第8話 たまには魅せた方が良い?

 今日もまた、配信を開始してから迷宮に入る。

 私の配信はまだ人が少なく、配信開始直後に人が集まってくるようなこともないので、よくある最初の挨拶のようなものはやっていない。

 SNSなんかでの事前告知なんかも特にやってないし。

 大抵1人か2人、配信を初めて数分後には来てくれるのでそれから挨拶をしている。


 :おはようございます~

 :朝早っ、ちょうど目覚ましになったわ


「おはようございます。今日も迷宮歩いていきますよ。今日中に5層の巡回終わらせて、4層周りたいですね」


 配信を初めてから数日、私の配信にも5人前後の人が来てくれるようになった。

 けして多いとは言えない数だけど、それでもちゃんと見てくれてる人がいるんだなと感じる。


 :5層6層以外も見回りしてんの?

 :おはようそして朝早くからお疲れ様~


「おはようございます。まあ私は外にいるよりも迷宮歩いてる方が落ち着ける人種なので、実を言うとあんまり疲れなかったりするんですよね。それと見回りは、今回は4層まで私の仕事になってます。普段だと他の探索者に依頼したりするんですけど、今回はうまく人が捕まらなかったみたいです」


 本当は早く深淵探索に戻りたいんだけど。

 先日第10層の迷宮を1つ発見したけど、これまでの各層の迷宮の数からいってまだまだ迷宮があるはずだ。

 それを探して新しいモンスターと相まみえたい。


 :もう迷宮人とかそういう人種では?

 :異次元なこと言い出してて草 いやほんとに迷宮の方が疲れないって何?

 :開いた瞬間衝撃の発言が聞こえたんだが


「それじゃあちょっととばし気味で行きますね。映像揺れると思います」


 取り出したシリンダーに魔力を流して魔法を発動させる。

 ちなみにシリンダーというのは魔法結晶の種類の1つで、円柱状の形をしているから通称シリンダーと呼ばれている。

 私はこれが一番手に馴染むし、本気の戦闘時にポーチから出してベルトに装着しやすいので基本これで魔法結晶は揃えている。


 魔法結晶には他にもスフィア(球形)やトライアングル(正三角錐)、キューブ(立方体)にスティック(直方体)などの形状があり、また2つの魔法回路を1つに内蔵したものや、多数の魔法術式を彫り込まれた大型のもの、複数の魔法結晶を組み合わせてはめ込むための道具なんかも存在する。


 今回発動したのは、風走かぜはしりという風属性の魔法で移動速度を上げる魔法だ。

 他にも移動速度を上げる方法はあるのだが、これが一番静かに移動速度を上げられるので巡回には採用している。

 魔力で身体能力を強化したりして高速移動していると、着地の瞬間に轟音がなったりするし。


 :速っ

 :言っても中層後半から深層勢ならこれぐらいの動きはするよ

 :迷宮できる限り全部監察するって言ってたからこれでも抑え気味なんやろ

 :とんでもなくて草


 広めの迷宮の中を走って、なるべくモンスターを引っ掛けないようにしつつ、引っかかってしまったモンスターは一刀のもとに斬り伏せつつ迷宮を巡回する。

 こっちに気づいたモンスターを放置して移動してると、モンスターの群れを引き付けることになっちゃっていわゆるトレイン行為になってしまうのだ。


 2時間ほどかけて高速で迷宮中を見て回る。


 途中で2度ほど一般の探索者も見かけた。

 この迷宮は6層と比べれば安全だし、5層内で比較してもモンスターは安定して戦いやすい相手が多いから腕利きの探索者の稼ぎどころになっている。

 その安定さのせいで下を目指そうという探索者が減っている、という側面もあるけど。

  

 それに、そんな安定した環境でも命を落とす探索者というのは後を立たない。


「大丈夫そうですかね」


 :大丈夫じゃないんだよなあ

 :これ虚勢とかじゃなくてガチで言ってるのほんと怖い

 :流石に冷たくないか?


