第 18 話 見えない真意


「その話、オレにも詳しく聞かせてくれないか?」はたはら虔治けんじは、『首相官邸奪還作戦』の詳細を乗り気で聞こうとした。


「ダメです」

「ダメなの!?」


 欝河うつかわ未月空みるくは、そんな彼の思いを一蹴した。


「なんでだよ! なんでダメなんだよ!!」虔治は地団駄を踏みそうな勢いで訴えた。


何故なぜダメなのかは、貴方の立場を振り返ってみれば解りますよね」凄んでくる彼の形相にもこたえず、欝河未月空は冷静に諭すように返事した。


「振り返る?」


「まず、貴方はなんですか」


「『突然変異体』だよ。地球人だが、『魔力マナ』が使える。そこにいる『獣人デュミオン』と同じ立場だろ」


「違いますね」

「何が違うんだよ」


「貴方は一般市民です。国に守られるべき立場です。そこに、魔力マナの有無は関係ありません。神宮寺じんぐうじさんと同じく、戦っていい立場にないんですよ」


「戦力が足りないんだろ! だったら良いじゃねえか」虔治は興奮して身振りを大きくしていた。「戦争のときは市民だって強制的に参加させられてたりしたんだろ? オレは進んで参加してやろうとしてんだ。だったら、戦える人員はちょっとでも多いほうがいいじゃねえか」


「……はあ」欝河未月空の大きく息をついた姿は、深く遠い歴史に残されたやりきれない思いが宿ったかのように重く広がった。「どなたかは存じ上げませんが、お引取りください。ここは、一般市民が来ていい場所ではありません」


「だから」


「我々地球人は、同じ誤ちを犯すほど愚かではありません。……いえ、これはおごりですね。同じ誤ちを犯したくはないんです。風化してはいけない過去を繰り返すことはしたくないんです。――どんな手を使ってでも」


「っ…………」


 淡々とした言い分。これまでの彼女の知っている者からすれば、それはあまりにも落ち着いた大人し目な口ぶりだっただろう。

 しかし、その何事にも動じないしっかりとした物言いに、揺るぐことのない芯の強さが垣間見ることができた。虔治はそうした迫力を感じ取ったのか、言葉を詰まらせた後は何も言えなかった。


「それじゃあ、決行時は最初に見積もっていた人員と変化なし、ということで」ミデアは本題を進めた。

「地球の自衛隊員には、外の『ソルジャー』の掃討と、首相たちの捜索の二組に分かれて行動してほしい」クレハは言った。

「オレらは捜索隊が安全に捜せるように雑魚の一掃と『頭脳ブレイン』の討伐、っつーことだな」アイーシャは関節を鳴らした。


 結局のところ、『マキナ』の対処に最も自信があるのは、奴らを最もほふっている彼女達だった。


「決行はすぐですか?」


「いや、決行日は明日だ。これは最初から決めていた」


 現在の時刻は夕方の17時。そろそろ日が暮れる時間であり、夜の帳が降りれば、視界も悪くなり外での行動がしづらくなる。『獣人デュミオン』である彼女達は、魔力マナを察知できる性質もあって、多少は問題ないものの、肝心の外の班が地球人となると、優位な状況はなるべく作りたいところだった。


「一晩も置かせて大丈夫でしょうか」リハナは、首相官邸に囚われている人々の心配をしていた。


「『マキナ』も魔力マナの消費を抑えるために、定期的な睡眠は取るらしいから、今日の朝よりかは危険度が下がる。まあ、安否については祈るしかねえな」


 それならば、睡眠を取るタイミングを狙う案もなくはなかったが、『頭脳ブレイン』が睡眠時の襲撃を予想していないとは思えず、交代で見張りを立てている可能性があり、やはり夜間の決行は避けるべきだ、という結論に落ち着いた。


