第 16 話 フィクサー


 P.M.5:00 緊急異世界災害特設対策支部


「何故でしょう。私が招集した人数よりも何倍も多い数が集まったように思えるのですが」


 異世界災害に特化した対策チームの支部署といっても、それはやむを得ず離脱するしかなかった人員をひとまず一塊にするための簡易的なスペースだ。室内はテレビ一台も置くと窮屈を覚える六畳間に近い狭さだった。緊急避難指定地である創明大学の一室を大々的に借りるわけにもいかず、また情報の漏出を防ぐためにも機密性の高い部屋が好まれた。元々、出動した人員も一人だけだったので、リモート会議できるぐらいのスペースがあれば充分だったのもあった。


 カレンダーや福祉系の就職者促進ポスターが貼られたままのそんな部屋に、部屋の容量を優に越えた人数が到着していた。


 最初から部屋にいたスーツ姿の女性は、出入り口付近に溜まった過分を睨んだ。


「はは」リハナは彼女から発せられる不機嫌のオーラをいち早く察知し、気まずそうに苦笑する。


「私はリハナの車椅子を押す担当だし、別にいいでしょぉ?」ミデアはマイペースにゆっくりと反発した。


「ミデアさんは問題ありません。クレハさんやアイーシャさんと同じ部隊の『獣人デュミオン』ですし、今から始める話に参加する権利があります。問題は……」


 と、何故かその場の誰よりも申し訳なさの欠片も見せない部外者二人に視線を移した。


神宮寺じんぐうじ玲旺れおさん、冴山さえやま香織かおるさん――貴方たちは紛れもない一般市民です。この場は関係者以外立ち入り禁止です。速やかにご退室してください」


「えぇー、つまんなーい」香織は開口一番に子供のような不満を言った。


 ギロり、とそんな彼女を女性は睨む。


「まあ、待てよ、未月空ちゃん」今度は神宮寺が口を開いた。「このチビは置いといて、俺が一般市民かについては正直グレーだろ。条件をクリアしないと出動許可が降りないのは百歩譲るとしても、いつでも動けるように戦況は把握しておいたほうがいいだろ」


「それならご安心ください。貴方に暴れてもらうことは万にひとつも有り得ませんから。これは、総理代理である私の判断です」


「おいおい、切り札を出し惜しみしている場合か?」


「現状確認できた敵戦力を精査したところ、自衛隊や『派遣ビーファ』の方々のみで鎮圧は可能です。でしゃばって事態をややこしくしないでください。後! 気安く! 女性を! 下の名前で呼ばないでください!」


 相変わらず気が強い女だな、と神宮寺は肩を竦める。彼女――欝河うつかわ未月空みるくは『異世界間交流調整環官』という若々しい見た目からは考えられない重要な役割を担っていた。その功績は確かなもので、特に他世界の代表と堂々と渡り合う気の強い姿勢は重宝されていた。


 平和条約を結ぶきっかけとなった神宮寺とは何度も顔を合わせており、その度にその人間性に幻滅した反応を見せていた。特に第一印象が格別に悪く、軍人や官僚をパシリのように扱い、首相との対談も鼻であしらい、一言で言えば調子に乗っていた。地球を集団リンチに遭う悲劇から救った、という先入観が強かったがために、その温度差は彼女の中では大きかった。それからも付き合いは続き、顔を合わせる回数に応じて好感度が下がる逆確変状態のようなことになっていた。


「クレハさん、私はリハナさんを連れてくるように言いましたよね? 馬鹿も連れてこいとは一言も言ってませんよ」


「おい香織、お前がエセ理系だってことがバレてるみたいだぞ」

「違うよ。玲旺ののほほんな生き方を馬鹿だと言ってるんだよ」


 馬鹿一号と馬鹿二号が何か言っていた。


「連れてきても問題ないと思ったから」クレハはすげなく答えた。「『禁忌の人物史アカシックエラー』にも協力してもらったほうが事が迅速に片付くだろうし、ぶっちゃけどんだけ強いか見てみたかった」


