第 14 話 苦味と、少しの甘酸っぱさ


 P.M.4:30 東京都目黒区 創明大学研究棟


 扉を開いて入室したのは、ボーダー柄のコットンスエットというだいぶなラフな格好に着替え、のっぽな体格のせいで煙突にも見える神宮寺じんぐうじ玲旺れおだった。

 またの名を『禁忌の人物史アカシックエラー』と言い、異世界の住人を加味しても最強と言わしめる人物だった。


「ヤバい状態だって聞いてたけど、なんだよ案外元気そうじゃねえか。怪我はもう大丈夫なのか?」


「神宮寺さん、なんでここに?」


「なんで、って来ちゃいけねえのかよ。お前を心配して来てやったのに」


「いえ、それはありがたいのですが。私が聞きたいのは……」とそこまで言ったところでリハナの言葉は途切れた。


 『禁忌の人物史アカシックエラー』の貴方が好きに行動していいんですか、と問いかけたいところだったが、率直にそのことに触れていいものか迷ってしまった。


「……ああ、そういうことか」神宮寺は彼女の複雑な心情を察したようだった。「そりゃ政府アイツらからしたら、檻に入れてでも俺の行動を制限したいだろうな。だが、そんなことをしたところで根本的解決にならないことも解ってる。大体、俺は最強以前にか弱き小市民だぜ? そんな非人道的な所業、お国が許してもお天道様が許しません、ってやつだ」


「いや、意味が解りません」


 老子知らねえのかよ、とこれまた意味の解らない不満を垂れる神宮寺を余所よそに、リハナはベッドの傍に置かれた椅子に座っているミデアに話しかけた。


「本当にこんな人が頼りになるんですか」


「あははー。リハナもそう思うよねぇ。でも、これが憎たらしいことに役に立っちゃうから、神様ってのは平等じゃないよねぇ」


「おい、聞こえてんぞ」


「神宮寺さん!」ガバっ、とリハナは神宮寺に向き直った。


「お、おう」

「訊きたいことがあります」

「ど、どうぞ」

「先ほど、ミデアさんからも小耳に挟んだのですが」

「お前の耳はどう見ても大きいけどな」

「茶化さないでください。有陣大学での一件ですから」


 有陣大学で起こったことについて、リハナは訊きたいことばかりだった。しかし、その場に居合わせていないミデアに訊くわけにもいかず、神宮寺にまた会うことになれば訊き出しておこうと決めていた。


「逃げ遅れた生徒や教師は無事だったんですか?」


「…………」


「神宮寺さん?」


「いや、最初に訊くのはやっぱそれなんだなあと思ってよ」神宮寺は苦笑気味に応じる。「ああ、無事だよ。奇跡的に命を落とさなかった。ただ、『ネームド』? だったか。そいつにやられた傷が酷くて、今は病床に眠ってるよ」


「大丈夫なんでしょうか」


「まあ、大丈夫なんじゃねえの。負傷者の治療には『フーバ皇国』の氏子うじも混じってるって話だぜ。アイツらなら、『癒』っていう回復魔法も使えるし」


「何いってんの。神宮寺くんだって使えるんじゃないのぅ?」ミデアは意地が悪そうな顔で彼のことを見上げた。「魔力マナ、持ってるんでしょ?」


「俺は使えねえよ」神宮寺はどこかバツが悪そうに言う。「いや、使おうと思えば使えるかもしれんが、趣味じゃねえ。。やり方も解んねえしな」


「なんだ、なんでもできるわけじゃないんだ」ちょっと残念、とミデアは残念でもなさそうに呟いた。


 そのやり取りを聞いていたリハナは、あれと首を傾げた。


 ――そうなんだ、使えないんだ

 ――てっきり、あのときの傷はこの人が治したのかと。


 あのときとは、リハナが神宮寺と初めて顔を合わせた、あの喋る『マキナ』と対決した一幕のことだった。

 攻撃をモロに受けた彼女は、隣接するビルに弾丸のような速度で窓を破りながら吹き飛ばされた。身体が丈夫な『獣人デュミオン』といえど、リハナはその恩恵をまともに受けていないので、見た目に相応しい重傷を負っているはずだった。それこそ、死すら覚悟していた。そもそもその後、目黒区方面に歩くことすらままならないはずだった。


 ――まあ、脇腹の怪我は治ってなかったし、本当に幸運が働いただけなのかな?