「私達も朝から頑張ってたんだし、明日に備えてゆっくり休もうよぉ」ミデアは大きく伸びをしながら言った。


 リハナほどではないにしても、彼女達も『マキナ』との戦闘は一日を通してかなり交わしていた。それにより蓄積した傷と疲労も少なくない。


 本番に備え、英気を養うのも重要な戦略だった。


「そういうことですので」欝河未月空は音頭を取るように声を上げた。「実行部隊は明日に備えて、この創明大学で休みを取ってください。そして、対策本部の皆さんは、明日のために『マキナ』の対処法などを考察してもらえると助かります。以上、本日は解散」


 彼女の言葉が契機となり、次々と会議参加者が退室する。特にマーダー小隊の先輩たちは疲労が溜まっていたのだろう、「腹減ったなあ」とか、「剣を磨く」とか、「おっふろ、おっふろ」と足早に各々の目的を果たしに行ってしまった。


 ふう、とリハナは息をついた。首相官邸の人々のこともそうだが、未だに街中の『マキナ』が全滅したとは言えず、それにより人々が命を落とす可能性が消え去ったわけではない。

 とても気が緩んでいい状況とは言えなかったが、それでもリハナは全身から力が抜けていくのを抑えられなかった。


 ――やれることをやりきる。

 ――私がやるのは、それだけだ。


 そのためにも今日は休む。明日の、首相官邸奪還作戦。その要にいるという自覚が、彼女に休むという選択肢を与えていた。


「あれ?」席を立ち、出入り口の扉に向かおうとした途中、眼に留まるものを見かけた。「神宮寺さんは行かないんですか?」


 未だに神宮寺だけが席から立とうとしなかったのだ。


「ああ」彼は頷いた。「俺はもう少しここにいるよ」


「どうしてですか?」


「ちょっと野暮用があるんでね」と少し誤魔化すような言い方で煮えきらない返事をするだけだった。「どうせ、明日は出番がないんだし、お前は先にゆっくり休んどけよ。つーか、車椅子はもういいのか?」


「身体は動きますし、押して帰ります」


「そうかい。万事解決したときには、俺とのデートもあるんだし、ちゃんと体力を回復させておけよ」


「はいはい、解りましたよ」いつもの軽口に辟易へきえきしながら、リハナは神宮寺を置いて部屋を後にした。




 P.M.5:15 同所


 十五分後、対策支部の役割を終えた生徒指導室には静寂が訪れていた。真っ先に戻ったマーダー小隊、違和感を覚えながらも戻ることにしたリハナ・アレクトルア、少しゴネた秦野原虔治、の会議参加者の気配も完全に遠ざかり、部屋の外も人っ子一人いなくなった瞬間だった。


 そんな隔絶された空間に、神宮寺と欝河未月空は残っていた。神宮寺は未だに席から動かず、欝河未月空は電源を落としたパソコンや資料をまとめていたものの、それ自体は二分とかからず終わり、それからは言葉を発さずに棒立ちしていた。


「帰らないんですか、神宮寺さん?」五分は経っただろうか、暫くして彼女は口を開いた。


「ああ、まだ用があるんでね」彼は飄々としていて、その心情は読み取れない。「そういう未月空ちゃんはいいの? 風呂でも入ってくればいいじゃねえか」


「未月空ちゃんはやめてください。後、女性とあらば見境なくセクハラする悪癖、直したほうがいいですよ」


「そうだよ、玲旺れお。そんなんじゃ、いつ訴えられてもおかしくないよ」


 そう言ったのは、会議に参加していたうちの生徒指導室に残ったもうひとり、神宮寺の幼馴染である冴山さえやま香織かおるだった。


「何より、ボクには一度もセクハラしたことじゃないか! ボクなら受け入れるのに! するならボクにしろ!」


「そこの馬鹿は置いといて――真面目な話、休まなくていいのか?」と神宮寺は真顔で言った。


「ええ」彼女は毅然と頷いた。「私にはまだ、やるべきことがありますから」


 彼女は会議に持ってきた私物のカバンに資料やノートパソコンを入れていく。非常にテキパキとした手付きだった。まるで、何かに急かされているかのような、落ち着きのない動作にも見えた。