「ぶっちゃけ過ぎでしょ……。せめてもっともらしい理由を述べてくださいよ」


「尤もらしい理由もある」


「あるんじゃないですか」


「彼もリハナと同じ、喋る『マキナ』を目撃した貴重な情報所持者。『禁忌の人物史アカシックエラー』である彼の知見は聞いておいたほうがいい」クレハの話し方は、機械の音声よりも無機質に聞こえた。淡白ながら、伝えるべきことはちゃんと伝えていた。


「ん、う……」欝河未月空は言葉に詰まった。一理あると思ったのだろう。「そういうことなら仕方ありません。神宮寺さんにも協力してもらいましょう」


「あの、ボクは……」


「駄目に決まってるだろ。ハイ決定」


「あ、ズルいぞ玲旺! 自分だけお許しを貰うだなんて……!」


 頬を膨らませた香織が神宮寺を叩こうとした。しかし、彼はそれをさらりとかわした。


「神宮寺さんの意見に賛同するのは癪ですが、確かにその通りです。すみませんが、香織はお引き取り願います」


「そんなあ……」ガックリ、と効果音が出そうな落胆ぶりを見せる香織。


「別にいいんじゃねえの?」そんな彼女に助け船が出されるとは、誰も予想していなかった。


「アイーシャさん?」リハナは、欝河未月空と一緒にクレハの帰りを待っていたクマ耳の『獣人デュミオン』に眼を向けた。


 アイーシャ・アードロイド。マーダー小隊の副隊長を務める、クレハの右腕的存在。彼女のこともリハナは『騎士団アルスマン』に入る前から知っていた。クレハと唯一連携が取れる実力者であり、彼女達のコンビネーション力は騎士団随一という噂もあった。


「ここで聞こうが聞かなかろうが、一番の問題はそれを他人に話しちまうことなんだから、それを強く禁止すればいいだけじゃねえの?」


「アイーシャさん、そういう問題では」


「つーか、ここでゴネられるのが一番ロスだろ。急がなきゃいけねえんだし、多少の不備は無視しようぜ」


「……それもそうですね」仕方ない、と欝河未月空はため息をついた。「特別に冴山さんの参加を許可します」


「やった」香織はガッツポーズを取った。


「ただし、ここで聞いたことは絶対に口外しないこと!」


「解ってるわかってる」


 本当に解ってるのか? と言いたげな視線で、胸の辺りをトンと軽快に叩く香織を見ていた彼女だったが――やがて咳払いをすると、「それでは、本題に入りたいと思います。皆さんは席に座ってください」


 対策支部もとい生徒指導室にはテーブルとパイプ椅子が四つ置かれていた。長方形の長い辺に、向かい合うように二つずつ置かれているのだが、これがまた部屋の窮屈さを後押ししていた。欝河未月空を除く三人が座った。リハナは車椅子があるので、席のない短い辺を陣取った。その向かい側に欝河未月空が立っている配置となる。


「アイーシャさん、パソコンを起こしていただけますか」


「はいよ」


 テーブルには一台のノートパソコンだけが置かれていた。アイーシャはマウスを動かすだけでパソコンの電源を入れた、というよりはスリープモードになっていただけだった。

 眠りから目が覚めたパソコンが映したのは、いくつかに分割された枠組みに映る男女の姿だった。対策本部のパソコンとオンラインで繋げたまま、リハナ達の到着を待っていたのだ。