「とにかく、民間人のほうは問題ない。そもそも、軽傷だった奴のが多いらしいしな」


「え、そうなんですか」


 『ネームド』が非力な人を痛めつける事例はこれまでも何度かあった。『ソルジャー』とは異なり、『ネームド』の役割は飽くまでも効率的に人を集めることである。奴の行為にはすべてが意味がある。捕まえた人間をすぐに殺さないのは、人の悲鳴で別の人を誘導するためだったり、色んな殺し方を試して効率のいい殺害方法を吟味したりするためだったり、というのが多かった。


 ――今思えば、篠原さんに糸を纏わせていたのは、逃がさないためともうひとつに、身体に刻んだ傷を隠すためでもあったんですね。


 納得できる理由が出てくるほど、リハナは『マキナ』に対する怒りが累積るいせきしていくのが解った。


 ――でも、その篠原さんも神宮寺さんが助けてくれた。全員が助かったということは、そういうことですもんね。


「なんでも、霧谷って教師が積極的に痛めつけられる役を引き受けたらしい。自分が実験体になるから他の人には手を出すな、って。だから、その教師だけ重傷だが、魔法ならなんとかなるってよ」


「そうだったんですか。凄いですね、その人は」


「全くだ。言うほど理不尽な教師でもなかったしな」


「ん?」


「いや、こっちの話」


 リハナは心の底から安堵の息を吐いた。それが一番の心残りだった。『ネームド』との戦闘で死を確信したとき、上に残した彼らの安否が明らかでないこと。それが気になりすぎて、未練がましく幽霊になっていてもおかしくなかった。それほど、彼女にとって民間人の死は重く辛いものだった。


「……それにしても、神宮寺さんはそんな細かい話まで聞き及んでいるんですね」


「え?」神宮寺は眼を丸くした。


「被害者の皆さんから聞いたんですか?」


「ああ、まあな」


 意外だった。神宮寺は釣った魚に餌やらないというか、人生で素通りした人物に振り返ってまで関わろうとする人種に見えなかったからだ。もちろん、会って一日も経っていない薄っぺらな印象だが、リハナはこの見立てに結構自信を持っていた。


 そんな彼が過去をかえりみて、わざわざ被害者の元まで歩み、あのときの状況を聴取するというのは、どうにもイメージに合わなかった。

 これは決して貶しているわけではない。他人事に深く関わろうとしないのは万人のさがだとリハナは思っていた。


「被害者の皆さんの話に、神宮寺さんの興味を惹き付けるような話があったのでしょうか?」


「いや、玲旺が彼らから話を訊き出したのは、見舞いに行ったときにあなたが真っ先に気になるだろうと予想したからだよ」


 さも当たり前のように、この場にあの三人が集まったのならば自分がいるのは当然、と言わんばかりの自然さで発せられた知らない声に、リハナは疑問と困惑の両方をあらわにした。

 足音が外から近付いてきているのは耳で聞き取っていた。しかし、ただ廊下を歩いているだけで自分の個室に用があるわけではない、と踏んでいた。ところが、足音が部屋の前で止まった時点で疑問符は湧いた。さらにそこから部屋に入りながら今の台詞を口にしたので、やっとリハナは必然とも言える疑問を口にすることができた。


「だ、誰ですか?」


 扉の外から話に割り込んできたのは、リハナ達と同い年ぐらいに見えるうら若き女だった。黒髪ショートの髪が健康的だった。活発そうな顔立ちとは裏腹に、眼鏡と白衣を身に付けていたが、それも程好く調和を生んでいて似合っていた。