「議事堂に戻るのか?」


「ええ。オンライン越しに言った言葉は、何もあの方々だけに向けられたものではありません。前線に立つ彼らに報いるためにも、私達は夜通しで、明日の彼らの疲労する分を経験するぐらいの奮起をすべき、と少なくとも私はそう考えています」


「彼ら、ねえ」神宮寺はそう呟き、一度眼を伏せると、「それって――マーダー小隊のアイツらはちゃんと含まれているんだろうな?」とそれを鋭い視線に変えて再び彼女に向けた。


「…………!」欝河未月空は言葉を失った。


「え、どういうこと?」香織は呆気に取られた。


「見透かされていましたか」観念するかのように彼女は固まっていた肩を落とした。


「子供の頃から、そういう視線には敏感でね」自虐するように神宮寺は笑う。「でもまあ、上手く隠してたとは思うぜ。アイツらは気付いてねえ。もしくは……まあ疑惑なんてものは慣れっこなのかもな、意に介していないのは確かだ」


「最低だ、と貶しても構いませんよ」


「ああ、最低だな。あんなに協力的な連中を疑うなんざ、地球人の風上にも置けない人でなしだ」神宮寺は彼女の要望に応えるように酷評を連ねた。「だが、アンタは間違ってはいねえと思うぜ。例外中の例外とはいえ、総理代理なんて大層な看板背負ってんだ。それぐらい疑心暗鬼にならないと、背負った看板に相応しい汚れはつかない。誇るがいいさ。お前は立派な総理大臣みんなの嫌われ者だよ」


「眼に入れても痛くない皮肉、ありがとうございます」


 傷口に塩を塗るような容赦のない非難。しかし、欝河未月空に感情の揺らめきは見えず、神宮寺の言葉をすんなりと受け入れていた。その姿はまるで、被告人の席で堂々と有罪を受け入れる受刑者のような佇まいだった。


「えっと、なんの話をしているの?」そこで話についていけないのが香織だった。彼女は、神宮寺が戻らないから自分も戻っていないだけ、というそれだけの理由で部屋に残っていたに過ぎない。まさか、二人が深刻さをここまで呈するとは思いもよらなかった。「未月空ちゃんは、あの子たちのことを疑っているの? 何を疑っているの?」


「冴山さん、未月空ちゃんという呼び方は……」


「未月空ちゃんはさ、疑っているというよりは、あの四人を見定めようとしてんだよ」彼女の訂正に割り込み、神宮寺は香織に教授しようとした。


 はあ、と欝河未月空はため息をついた。呼び方の訂正を諦めたのかもしれない。


「見定める?」


「疑っているのはどっちかというと、他の『異神世界』で、あの四人を『ヘルミナス王国』の手先かどうか、を見定めてるんだよ」だよな、と顔を彼女に向けた。


「……その通りです。私は、『異神世界』の方方ほうぼうを疑っています」


「え、なんで!?」香織は眼を丸くした。


「今回のマキナ騒動が、異世界人の誰かによって企てられた可能性があるんだろ?」


「そこまでお見通しですか。なら、隠したところで無駄ですね」本当は一般市民に話すことではないのですが、と彼女は前置きしてから話し始めた。「私がその可能性に思い至ったのは、『異神四世界大戦』の報告書を読んだことがきっかけでした。お二人はもちろん、『異神四世界大戦』のことはご存知ですよね?」