 コメントが若干荒ぶっている。

 さっき一組、2人組の探索者パーティーが死亡しているのを発見したからだろう。

 今回の巡回では初日以降無かったのでもう無いかと期待していたけど、むしろそれがフラグだったらしい。


「別に何も思わないわけじゃないですよ? 他の探索者さんが死んで残念だなとは思いますし。でも大事な人が死んだみたいに泣くのは無理ですよ。そこまで思い入れは無いし目の前で死んだわけでもないし。それにこういう仕事やってると、それなりに人死にには出会ってますからね」


 こうやって巡回していると、死体を見つけることはまああるのだ。

 それだけ探索者が死んでいるということでもあるが同時に、私が担当しているのが5層6層だというのも影響している。 

 

「それに6層とか5層だと、人が少ないから結構前の死体とか遺品が回収されないまま残ってたりすることは結構あるんですよ。死体の回収も危険だからおいそれと出来ないですし」


 命がけで迷宮に潜っている探索者に、モンスターがいるところに突っ込んで死体か遺品回収してこいなんてギルドでも言わない。

 命の保証も遺体の保全も誰も確約してくれないし、特に5層6層以降だとする能力もない。

 だから迷宮は、全てにおいて自己責任なのだ。

 命の保証も遺体の保全も、その回収すらも。


 :いっつも明るい配信ばっか見てるからめっちゃ刺さる。やっぱり倫理フィルターかけない?

 :迷宮のリアルを見せてくれるの、俺は好きよ

 :迷宮探索ってつまるところモンスターとの殺し合いなんですよね

 :ちょっと吐いてくるわ

 

「倫理フィルターはかけないです。これは完全に私のわがままなんですけどね。ギルドにはかけた方が配信としては良いって言われました」


 でもかけたくない。

 だって迷宮って、そういう場所なのだ。

 きらびやかな憧れも、リターンに対する欲望も。

 どんな動機を抱えて入ってくれても構わないが、命を落とす覚悟だけは持っておいてほしい。


 っていうのは、私の勝手な意見だ。

 ギルドとしては、ある程度安全には気を使いつつ、でも気にしすぎない程度じゃないと探索者が増えないのであんまり警戒させてほしくないらしい。

 こういうところ黒いなーと思う。


 :それはそう

 :怖くて見れないって人もいるだろうし

 :フィルターって言ってもグロい部分が見えなくなるだけだし


 まあ、ギルドの方針まで私が気にすることではない。

 私は自分に出来るやり方、最前線を切り開いて情報を集めるというやり方で迷宮探索に貢献している。

 探索者がどんな心持ちでどんなふうに探索をするのかなんてのは、結局それぞれが考えることだ。

 

 その点で言うなら、迷宮が危険なものだからと探索を控えるような人たちは、たとえその危険さが情報の前面に押し出されて無くても無くても危険だということを自分で理解できる人たちだ。

 逆に迷宮が危険だとわかっていて止まらない人は、強い動機があるか考え無しか。

 どっちにしろそういう人が迷宮探索から手を引くことはない。

 

 それなら、迷宮探索の危険さを理解した上で利益や目的のために探索することを選ぶ人をこっちの道に引き込んだ方が将来性が高い。


「でもやっぱり倫理フィルターはかけませんよ。皆さんに、これが迷宮探索だぞ、って良いところも悪いところも知ってほしいので」


 :知 っ て た

 :いつもの回答

 :みつるさんは考えて決めてるから言っても意味ないと思うんですけど

 :言うのはただだろぉおん!?


 実を言うとこのやり取りももう何回目か。

 新しい視聴者さんが来るたびに繰り広げられている。

 モンスターの流した体液はすぐに魔力に変換されるので血が飛び散ることは無いとは言え、私はモンスターを両断するので中身が溢れることが偶によくあるのだ。


「それじゃあ次の迷宮行きますね。後2迷宮、今日中に回って。折角なので最後に6層の水晶迷宮で大水晶蠍と真面目に戦うとこ流そうと思います」


 今なんとなく思いついたけど、巡回を初めてからろくに戦闘訓練も出来てないしちょうど良い。

 今日の業務時間はちょっと短くなってしまうけどキリがいいところまで終わるしそれぐらいなら許して貰えるはずだ。

 駄目だったらチャットが届くだろうし。


 そうと決めたら、さっさと後2つ巡回を終わらせてしまおう。


 :まじで!? 