「お医者さんでしょうか?」服装からそう予想するリハナ。


 すると、謎の女は瞳を輝かせる。「お医者さん、だって! 玲旺! ボクってそんなに理知的に見えるかなあ?」


「白衣を着てるから言ってみただけだろ」


 興奮したように神宮寺の背中を叩いてくる謎の女に、叩かれた本人はめんどくさそうに応じる。

 二人が並ぶと、異常に高い神宮寺の身長が際立ち、目下行われている言動も相まって女のほうが中学生ぐらいにも見える。


 その様子からは、避難地でたまたま出会ったような関係性とは思えない雰囲気が漂っていた。


「お二人は知り合いなんですか?」


「うん。交際25年目だよ」


「さらっと嘘をつくな。恋人じゃねえよ。それに、それだと生まれた瞬間から付き合ってることになるだろうが」


「では、お二人はどういったお知り合いなんですか?」


「……別に。ただの腐れ縁だ」神宮寺は苦虫を噛み潰したような顔をリハナから背けながら、か細い声で言った。


 腐れ縁。リハナはその単語の意味はなんとなく知っていたが、それは文面通りの意味で理解していた。つまり、仲が悪いのに続く縁、という意味で、だ。それにしては二人の間柄に波乱のありそうな雰囲気はなく、リハナは一層いっそう二人の関係が解らなくなってしまった。


「はは。照れてるだけだよ、この人は」謎の女は笑いながら言う。「それじゃあ、自己紹介しようかな。ボクの名前は冴山さえやま香織かおる。創明大学の元生徒で、現教授をさせてもらっているよ」


「き、教師の方でしたか」


「いやいや、そんな畏まらなくていいからさ。教授、といっても非常勤講師だし。本業は研究員だから。ほら、白衣を着てるでしょ」と言った香織はくるりと回って白衣の裾をたなびかせた。


 白衣だから研究員、という理論も異世界のリハナには馴染みがなく、「はあ」としか言いようがなかった。


「その研究のために、二年前までお世話になってたこの創明大学研究棟の一室を借りてるわけ。借りてる、といっても名義人はボクじゃなくて井上部長だけど」


「イノウエブチョウ?」


「感情認識エンジンは色んな人が研究してるからね。ボクがわざわざち上げる必要もなかったんだよ」


「はあ……」


「それに、研究員といってもまだペーペーで、今は雑用やパシリに近い扱いしかしてもらえてないんだよね。非常勤講師は決まりでやらないといけないからやってるだけで、実のところは生徒たちに教鞭を取ってやれるほど頭良いほうじゃないんだよ」


「コイツの言うことは殆ど聞き流していいぞ。説明するのがド下手くそだから、聞くだけ無駄だ」


「ちょっと玲旺! なんてこと言うんだよ! ボクの説明のドコが解りづらいのさ!」


「主観本分すぎんだよ、お前の説明は。自分の知ってる専門用語が相手も知ってると思うなよ。ただでさえ、リハナは異世界人なんだからよ」


「あ! それって、異世界人差別だ!」


 いつの間にか主体が二人の会話に移り変わってしまっていることに、リハナはどう反応すればいいか解らなかった。確かに、香織の言うことは耳馴染みがなく、地球にいる間も接点のなかった分野なのだろう、と当たりをつけていた。それは解った。ただ、肝心のことがまだ彼女達から聞けていない。


「結局、お二人はどういった関係なんでしょうか」


「ああ、そうだったね。というか玲旺、腐れ縁ってどういうことさ。もっと他に適した言い方があるでしょ。それが、小学生まで一緒だった女の子に対する紹介文なわけ?」


「幼馴染も腐れ縁もそんな変わらねえだろ」


「変わりまくるでしょ!」


 変なこだわりを見せる香織は、面倒くさそうに返答する神宮寺に不満だらけな様子で、頬を膨らませながら訂正を申し立てていた。その幼稚な言動がますます幼く見せていた。


「へー、二人は幼馴染なんだぁ」そこで今まで傍観に徹していたミデアが口を開いた。


「なんか悪いかよ」神宮寺は素っ気ない態度でミデアを睨んだ。


「別にぃ〜」両手を頭の後ろにしながら間延びした口調で返事する彼女は、一瞬だけチラリとリハナのほうに眼を向けた。


 ――……?

 ――ミデアさん、一瞬こっちを見たような。

 ――……気のせいかな?