「うん。一年前に起きた、『ヘルミナス王国』、『フーバ皇国』、『シークヴァニア連邦』VS『エクス・デウス』の四世界で発生した戦争だよね」


「その通りです。そして、その戦争の結果、『マキナ』は滅んだはずでした。しかし、その滅んだ根拠は解りますか?」


「えっと……なんでだっけ?」香織は笑って答えが解らないことを誤魔化そうとした。


「いえ、お二人が解らないのも無理はありません。このことは一般公開されてませんから。普通の生活を送っていても解らないことです」


「一応、俺は今日の道中でリハナから話を聞いてるから知ってる」神宮寺は小さく挙手した。「『母胎マザー』を破壊したからだろ?」


「『母胎マザー』?」


「『マキナ』を生み出す装置のことです。ある程度の掃討を完了した後、先の連合軍で構成された部隊が、『エクス・デウス』を調べた際に見つけたもののようです」


「生み出す装置!?」香織は愕然とした。「じゃあ、『マキナ』はやっぱり人工的に作られた存在ってこと!?」


 『マキナ』の出生は謎が多く、その大半の理由が判明する前に絶滅してしまった、というなんともいえない理由なのだが、その結果、根も葉もない噂が飛び交うこととなり、そのひとつとして、『マキナ』は知能を持った『エクス・デウス』の種族に開発されたものの、逆に生態系の頂点に立ってしまったという話があった。


「『母胎マザー』は調査隊によって破壊された、というのが報告書の最後でした。なので、今後『マキナ』が生まれることはない。残党もその後すぐに殲滅されて、『マキナ』は死滅。今後は現れない。そのはずでした」


「だが、一年後、つまり今日、こうして大量の『マキナ』が再び地球を襲いに来た」神宮寺は額に皺を寄せていた。「つまり、これの意味することは――」


「え、それってもしかして」香織も二人の言わんとしていることを理解した。「『、ってこと……!?」


「可能性のひとつではありますが」否定気味な口ぶりの欝河未月空も、その疑惑に傾倒しているようだった。「我々は『異神世界』の方々を通してしか、その事実を確認できていません。実際、その後に『マキナ』が一切現れなくなったので信じるに至ったわけです。『母胎マザー』を破壊せず、『異神世界』のいずれかが隠して利用している可能性も否めません」


 もちろん、他の可能性だっていくつもある。『母胎マザー』が発見された一台だけではなく、他の場所にも保管されていたとか。『マキナ』を殲滅しきれなかったとか。


 ただ、「他の可能性はいずれも否定材料が出てきてしまう。一年間の空白というのも意図的です。まるで、私達が全滅を確信して油断を誘うような、戦略のようなものを感じます」


 『異神五世界平和条約』によって、他世界は地球に対する奇襲が仕掛けづらくなってしまった。過去に地球を襲ったのは、『エクス・デウス』に限らないにも拘らず、だ。であれば、条約に含まれない『マキナ』を操って侵略を図ろうとする動機は揃っているように思われた。


「そして、『母胎マザー』を目の当たりにしたのは三世界。『ヘルミナス王国』、『フーバ皇国』、『シークヴァニア連邦』です」


「リハナちゃん達は『ヘルミナス王国』の派遣部隊。だから、あの子達が手引きしたかもしれない……ってこと?」香織は戸惑った声を出した。「そんなこと有り得ないよ! あの子達が敵だなんて、絶対有り得ない!」


「私もそう信じています。しかし、だからこそ、見定めるべきなんです」欝河未月空は、香織の非難を真正面から受け止めた。「疑いの先に信頼があると信じて」


 ガバッ、と香織は立ち上がった。「ないよ、絶対ない!」とだけ言うと、足早に部屋を出ていってしまった。


 ドアノブが捻られる音が木霊する。その後には、再び静寂が舞い戻ってきた。


 欝河未月空は顔を歪ませた。頭痛を起こしたかのように額を押さえ、その表情からは苦悩が見て取れた。


「相当堪えたか?」神宮寺は口元は笑いながら、瞳は笑っていなかった。


「ええ、まあ」


「アイツはどこまでいっても純粋だからな。皮肉屋の俺よりも鳩尾に響くだろ」


「……これほど、魔力マナが見えない自分を悔やんだことはありません。魔力マナからは、悪意の有無なども読み取れるんですか?」


「いや、そこまでは解んねえよ? 解る奴もいるかもしれねえが、俺はそこまで優秀な魔法師じゃねえからな」肩を竦めながら皮肉を口にする神宮寺。「けど、俺も奴らを信じてる。アイツらは、そういう手練手管を使うような連中じゃねえよ。……特に、アイツはな」


 と神宮寺が思い浮かべたのは、どこまでも愚直で自己犠牲な、どうしようもないほど気に入らないところがないネコ耳の少女だった。

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