第25話 伝えたいことば

 悠斗の送別会に佳織が来てくれることは、莉帆から悠斗にLINEで伝えた。仕事中だったようでなかなか既読がつかず、数日経ってから喜びの返事が来た。悠斗と佳織は数えるほどしか会っていないけれど、せっかく出会ったのでせめて挨拶を直接したいらしい。

「送別会の日は決まったんですか?」

『まだやけど、たぶん秋かなぁ。年末なったらみんな忙しくなるから。場所とかも、決まったら連絡するわ、俺からか、勝平からか──中島からかもしれんけど』

 送別会にはどんな服装で行こうか、場所を聞いてから考えようか、プレゼントはいるのだろうか。

「莉帆ちゃん、ごめんな」

『何がですか?』

「いろいろと……勝平のこととか」

『それは私もです。ごめんなさい』

 悠斗からは恋人候補にしてほしいと言われていたけれど、莉帆は勝平を選んだ。莉帆も悠斗に好きだと言っていたけれど、悠斗は自ら候補から消えた。

 それに、莉帆が勝平に言った〝我慢するつもりはない〟を勝平が悠斗に言ったとも聞いた。いろいろ気まずくて、少し間が開いた。

『勝平とは、やっていけそう?』

「はい。会えてないのでまだ判断は難しいけど、大丈夫だと思います」

『それは良かった。今度会ったら、優しくしてやってな。あいつまた、一方的になってんちゃうか、って心配してたから』

「ええ……」

 確かに、莉帆よりも勝平のほうが、何らかの形で愛情表現をしてくれているけれど。会いたいという連絡も、莉帆より勝平のほうが多いけれど。

 勝平が一方的とは思っていないし、今ははっきり彼のことが大好きだと言える。まだゆっくりデートはできていなくて食事の前後に会うだけなので、彼が喜びそうな言葉は伝えられていないかもしれない。

「今年のクリスマスはイベント出るんですか?」

『どうやろなぁ、一応、出るつもりやけど』

「今年が最後ですよね……。出るなら、絶対、聴きに行きます!」

『ありがとう。それ、勝平にも言ってやってな』

「はい!」

 悠斗とのLINEを終わらせてから莉帆は、しばらく勝平のことを思い浮かべていた。

 旅先で出会ったときから元気だったこと、英語もドイツ語もペラペラだったこと、落ち込んでいる莉帆を笑わせようとしてくれたこと。日本に帰ってきてからもイメージは変わらず、莉帆のために動いてくれたこと。

(そういえば──)

 次の週末は会社の先輩たちが、莉帆のために飲み会を予定してくれていた。元彼から離れられたことと彼氏ができたことのお祝いらしい。

 新年会は参加できなかったので、それはそれで嬉しいけれど、勝平の仕事のことをどう話そうか悩む。今までは公務員と伝えていたけれど、彼氏だったら詳しく知っているだろう、と突っ込まれるのは確実だと思う。避けられなかった場合は仕方ない、と勝平は言っていたけれど、本当に良いのか何度も考えた。

(言って……もし別れることになったらなぁ……)

 できればそうはなってほしくないけれど、ならない保証はない。いまは我慢できているけれど、いつまで耐えられるかはわからない。

 それでも──。

 莉帆は夫婦大國社で再び大吉を引いた。もしも当たっていた場合は、幸せになるはずだ。

 ブーッ、ブーッ、ブーッ。

「わああっ!」

『……おい、どうした?』

 スマホに保存した写真を見ていると電話がかかってきて、思わず手が滑って床に落としてしまった。かけてきたのは、勝平だ。

「ごめん……スマホ持って考え事してたから落とした」

『はは、そんなビックリするか?』

「したよ……勝平のこと考えてたから」

 言おうか言うまいか悩んだ言葉を、悠斗の言葉を思い出して言うことにした。

『……俺のこと?』

「うん。最近ずっと考えてる」

『……どんな? 格好良いって?』

「それは自分で言ったらあかんやつ……。それもやけど、無事かなぁとか、一日会えるとき何しようかなぁとか、前にあんなことしてくれたなぁとか、いろいろ。勝平に出会って良かった、っていつも思ってる」

 占いの結果について考えていたことは、いまは秘密だ。

「……勝平? 聞いてる?」

『ああ──聞いてる。もっかい聞きたい』

「え? もっかい? どこを?」

『全部』

「全部って……、勝平、何かあったん? 元気ない?」

『ちょっと仕事でな……。あ、ミスしたとかじゃないから、そこは大丈夫。ごめんな、莉帆の声が聞きたかったから電話した』

「うん……私も、声聞きたかった……」

 それから莉帆は、勝平に対して思っていることを、占いのことは抜きにして全て伝えた。格好良いとか。大好きとか。頼りになるとか。優しいとか。勝平は途中で相槌を打つ以外は黙って聞いていて、莉帆が言い終わってから〝ありがとう〟と言った。

『もしかして、悠斗から何か聞いた?』

「……さっき聞いた」

『あいつ、また……。って、さっき?』

「うん、悠斗さんの送別会に佳織も行く、って前にLINEしたんやけど、返事さっき来たから」

『ふぅん。莉帆も行くんよな。決まったら連絡するから、佳織ちゃんと来てな。俺たぶん準備するから』

「うん。悠斗さんいなくなったら寂しくなるなぁ」

『──莉帆には俺がいるけどな?』

 莉帆は勝平に元気がないように感じていたけれど、いつの間にかいつもの調子に戻っていたらしい。ははは、と笑ってから莉帆は一呼吸置いて、うん、と言った。

『俺──もし莉帆が寂しくなって別れたいって言っても、別れる気ないから』

「……ストーカーみたい」

『そうかもしれんな。でも、それくらい本気やから』

 勝平が真剣に言っていることが電話越しにも伝わってきて、莉帆は思わず泣いてしまいそうになった。もしも他の誰かを好きになってしまっていたらストーカーは辞めてほしいけれど、単純に寂しいだけだった場合は付き合うのとは違う選択肢を出してくれるのかもしれない。別れるくらいなら、結婚すると言ってくれるのかもしれない。

「どうしても別れたいって言ったら? 好きじゃなくなったとかで」

『それは仕方ないけど……、そんなん、ならんやろ?』

「──うん。今のとこ、毎日ちょっとずつ──っ」

『莉帆? どうした?』

 勝平に伝えたい言葉を思い浮かべると、また泣きそうになってしまった。莉帆は今の時点では、彼を好きではなくなる予定はない。むしろ毎日少しずつ好きな気持ちが強くなって、会いたくて会えなくて辛い。

「ごめん……もうっ、勝平が悪い。格好良すぎる勝平が悪いっ」

『あのなぁ……。それは、莉帆もやからな?』

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