「それよりも、ということはキミが、リハナが無線で話していた民間人が会いたがっている幼馴染ってことかぁ」


「あ、馬鹿」ミデアの漏らした言葉に、神宮寺は顔色を変えて彼女の口を塞ごうとした。


 しかし、遅かった。「え! なにそれ!? ボクその話知らないんだけど!」瞳をこれでもかと輝かせ、その身から溢れる歓喜が周囲にまで伝わってきた。


「別に言ってねえよ、そんなこと。アイツが勝手に言ってるだけだろうが」


「またまた〜、照れちゃってぇ」


「照れてねえよ。電波が悪くて聞き間違えたんだろ。創明大学に来たのだって、シェルターみてえな狭い空間で大人しくするのが嫌だっただけだ」


「え、でも、あのときは、一緒にいてやったほうが何倍も心に余裕が生まれる、と幼馴染の方を案じて……いたっ!?」


 補足でも意図的でもなんでもなく、天然で疑問を口にすることで追い打ちをかけようとしたリハナを、神宮寺は無言でその額にデコピンを加えた。彼は僅かに頬を引き攣らせ、額に青筋を浮かばせながら、「く う き よ め」と威圧感を込めていた。


「ちょっとダメだよー、玲旺。女の子には優しくしなくちゃ。ただでさえ怪我人なんだから」文脈だけ取れば割りとしっかりとした注意だったが、それを言った香織の表情は緩み切っていた。「でも、そっかー。ボクを心配してくれてたんだ。どんだけ意地悪なことを言ってても、ちゃんと気持ちは伝わってるんだね。むふふー」


「うわ、笑い方気持ちわる」


「今は何言われてもノーダメージ!」


 にんまりとこちらの気勢が削がれるほどの幸福に満ちた笑顔を浮かべる香織。えへへ、とだらしなく声を漏らし、神宮寺の腕に密着するように己の腕を絡ませた。頭と同じ高さにある肘の辺りに頬をすりすりとさせていた。


 その様子は本当に幸せそうで、初対面ながらリハナは、彼女の神宮寺に対する気持ちが友人のそれではないことを察することができた。


「……なんでこっちをニヤニヤと見てるんですか、ミデアさん」


 それと同時に、リハナは一人の視線がずっと絡みついていることに気付いていた。


「べっつにぃ?」視線の主であるミデアは誤魔化すように眼を逸らした。


「ああクソっ」神宮寺は鬱陶しそうに香織を引き剥がした。「つーか、なんでここに来たんだよ。研究のほうはどうしたんだ」と乱暴に香織の訪問理由を訊ねた。


「あ、そうだった」絶賛無敵モードの香織は、神宮寺の粗暴な仕草にも堪えた様子を見せず、ポンと両手を合わせた。「ボク、リハナちゃんにお見舞いの品を持ってきたんだよ」


 そう言うと香織は、白衣の大きなポケットに手を突っ込んだ。大きい、といっても手の平大のメモ帳が入るぐらいの収納サイズであり、当然ながら見舞いによく見る果物や本が入る大きさではなかった。というよりも、怪我人に渡す贈り物をポケットに入れておくのは衛生的にどうなのか、と言いたげに神宮寺は顔をしかめていたが、彼女のそのズボラは今に始まったことではないのかもしれない。


 何より、見舞いの品を持ってきたと張り切っている彼女からは、悪意や恩着せがましさがまるでなく、ただただ無邪気に心配して贈りたい、という気持ちが物凄く伝わってきた。


「じゃーん」と彼女が取り出したのは、手の平にちょこんと乗った白い固形物だった。花瓶のような形の容器に入っており、縁はカラフルなフィルムで蓋がされていた。その表面には文字が書かれており、恐らくはその固形物の名前なのだろうが、リハナには読めなかった。


 神宮寺が香織の手の平に乗ったものを眺めた。「なんだ、『ヨーグル』じゃねえか」


「ヨーグル?」リハナは、その言葉が何かの呪文のように聞こえた。


「お前、自分が好きなものを持ってきてんじゃねえよ」


「でも、美味しいじゃない」


「駄菓子は人選ぶだろ。つーか、怪我人に駄菓子はアリなのか?」


 香織が見舞いの品として持ってきたのは、『ヨーグル』という駄菓子の類だった。牛乳と乳製品で作られたヨーグルト風味のお菓子で、容器の奇妙な形はヨーグルト瓶を模していた。