「すみません、お待たせました」欝河未月空は儀礼的に頭を下げると、「では、に入る前に、いくつかの情報を共有したいと思いますので、リハナさん」と彼女は正面を見た。


「はい」リハナは泰然としたその瞳に射抜かれ、先ほど怒鳴っていた人と同一なのかと驚いた。背筋を伸ばす。


 画面の中の人達もこちらに注目しているのが解った。


「貴方をこの場に呼び出した理由はおおむね理解できていますか」


「はい。私から、喋る『マキナ』の個体についてお聞きしたいんですよね」


 自分が呼び出された理由について、大方のあらましはここに来る道中で聞き及んでいた。リハナはクレハを見た。彼女が説明してくれた。


 そのとなりにはアイーシャが座っており、リハナの発言を腕組しながら待っていた。こうした堅苦しい場は苦手なのか、事が終わるまで眼をつむるつもりのようだった。


 クレハとアイーシャの二人はアードロイド、とラストネームが一致していた。姉妹ではない。二人は見比べるまでもなく似ていなかった。クマのような耳を生やしているアイーシャとは異なり、クレハはキツネのような尖った耳を生やしていた。髪を束ねているという点は一致していたが、ただの髪型だ。何故、ラストネームが同じなのか。リハナが訊いても教えてくれなかった。


「その通りです」欝河未月空は頷いた。「言葉を話す『マキナ』が確認されたことは、今の今まで一度もありません。未知の個体である可能性があります。本日は、その精査を行うためにも、リハナさんにはパソコンに映るこの方々に、目撃した『マキナ』の特徴を話していただきますか」


 リモートで会議に参加する男女は、あらゆる方面から『マキナ』に関わったことのある有識者たちだった。『マキナ』を研究する機関はもちろんのこと、『マキナ』の戦力考察に携わった戦略家や、元指揮官、原子力政策課長、といった長期に渡る『マキナ』との抗戦に尽力した専門家の彼らに、リハナの出会った未知の個体を話せば何か解ることがあるかもしれない。


「まず、私が出くわした喋る個体は二体でした。片方は、正直よく解りません。しかし、もう片方……最初に出くわし、戦闘にまで発展した個体のほうは、恐らくですが『魔法』を使えます。それも、『ネームド』のような糸生成ではなく、広範囲に渡る極めて攻撃的な魔法です」


 リハナは戦った個体が使った魔法の詳細を口にした。魔力マナで固めた光のような剣で、高層ビルを一刀両断にしたことも喋った。


 すると、画面の奥で静聴していた重役人たちが頭を抱える素振りを見せた。


『もし、その話が本当であれば、その個体は間違いなくランクA――『暴君タイラント』にも匹敵する実力を持っているでしょう』画面の中の誰かが言った。


『その個体の容姿はどうでしたか?』


「えっと……大きさは二十メートルぐらいで、トカゲのような顔をしていました。しかし、身体は例に漏れず機械的で、長い腕と短い足を生やしていて、刃物のような翼で常に飛行していました。機械という点を除けば、『ヘルミナス王国』に生息している『魔物ミシュラ』にも似た爬虫類のような見た目です」


「大きさも『暴君タイラント』に引けを取らない」クレハが呟いた。


「なかなか手応えのありそうな新手じゃねえか」アイーシャは好戦的な笑みを浮かべた。


「問題は、そのレベルの個体が言語を口にする、ということだよねぇ」ミデアは深刻なのか解らない口調で言った。「口にする、というよりは電子音声、って奴なのかなぁ? まあ、そこらへんは専門家に調べてもらったほうがよさそうだよねぇ」


『二体目の個体について解ることはないんですか?』画面の中の誰かが言った。


「そちらについてはなんとも言えません。私達が先述の個体に追い詰められたときに現れたのですが、その個体を咎めるような旨を話しながら、すぐにその場を飛び去ってしまったので。あ、一応、見た目は解ります」


 リハナは砂煙が晴れた後に見えた、蝶の羽のような翼を果たした飛行機体について説明を加えた。


「『俺達の任務を忘れたのか』というようなことを最初にいた個体に話してから飛び去ったので、魔法を使うのか、使うとしてどんな魔法なのか、については何も解りません」


『喋る【マキナ】が二体も……なんてことだ……』

『何故、今になってそんな個体が……』

『任務というのはなんだ……?』


 リハナの話を聞き、議事堂に集まった対策本部の面々は独り言のように嘆きを見せた。単純に考えて、人語を話すということは『ネームド』よりも知能が高く、『暴君タイラント』と並ぶ破壊力を持つ魔法を扱う存在ということになる。これまでの強敵のハードルを格段に上げているのは間違いなく、また事と次第によっては、これまでの積み重ねてきた分析や研究が無に帰す可能性もあるとなれば、嘆きたくなる気持ちも解らなくもなかった。


