? ねぇ、なんで? だいたい俺が悪い。


 星宮のお願いは自分と塩見の恋を応援してくれという内容だと自分勝手に解釈しすぎた結果生まれてしまったすれ違い。手が届きそうな夢が俺を惑わせた。


 まさか桜野の恋の応援だなんて微塵も思ってなかった。自業自得。


「ほら、御門君もちゃんと応援して! 想いは届くから!」

「ガンバレー」

「なんか棒読みじゃない?」

「キノセイダヨ」

「ほら、棒読みじゃん!」

「いやね、他人の逢瀬を盗み見するのはどうなのって思うわけよ」


 なぜ好き好んで塩見と桜野のデートを眺めなければならない? ほんとは桜野のポジションには星宮がいて欲しいわけよ俺は。


 だけど一度手伝うと約束してしまった手前、勝手に反故するわけにもいかない。


 それに、星宮にお願いされたら俺は断れない。産まれた時から絶対順守をDNAに刻まれているんでね。どっちにしろ詰んでたわ。


「盗み見とは失敬な。これは純粋な親心だよ」

「親心ねぇ……」

「あ、動きがあったみたいだよ!」


 その声で前を向けば、塩見が桜野にめちゃくちゃ頭を下げた後、苦笑いしながらどこかへ行った。


「ヒメが一人きり……これはあれが使える。御門君、次の作戦に移るよ!」

「次の作戦?」

「うん。はいこれ受け取って!」


 星宮から渡されたのはニット帽とサングラス。


「これは?」

「変装道具。それ使ってヒメをナンパしに行くよ!」

「これって星宮の私物?」

「そうだけど?」

「へぇ……」


 なんで二人分持ってんの? もしかしてこのために買いに行ったりした? てか、ナンパって、え? 俺が桜野を? いやぁ、俺と桜野の相性は最悪だからきっと無理だと思うけど? それでも星宮の目は輝いていて、彼女は意気揚々とニット帽を被りサングラスを装着した。


 普通にしてれば最高に可愛い星宮でも、さすがにニット帽とサングラスを付けると輝きは多少失われる。多少失われるだけなのがすごい。


「どう? 私ってわかるかな?」

「マスクを着けたらテロリストの完成だな」

「つまり完璧ってことだね!」

「で、なんで桜野をナンパしに行くんだ?」

「ふふん。ピンチを乗り越え先に、絆は深まると思わないかい御門君!」


 星宮はグイっと俺に体を近づけた。


 いやっ……近い! うわぁすげぇいい匂いする。女神のお香か。次にいつ嗅げるかわからないのでとりあえず全力で鼻呼吸しておいた。これでしばらく忘れない。


「なにしてるの?」

「全力で呼吸してる」

「……なんで?」


 サングラスで見えないけど、たぶん星宮は怪訝そうな表情をしているはず。


「シャバの空気は美味しいなぁと思いまして」

「女の子の匂いが良い香りだからって、そんな堂々と嗅いじゃダメだよ」

「どうか俺のことは変態と罵ってください」


 本人に指摘されるの心へのダメージエグイっすね。


 穴があったら入るから埋めて欲しい。もう1回転生チャレンジするわ。


 でも、冷静に考えれば星宮に罵られるのはご褒美だな。


「御門君は変態さんだね」

「ありがとうございます!」

「なんでお礼言われるの!?」

「感謝はしっかり言葉にしないといけないだろ?」

「だからなんで!?」


 星宮にはこのありがたみを理解されなかった。


 話を戻して、今日ここまでの流れはこうだ。


 もとはと言えば今日は俺たち4人で出かけるはずだったけど、なんやかんやで桜野と塩見しかいない状況を作った。まあ、よくある急用で行けなくなって二人きりを作る定番のあれなわけだが。よもや俺がそんなことをするポジションになるとはな。


 桜野は思いのほか上機嫌だった。まあ、塩見に惚れてんなら実質デートだもんな。機嫌がいいのもわかる。意図せずしてこの状況を作れたんだから嬉しいんだろう。まさかお出かけを後ろから観察されてるとは思ってねぇだろうけど。


 俺と星宮の急用。それは桜野たちを陰ながら見守ることに他ならなかった。


 そして今は桜野へダル絡みしに行き、それを帰ってきた塩見に撃退してもらって二人の仲を深めようという作戦のはず。


 でもそれって女の子の方が男に惚れるイベントだよな。もうそっちはどうでもよくね? 本気でやるなら塩見の方を桜野の虜にする方を考えた方が……ってなにを考えてるんだ俺は! それは本末転倒だろ! 俺は星宮と塩見をくっつけたいんだ。それを忘れるな!


「それにしたって、俺ナンパの経験ないんだけど」


 仕方なしにニット帽を被りサングラスを装着する。


 はたから見たら変な二人組。陰で通報されないことを祈る。


 桜野はスマホを弄りながら塩見の帰りを待っている。


「私もないから大丈夫。善は急げ、とにかくトライだよ!」

「その格好で行くのか?」


 ニット帽とサングラスをつけているけど、星宮は女の子の格好そのもの。まずスカートと体つきで女の子だと一発でわかる。さすがに女の子にナンパされるってのは桜野的にはどうなんだろうな。


「明らかに同性にナンパされるのって、実際どうなん?」

「私は女子でもいけるクチだから」


 キリっと効果音が出そうな調子で星宮がニヤリと笑って親指を立てた。マジか。


「なるほど。俺はまたひとつ賢くなった……ん?」


 改めて桜野を見れば、桜野は塩見じゃない謎の男が話しかけられていた。


 見てくれが明らかにチャラい。これってもしかして。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る