「これ、美味しいから。よかったら食べてね」


「あ、ありがとうございます」リハナは礼を言って受け取った。


「…………」その後、香織は何かを期待するかのようにリハナを凝視し続けていた。


 ――食べろ、ってことかな。


 そう思ったリハナは、フィルムを剥がし、付随している木製のスプーンを持った。

 香織の興味津々度が上がったような気がした。

 ヨーグルト自体は何度も食べたことがあったので、そこまで抵抗感はなかったが、期待されながら食べるのは初めてのことで、妙に緊張を感じながら、リハナはスプーンで掬ったヨーグルを口に運んだ。


「――リハナ」


 その途中で、またもや扉から訪問客が現れた。


「クレハさん!」香織のときとは違い、訪問客はリハナのよく知る人物だった。


 クレハ・アードロイド。マーダー小隊の隊長を務めている『獣人デュミオン』だ。『派遣ビーファ』が結成される前から『騎士団アルスマン』に所属しており、指折りの実力者として名を轟かせていた。リハナが『騎士団アルスマン』を目指すきっかけになった憧れの人物でもあった。


「怪我はもう大丈夫?」


「は、はい! 問題ありません」全くもって問題しかなかったが、リハナは彼女の前で弱い自分を見せたくなかった。


 クレハは淡々と言った。「大変な任務の後で申し訳ないんだけど、ちょっと一緒に来てほしいところがあるの」


「一緒に来てほしいところ、ですか?」


「事情は向かいながら話す。車椅子も用意した。とにかく来てほしい」


「解りました」即断即決だった。


「よく解んないけど、リハナを対策支部に連れて行く、ってことぉ」ミデアはクレハに訊ねた。


 彼女は無言で頷いた。


「なら、俺達も向かわないとな」ようやく面白くなってきた、と神宮寺が不敵に笑いながら言った。


「え、神宮寺さん達もですか?」


「当たり前だろ。お前が行くなら俺も行くっての」


 それが、一体なんで当たり前なのか、リハナは全くもって解らなかった。しかし、クレハは考えた素振りを見せると、「……『禁忌の人物史アカシックエラー』なら問題ない。ついてきてもいい」と彼の同行を許可した。


「え、いいんですか」リハナは事態も解らないので、すんなりと流れるこの展開に当惑していた。


「俺だって無関係じゃねえんだし、知る権利ぐらいはある」神宮寺は真顔で主張した。「それに、お前は他にも俺に訊きたいことがあるんじゃねえのか」


「あ……」それを言われて思い出した。その通りだった。リハナは肝心なことを聞きそびれていた。


 しかし、それを本当に訊いていいのか、何故か迷いもあった。理由は解らない。ただ、訊けばいいだけで、それで何かが変わるわけでもなかった。にも拘らず、浮かんだその疑問は水面下で浮き沈みを繰り返すようなどっちつかずな立ち位置にいた。


 そして、その疑問と共に浮上するのが、とある言葉。


「事実を突きつけられたところで、俺は怯みもしねえ。それが、俺達だからだ」


 傷ついた自分に応急処置をしてくれたときに言った青年の言葉。

 暖かみと思いやりの詰まった、魔法では感じることのできない特別な行為。

 青年をそれを誇らしくしていた。


 しかし、後になった判明した青年の正体。

 それは、地球の努力を否定するような飛躍のはずだ。


 ――あのときの言葉は嘘だったのか。

 ――そして、『ネームド』を倒したのは――神宮寺さん、貴方だったんですか。


 頭に残り続ける疑問。

 しかし、訊ねるに至るまでの道のりが遥か遠くに感じた。

 まるで、飲めば治ると解っているのに苦味が怖くて飲む気になれない粉薬を前にしたような、なんともいえない気分だった。


 ふと手に持っていたスプーンがヨーグルをすくっていたので、戻すのも躊躇われ、仕方なく口に含むと、独特の甘酸っぱさが香りのように口の中に広がった。

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