 そのとき、神宮寺が、「出現時期やタイミングとか、そこらへんの疑問はまだ判明しないだろうが。まあ少なくとも、その喋る個体、」と発言した。


 その発言を聞いた誰もが眼を見開き、その場は騒然となった。


「ど、どういうことですか」リハナは彼に訊ねた。


「二体目の個体が現れたとき、あいつはもう片方を、『グラトニー』と呼んでた。んで逆に、呼ばれたほうが『レイジ』と返事してた。普通に考えると、この単語は二体の名前だろうな」


 名前。リハナはその単語を頭の中で反芻する。『マキナ』などの呼称はくまで地球人がつけた識別名であり、奴らにそういった意識があることが、未だに受け入れることができなかった。


「この、グラトニーとレイジは、日本語で『暴食』、『憤怒』、っつー意味だ。これは、日本のサブカルチャー大好きな人間なら誰もが知ってる『七つの大罪』のことだな。その一部で呼び合っていた。つまり、それの意味することは」


「そっか。後、五つの大罪が残ってる」わざとなのか、香織は指を折って残りの数を数えているようだった。


 画面の中で神宮寺の憶測を聞いた各分野の専門家たちがひとたびざわざわとし出した。緊張感が高まり、『未知の個体が七体も……!?』『名前は【マキナ】の間で決められているのか?』『いや、異世界人が地球の知識を利用するとは考えづらい』『ならこの一致はなんだ?』などと忙しない。


 このとき、リハナは共有すべきかどうか解らない情報がひとつ浮かんでいた。それは、彼女が奴ら二体を察知することができなかったことである。しかし、それらを話すにはまず自分の体質から説明しなければならないし、そもそも地球人が知覚できない魔力マナも関わってくるので、あまり意義のある有力な情報とは言えなかった。


 ――後で、事情を知っているクレハさん達には伝えておきましょう。

 ――というか、その私でも聞き分けられなかった『魂』にいち早く気が付けたのは、神宮寺さんが『禁忌の人物史アカシックエラー』だったからなんですね。


 『禁忌の人物史アカシックエラー』の詳細がどんなものなのかも理解していなかったが、リハナは妙に得心が行ったような気分だった。


「だまらっしゃい!」謎ばかりが深まる強大な敵に、狼狽と不安が広がりつつある対策本部の面々に、欝河未月空がそう一喝した。


 ピクッ、と『獣人デュミオン』の少女達の耳が思わず反応した。


 全員の視線が彼女に集まる。「動揺している暇はありません。新たなる脅威が現れた今、貴方たちのすべきことは以前と変わりありません。前線に立つ者が記録した経験を礎に対策を練ること。それだけです。重要な仕事です。だからこそ、貴方がたが動揺していてどうするんですか」


 ピシャリと言い放つ欝河未月空に、画面の中の面々はすっかり気圧されてしまった。

 彼女に専門的な知識はない。その作業がどれだけ大変なのかも知る由もない。

 しかし、誰かが言わなければならないことを言う。それが今の自分の役割だと自覚していた。


 ――なんだか、官僚というより軍曹みたいな人だなあ。


 気後れも躊躇もない、眼前の事柄にいつも全力に挑むような彼女の畏れと威圧の中から、リハナは唯一無二のかっこよさを見出だしていた。


「アレクトルアさんと神宮寺さんからのお話は以上です。この情報の元に、私達は未知の個体の『マキナ』をランクS――『フィクサー』と呼称することに決定しました」


 『暴君タイラント』を越える危険度。ランク。それほどの脅威に認定された事実に、リハナはゴクリと唾を飲んだ。


「貴方がたの調査に少しでも進展があることを願います。では次です」と彼女は無駄な時間を割くように話を進めた。「今から『本題』に入ります」


 本題。リハナは、最初に彼女がそう口にしていたのを覚えていた。つまり、『フィクサー』のことは前座でしかない。


「これより――『首相官邸奪還作戦』の詳細考案に入ります」

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