 :大水晶蠍ってなんぞって思ったら何日か前の配信のこれかあ

 :そのレベルのモンスターの戦闘映像とか激レアなんじゃがじゃが

 :ぐおおおお塾さぼろうか悩む……

 :どうせアーカイブあるからそれは行って来い




******




 午後3時頃には残り2つの迷宮も巡回は終わった。

 予定どおりの時間だ。


 迷宮はそれぞれに広さもまちまちなので、巡回にかかる時間が全く違って困る。

 今日回った迷宮は、最初の2つが移動速度アップをかけてそれぞれ2時間と3時間程、残り1つが強化無し駆け足で2時間程と短かったが、移動速度強化をかけても1日、2日平気でかかる迷宮だってある。

 むしろ今日は短時間で終わる迷宮ばっかりで、この後を考えるとちょうど良かった。


「はい、それじゃあ大水晶蠍と戦いに行きますね~。ちゃんと大水晶蠍の強さが見て取れるように撮影頑張ります」


 :待ってました!

 :やっぱり戦闘よ。迷宮配信は戦闘があってなんぼ

 :水晶迷宮だっけ? 綺麗だなーここ 行ってみたい

 :と、思うだろ? ここ第6層なんだぜ

 :地獄だったわ


 大水晶蠍。

 10メートル以上の体長に、体中から生える結晶で堆積も大きなモンスター。

 近場で見上げると壁みたいに見える巨体と、それに見合うパワー、そして巨体からは考えられない攻撃速度。


 正直な話、このモンスターの攻撃を受け止めつつその強さを発揮させるというのは一撃で倒す以上に難しい。

 一撃で倒すというのは相応の攻撃力と攻撃範囲が必要になるけど、相手の攻撃を受けたり回避する必要のない一方的な戦闘に出来る手段なのだ。

 100%の実力を出させると、大水晶蠍は非常に怖いモンスターなのである。 


 :みつるちゃん、折角だから今回の戦闘の映像が良い感じに撮れたら、編集して動画にして投稿して良い?

 ;お? これが職員さん?


 それでも私が勝つのを知っているからサポートの人たちは心配したり止めたりはしないけど。


「配信で流すのとは別に、ってことですか?」


 切り抜き動画とか名前だけ聞いたことあるけど、それのことなのかな。


 :配信は全部撮ってそのままだから、特に見どころあった場面とかを短めの動画にして投稿ってのは結構みんなやってるよ

 :配信は長いけど短い動画なら見る人は多いで

 :編集で間をカットしたりうまくいったところだけ抜き出したりすると、見栄えが配信とは全く違うぞ

 :かっこいいのは大体編集ありの動画


 なるほど、そういう感じなのか。

 ありのままの映像を流して楽しませるのが配信だとするなら、演出されたかっこよさや魅力を引き出して人を集めるのが動画。

 その2つをうまく使い分けるのが配信者か。

 

「編集をそっちでしてもらえるなら、お願いします」


 私の仕事にならないなら、私の配信への導線になるかもしれないし是非やってほしい。

 配信は迷宮を歩きながら出来るけど、動画編集とかは時間がかかりそうだから自分ではやりたくない。

 

 :どっちかというと資料の要素が欲しいからかっこよくする演出みたいなのはあんまり考えてないかな。

  モンスターの挙動の解説とか入れようとは思ってるけど

 :解説系の動画になるのか

 :6層のボスクラスとか誰が参考にできるんかって話だけどな

 

「取り敢えず私は簡単に倒すんじゃなくて、大水晶蠍の強さを引き出して戦えば良いんですよね?」


 :それでOK! よろしくね!

 :いやでも、本当に出来るの?

 :6層の迷宮の大物クラスってとんでもないんじゃないの?

 :お前ら見てないなら前の配信見返してこい。一番最初の配信とか凄い戦いしてるから


 大水晶蠍の実力、強さを引き出すとなると、武器を強化してスパッと斬ってしまうのは無しだ。

 私の攻撃力が相当高いだけで、本来なら大量の結晶で斬撃はきかないのが大水晶蠍、のはずだ。

 私はかなりマージンを取りつつ鍛え上げて下の層に進むスタイルだった上に、水晶迷宮を経由せずに第7層まで進んでいたので、初めて大水晶蠍と戦ったときにはもう斬れるようになってしまっていたのではっきりとはわからないけど。

 

 魔力による武器の強化は耐久性だけに抑えて、属性魔法で強化しつつ攻撃魔法使いつつで戦おうかな。


「それじゃあ、行きます」


 一言呟いて、私は大水晶蠍の待つ大部屋へと踏み込んだ。

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